Song.36 僕はバンドを辞める



 悠真からの返信はその日のうちだったが、空が暗くなってからだった。


 鋼太郎のスマホで俺が送ったけど、送り主は俺だっていうのが文面でわかったらしい。返信は俺個人に送られてきた。


 外は静まり、無数の星が輝いているような時刻置き去りにされていたスマホで内容を確認する。



『僕は辞めるかもしれない』



 血の気が引いた。寒く感じるほどに。


 悠真が辞める?


 何とは書いてないけど、流れ的にバンドそのものだ。まさかそんなこと……。


 メンバーが欠ければ、それはもうWalkerではない。それぐらい大切な存在だ。辞めてほしくない、その一心で震える指で文字を打つ。



『何があった』



 既読はすぐついた。だけど、返事がない。

 不安が不安を呼ぶ。


 そうして待つこと五分。スマホが再び振動した。


 メッセージが来たのではなく、着信だ。

 画面の表示は悠真の名前。慌てて通話ボタンを押す。



「どうした、本当に」

『……今、君の家の近くの公園にいる。君の家に行ってもいい? そこで話す』

「わかった。外で待ってるわ」



 声が暗い。いつもは冷静な悠真だけど、今は沈んでいる。すぐにそれがわかった。だからオーケーと言えばすぐに『助かる』って言って、電話は切られた。


 嫌な予感しかない。

 でも、俺を頼ってきたぐらいだからかなりの落ち込みだ。俺にできることならなんでもする。なんでもするけど、何ができるか。



「考えてもしゃあねぇ。外行くか」



 星降る夜、悠真を待つため外に出る。未成年がこんな時間に、って怒られる可能性はあるが、過去にも同じことはあった。塾がこっち方面だという話だ。

 懐かしみながら待つこと十分ほど。悠真は静かに歩いてきた。


 月明かりしかないけれど、悠真の顔色はよくない。俺よりもひどいクマを作って、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。



「こんな時間にごめん」

「いや、いいけどさ……とりあえず、中に入れよ。飯食った?」

「いや。でも、お腹空いてないから」

「そうか」



 短い会話をしながら、悠真を俺の部屋へ迎え入れる。


 人が来ることを想定していないから、散らかっているけど今の悠真にそれを気にするような気力はないようだった。


 ベッドに背を預けるように床に座った悠真だが、頭を抱えて深く息を吐く。



「……んで、何があったんだよ」



 悠真の前で胡坐をかいて座って、そう聞いたら少し顔を上げて唇をかんだ。あまり話したくないのだろう。



「家か?」

「……そう。もう散々だ」



 悠真は確か、ばあちゃんたちと暮らしているんじゃなかっただろうか。


 両親は兄貴と一緒に東京暮らしだったはず。それでもって、兄貴のことをめちゃくちゃ嫌ってるんだよな。


 俺も兄貴あいつは嫌い。

 やたら上から絡んでくるし、悠真を貶していくかと思いきや、ブラコンが発揮される。


 悠真が離れた途端に、「うちの弟、最高」なんて感じで話し始めるもんだから、ツンデレブラコンすぎてドン引きした。



「僕の兄、知っているよね?」

「ああ。ヴァイオリンのだろ?」



 さらに兄貴について思い出してみる。

 御堂みどう奏真そうま。俺らのひとつ年上。東京の高校に通っていたが、今はもう卒業しているか。

 去年バンフェスに出たとき、俺らはその悠真の兄貴たちのバンド『Logログ』と争った。


 俺らみたいな基本楽器編成のバンドじゃなくて、悠真の兄貴が担当していた楽器はヴァイオリン。珍しさもあって、かなり異彩を放っていた。


 レアな編成だけでバンフェスには出られない。

 人の目を集めても、演奏力がなければ酷く言われる。


 Logはもちろんその技術があった。

 バンフェスで優勝したのは俺らだけど、準優勝はLogだったし。

 


「そう。あいつのせいで、親がうるさい」

「??」



 どういうことかわからず、首をひねればさらに説明を加えてくる。



「あいつ、デビューが決まったんだって」

「は、マジかよ!?」

「マジのマジ」



 ビックリした。

 確かに、バンフェス優勝バンド以外のバンドがデビューしている件はないわけではない。でも、まさかあのバンドがそうなるなんて……。



「そりゃすげえな……でもそれでなんで悠真がへこんでんだよ」

「……親がうるさいんだ。音楽の道を選んだあいつに呆れて、代わりに僕にあれこれ言ってくる。ああなれ、こうやれとかね。僕の話なんか何も聞かないで」

「うーん……兄貴に向けられてた言葉が、悠真に向いた的な?」

「そうだと思う。いい大学に行け、いい仕事に就けってね」



 今までなかったから、窮屈になっているのだろう。かなりのストレスになっているに違いない。


 頭をかかえている様子は見るに堪えない。

 でも、俺が悠真の親に向かってあれこれ言えやしない。それこそ、子供が何言ってるんだとか、息子に変な事をやらせるなとか言われかねない。現に瑞樹の母親に言われたことがある。それでも瑞樹がギターをやっているのは……



「悠真はどうしたいんだ。親の言う通り、いい大学目指すのか?」

「大学は行かなきゃだろうと、とは思ってる」

「そうか」



 悠真は頭がいい。学年でもトップの成績だし、受験して、すげえ大学に行くのか。ありうる話だ。だけど、それを残念に思う俺がいる。


 だって、そうなれば、Walkerは散り散りになる。解散していなくても、活動はあまりできないだろう。


 今のままではいられない。


 ずっと変わらないままではいられないのだ。


 悠真だけじゃない。他のメンバーだって、どのみちに進むか俺は知らない。大輝も、鋼太郎も瑞樹も。今のメンバーそのままでずっと活動できるわけじゃないんだ。


 いつかは終わりが来る。


 見えてしまった終わり。


 それから顔を背ける。

 互いに黙ってしまい、静かな時が流れたかと思うと、悠真がつぶやいた。



「でも、バンドは続けたい」

「!」



 悠真は続ける意思がある、そうわかった途端、顔が緩んだのが自分でもわかった。


 そう喜んだのもつかの間、悠真の顔を見たら、全然晴れた顔はしていない。



「いや、正確には続けたかった。けれど、僕は君と一緒ではいけない」

「は? 何言ってんだよ? 訳わかんねぇって」



 まったく理解ができなくて、言い返せば、悠真がしんどそうな顔をして続ける。



「僕は君の邪魔になってしまう。僕は足手まといにしかならないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る