Track2 東京訪問

Song.35  進路


「キョーちゃあーん」


 登校して間もなく、うわーと言いながら名前を呼んできたのは大輝だ。


 いつもの太陽みたいな明るさがなく、曇った顔をしながら、教室にきた俺を見るなり寄ってきた。


 その様子に周囲は「大輝がどこかおかしい」とザワつく。



「んだよ」

「ユーマがぁ」

「あ?」



 悠真がなんだって?


 聞き返したが、ずっと名前を言うだけで何もわからない。あまりにも名前を言うものだから、悠真の女子ファンが俺らの方を見てコソコソ何か言っている。


 女子って怒らせると怖いっていう話を、誰かから聞いた。ネチネチネチネチするから気をつけろって。だから面倒ごとになるのは御免だ。


 覇気の無い大輝を素通りして、自分の席に向かいながら聞く。



「はあ……悠真がなんだってんだよ」

「あんね、あんね。ユーマがね」



 泣きつくように続ける。

 その声は震えて……はいない。大輝が泣くなんてことが起きたら、きっと大嵐になる。


 でも、弱い声が周囲の視線をどんどん集めていく。それを気にしないのが、大輝だ。



「ユーマ、学校に来てないんだよ」

「は? 病欠なんじゃねぇの。人のこと言えねぇけど、弱そうだから」



 バンド内で身体的強さを比べたら、俺と悠真でワースト一、二を争えると思う。

 体力も筋力もないからだ。


 直接確認したわけじゃないけど、体が細いからあながち間違ってないと思う。



「キョウちゃんがよわよわなのは知ってるよ。風が吹けば飛びそうだもん。ユーマね、お家都合で休みなんだよ」

「……風邪とかじゃなくてよかったな」

「よくなーい!」


 机をドンと叩いた大輝。その音でまたしても視線を集めてしまう。

 言動がいちいち騒がしいこいつに、頭が痛くなりそうだ。



「わかった、わかった。何がよくないんだよ、説明しろって」

「何がって、何でも! 前にも同じ理由で休んだことがあったんだけど、そん時はユーマ、親に叱られてたって」

「へー」



 大変だな、なんて返せば大輝がムッとした顔をしてきた。


 仕方ないだろ、俺、親が死んでるから、親に叱られる経験がろくにないんだし。


 大輝だって、俺の家について知っている。だから親が何を言ったとか、面白かったとかそんな会話はしたことがない。

 こいつなりの配慮だろう。




「ユーマん家、厳しいんだよ。きっと、進路で色々言われてるんだ」

「あー……、なるほど」



 俺らはもう高三。ともなれば、進路選択をとやかく言われる。親にも先生にも。


 まあ、言う親がいない俺は特に言われないんだけど、優等生な悠真は耳にタコができるほど言われるんだろうな。知らねぇけど。



「あ」

「どったの、キョウちゃん」



 昼飯や演奏に必要な物しか入っていないバッグを漁る。何度も他のものを出し入れしたせいでぐちゃぐちゃになった一枚の紙を。


 しまった、出し忘れた。


 というか、何も言われなかったから忘れてたし、何もやっていない。一度は提出して、やり直しをくらったから、第一希望に「プロミュージシャン」だけ書いてある。



「何これ……あ、進路希望の紙じゃん。キョウちゃんまだ出してなかったの? てか、キョウちゃんらしい希望だね」



 そう言って大輝は笑う。やっと曇った顔が晴れた。



「お前だって何を書いたいたんだよ」

「なんだっけなぁ……何を……あ」



 ハッとしたように、大輝は自分の席から荷物を持って戻って来る。それで俺と同じくガサガサと探る。


 そうして青ざめた顔をして、何かを取り出した。



「俺もだった……」



 そう言って出してきたのは俺がさっき出したばかりの紙と同じ進路希望調査票。名前だけ書いて、全部空白になっている。



「はははははははっ! 俺よりひでぇじゃん!」

「はっずい! 笑うなって!」



 お腹が痛くなるぐらいに笑って見せれば、大輝の耳まで赤くなった。



「てか、これいつまでって言われたっけ?」

「……一か月ぐらい前じゃね?」

「……」

「……」



 顔を見合わせる。

 とっくに再提出期限は過ぎている。過去に戻るなんてことはできないし、今から考えてもどうしようもない。その考えは俺ら共通のようだ。



「ま、いっか」

「だな。言われたら考えるでいいだろ」



 俺らは調査票をバッグへと戻した時――



「そこの二人。菅原、野崎。君たちだ。放課後、職員室に来なさい。その用紙を持って」

「げ」

「うわ」



 いつの間にか俺らの傍まで来ていた担任教師にそう言われ、そろって顔が引きつったのは言うまでもない。



 ☆



 放課後の進路指導は、二人で並んできつく「しっかり考えて、書いてきなさい」と言われた。


 それでもって再々提出期限は今日から一週間後。それまでに書いてこいだと。



「これ以上何を書きゃいいんだよ」

「俺も~。みんなとバンドやっていたいし。これ以上何したらいいかわかんない」

「だよなあ」



 学校の成績では下から数えた方が早い俺ら二人が集まったところで、案が出る訳もなく。しわくちゃな紙を持ちながら、物理室へと向かう。


 もう、どこも部活を始めている時間だ。特別棟には吹奏楽部の音がわずかに聞こえる。この曲は……確かアニメの主題歌で流行ったやつだったか。


 俺もいつか主題歌を作ったりしたいものだ。

 それを進路希望として書くか。



「鋼太郎は何書いたんだろな」

「そうだ、コウちゃんに聞けばいいのか! ユーマにも……って、今日はユーマ休みだった」


 こいつ、朝のことは夕方に忘れるのか。さすがに記憶力を心配するレベルだ。


 肩を落としてしょんぼりし始めたが、そのまま物理室へ向かう。

 扉を開ければ、鋼太郎、そして瑞樹がそれぞれドラムとギターで練習をしていた。



「お疲れ様です」

「おっつー」

「悪い、遅れた」



 ギターを弾く手を止めた瑞樹に声をかけて、俺もベースを用意する。大輝も水を飲んでからマイクの準備にとりかかった。



「なんの曲やるんだ?」

「手始めにNoKから。指の運動させねぇと」

「おう。弾いてくれれば合わせる」



 ダダッとスネアを鳴らし、鋼太郎は首を回す。


 全員の顔を見て、準備が整ったことを確認すれば、誰と決めたわけじゃないけれど、瑞樹がギターを鳴らした。


 その音に合わせて俺たちは練習を始めるのだった。



「……」



 ベースの調子はいい。でも、全体の音がしっくりこない。


 ボーカル、ギター、ドラムにベース。基本的なバンドの楽器構成だけれども、やっぱり足りていない。


 空白のキーボード。


 気になって仕方がない。

 ちらちら見ながら弾いていたら、音が遅れた。すぐに挽回したけれど、どうもうまくいかない。みんなもちらちらミスが目立つ。


 けれども止まることなく、終わりまで、弾き、音が消えた。

 その時全員の視線が、キーボードへと向けられていた。



「いつも隣で弾いてるの見てたから、いないとズレるわ。すまん」



 鋼太郎が頭を搔きながら言った。

 ドラムの隣がキーボード。正面を向いていても、視界に入る。いつもいて当たり前。キーボードの音を聞いて合わせていたのだろう。鋼太郎のリズムに乱れがあった。



「僕も、入りが遅れちゃって」

「俺もだ。タイミングがうまく量れなかった」

「俺も~気持ちが乗らないぃ。ユーマがいないからだ」



 大輝がしょぼくれモードに入った。

 そのケツを叩くのはいつも悠真だから、今の俺らでは手に負えない。



「どうも難しいな、俺らじゃ。悠真に連絡とってみるか。鋼太郎、スマホ貸して」

「また、持ってきてねぇのかよ」



 俺のスマホは家のどっかで眠っていると思う。

 嫌な顔していたけれど、鋼太郎はスマホを貸してくれた。そこから俺は悠真にメッセージを送った。

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