Song.32 頭のネジ

「はあ?」


 悠真の言葉が理解できない。それが顔にも出ていたから、悠真は改めて説明してくれ……はしなかった。

 ちょっと貸して、と大輝のスマホを奪い取って何やら操作し始める。人へスマホを渡すのにためらいがなかったようで、大輝はすんなり何をしているか見ているだけだった。


「ほら、これ」


 再び大輝のスマホの画面を向けられる。今度は何だとみて見れば、SNSのアカウントが表示されている。

 そのアイコンは赤い髪のギタリスト。それだけで誰だかわかるが、アカウント名が『神谷清春』。確実にあいつだ。違いない。


「ほら、ここ」


 画面をスクロールさせて、ある投稿内容のところで止める。


『卵たち、応援ヨロ ①https://※※※※1111――』

『卵たち、応援ヨロ ②https://※※※※1112――』


 動画へ誘導するように続いた二つの投稿。その先にあるのは紛れもない、俺らのライブ動画だ。

 プロが宣伝している動画となれば、ファンが興味を持って一度は見に行くんじゃないか。というか、俺らの宣伝をやっちゃダメだろ。なんで俺らに肩を持っているのかって言われるだろ。

 大の大人に言うのもなんだが、こいつの頭、大分ぶっとんでる。


「はあああああ……」

「はあ……」

「お、お? 二人ともため息そっくりじゃん。一緒にいると似てくる的な?」

「うるさい、大輝」


 悠真とため息が重なったとき、大輝が一番喜んでいた。


「んで? なんで二人ともため息ついてんの? 宣伝されるならいーじゃん?」

「よくない。ただの高校生が弾いた動画が、有名人に広められる……晒されたようなものだよ。想定以上の人に僕たちの動画が見られることになる」

「んん? でもいいじゃない? 見られれば見られる方がいいでしょ?」

「それに伴い批判も増えるんだよ。それに、神谷さんがどうして僕たちに手を貸しているかということを追求されるかもしれない。そこから彼とMapの関係が露わになるかもね」


 悠真が『彼』と指さしたのは俺。公にはなっていない、『Mapの野崎恵太の息子』の存在が俺だ。

 結婚していたことは公式情報として出されていたが、子供がいるということまでは知られていない。

 知られでもしたら、面倒なことになることは目に見えている。

 マスコミに追われる可能性。個人情報を探られる可能性。

 去年優勝したバンドフェスティバルの結果について、コネだとかひいきだとか……そんなことも追及されることになるだろう。


 あがいても俺が息子だっていうことは変わらない。

 プロになればいつかは公になるだろうが、それは今じゃない。


「察しがいいね。君はわかったんだ」

「……まあな。想像はつく」


 考えれば頭が痛くなりそうだ。これ以上、頭を使うことは避けた。


「ま、そういうワケ。僕は連絡先を知っているわけじゃないから、何も言えないけど、君なら伝えられるんじゃない?」

「言えるだろうけどさ……あの人が俺の言うこと聞くと思うか?」

「……そこは、ほら。どうにかしてよ」


 悠真もMapのファンだから、神谷の人となりを知っている。だからわかっているのだ。周りが何と言おうと、神谷はそれを簡単に受け入れるような人じゃないことを。つまり、俺が何と言おうとこの宣伝をやめることはないだろう。


「じゃあ、そういうことだから。僕はもう戻るよ」

「おう」

「じゃーなーユーマ」


 言うことを全て言ったからと、悠真は自分のクラスへと戻って行った。そのあとを追うように女子からの視線が向けられていたから、ちらっと見えた横顔は新底嫌そうだった。



 ☆



 案の定、ネットは騒がしくなった。炎上したも同然の状態だ。憶測が飛び交い、ネット記事が書かれ。それがリアルまで影響してくる。


「これってさ、うちの学校じゃない?」

「私、これ見た。体育館でやってたんだよ。でも、何で神谷さんが宣伝してるの?」

「……さあ?」


 ネット記事を見たのか、SNSからの情報か。授業を終えてさあ部活と意気込んだ時には、ライブ動画を見たクラスメイトがざわついている。ちらちら俺を見てくる視線も感じるけど、誰も俺に直接聞いてくることはない。


「んだよ」

「不満気なキョウちゃん」


 両手でフレームを作った大輝が俺を覗いてみてくる。それぐらいしか俺に話しかけるクラスメイトはいない。


「お返事来た?」

「こねぇ。案の定無視された」

「あーれま。ま、いいじゃん? 部活いこー」

「おう」


 大輝と共に部活へ向かう時も、クラスだけじゃない。校内の生徒から向けられる目が気持ち悪かった。



「キョウちゃぁん! うわーん!」


 物理室の扉を開けた直後、叫びながら来た瑞樹に飛びつかれた。


「デジャヴかよ」

「うわーん」


 俺の声が瑞樹の耳に入っていないらしい。顔は上げないけれど、鼻をずずっとすする音がするから半泣きなのかもしれない。でもなんで泣いてるのかわからない。


「先輩!」

「ひいっ!」


 瑞樹を追うようにやってきたのは小早川と久瀬姉……なんとなくだけど、経緯がわかったような気がする。


「一応聞くけと、どういうわけ? 瑞樹」

「きゅ、急に来るんだよ。僕、そんなに言えるようなことないんだってば」


 俺を盾にするよう周りこんだ瑞樹。俺よりもずっとコミュニケーションスキル高いと思うんだが、ここまで拒絶するとなると、この一年たち、なかなかの曲者だぞ。


「教えてほしいんです、どうやったらうまく弾けるのか」

「俺もです! 俺、速弾き苦手だし、いい練習方法があれば!」


 ぐいぐいと来る二人に瑞樹はさらに逃げ腰で下がって行く。これぐらいなら適当に答えたらいいのに、こんなに拒むとは。さては他に何かあったな。知らないけど。


「はいはい。二人とも、そこまでにして。先輩が困ってるから、ね。すみません、やる気の波が来ているみたいで……」

「おう。そうか。よかったな」

「……はい。先輩のおかげです。ありがとうございます」


 迫る二人の腕をひいて下がらせたのは藤堂だった。体勢を崩して後ろに下がっていくのをただ見送る。


「ほら、瑞樹。いい加減出て来いって」

「うー……」

「ほらよ。練習もすっぞ」

「練習だー! 唄うぞー!」


 一年の雰囲気はよくなっているようだし、俺らも俺らで練習したり今後について話したりとか色々やることはあるはず。

 警戒心をむき出しにした瑞樹を大輝が強引にぴっぱって、何とか部活の時間を迎えた。

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