Song.23 放課後の校舎に男ひとり


 新曲二つに、NoKの曲一つ。その譜面が完成したのは四月の半ば過ぎ。放課後にも、家でも欠かさず練習漬けの日々。加えて俺は、藤堂の相談にも乗って。人よりほんの少しだけやることが多い。だけど、やっぱりそれが好きだから、苦ではならないし、楽しい。


「大丈夫か?」

「何がだ」


 放課後物理室での練習の合間、鋼太郎の声をかけられる。ドラムセットから離れ、わざわざベースアンプの前に座っていた俺の隣に来て。

 何に対して、そう言ったのかわからず、聞き返せば「顔色がよくない」と言われた。


「そうか? 別に普通じゃね? ちゃんとベッドで寝てるし」

「その言い方だと、いつもは床で寝てるんじゃないのか?」

「いや、床じゃなくて、椅子」

「どっちもどっちだろ」


 ため息をつきながら顔を覆うように手を当てた鋼太郎が、自分の荷物から取り出したペットボトルを俺の首に当てた。

 ぞっとするほどの冷めたさに、全身の毛が奮い立った。


「つべたっ! っにすんだよ」


 勢いよく振り返れば、つり上がった目を細めて鋼太郎は言う。


「何考えてんのか知らねぇけど、あんまり根詰めんなよ」

「おう」


 冷えたペットボトルをそのままもらったら、満足したかのように鋼太郎はドラムの方へ戻り、スティックを手に取って練習を再開し始める。

 俺も肩をまわして、練習に戻った。



 ☆



 まもなく下校時刻が近づくとき、物理室で広げた機材を片づけ始めた。

 いくつもの機材を部室棟にある軽音楽部の部室へ運び終えると、後は帰宅するだけ。ケースに入れたベースを背負ってみんなで昇降口に向かっているとき、ふと思い出した。


「あ」

「何? 急に騒がないでよ」


 俺の声でビックリしたように、大きな動きを見せたのは悠真。しかめっ面で俺を見てくる。他のみんなも足を止めていた。


「忘れ物した。先に帰ってくれ」

「僕、ここで待っていようか?」

「いや、いい。じゃあな」


 瑞樹は俺と家が近い。帰る方向が同じだから、俺を待つことを提案したが俺は一人で帰れる。あんまり遅くまで校内に残っているのを教師陣に見つかれば、口うるさく注意されることが目に見えている。一度注意されると、そのあとも目を付けられてりまうから、みんなとはそこで別れた。


 思い出した忘れ物は、物理室にある。というのも、忘れ物は鋼太郎にもらったペットボトル。ちょっと飲んで、机の上に置き去りにしてしまった。

 教師による見回りがそろそろ始まりそうなので、少し速足で物理室へ向かう。


「ちっ……めんどくせぇな」


 中に入ろうとしたが、扉には鍵がかかっていた。となったら、職員室に鍵を借りに行かねば。なかなかめんどくさいけれど、そのまま放置していたくはないので、職員室へ行かないと。


「あのっ!」

「あ? っ……と、何だよ。俺に何か用か?」


 職員室へ行こうと振り返ったとき、いつの間にか一人の生徒が前に立っていた。背が高い明るい色の髪。久々に聞いたその声の主は、俺らに殴り込みに来た小早川だった。

 俺らのところに来たときは勝負に勝つ気満々なのが表情から読み取れたのに、今は何だか悔しそうに、そしてどこか怒ったような顔で俺を見ている。


「あんたが! ユーヤをおかしくしたんですよね!?」

「はあ? お前、何言ってんだ?」


 ユーヤは藤堂のことだ。俺があいつに何をしたっていうんだ。何もしてな……いや、助言はしたな。でも、怒られる筋合いはないだろう。


「あんたのせいで、ユーヤが今までと違う曲を作ってきて、どうしてもやりたいって言うんです! ショーゴは練習やってらんないってどこかに行っちゃうし、ユーキはやりたくないって言うし! あんたのせいでみんなバラバラだ!」


 感情任せに叫ぶその声が、校舎内に響き渡る。


「何言ってんだよ。お前らバンド内のごたごたを俺にぶつけんな」

「でもあんたのせいでしょ! 俺たちは今までいい感じでやってきたのに、あんたがユーヤに口出ししたからだ!」


 真っ赤な顔、今にも殴りかかってきそうな勢いで続ける。


「俺、知ってるんだから! 昼休み、部室棟の前で二人話していたのも! 二人がこそこそと連絡してるのも! こうなったのは、全部あんたが裏でユーヤを操ったからだ! 全部っ、全部あんたのっ……!」


 当てつけだ。藤堂はバンド内の関係性は問題ないと言っていたが、深刻な状況になってんじゃねぇか。でも、俺は藤堂からそんな状況については何一つ聞いていない。最近聞かれたのは、いい音の出し方とかそんな内容だし。そこに関しては俺もアドバイスしたな。悪いことじゃないだろ、それは。


「話をして何が悪いんだよ。うまくいかないのを、俺のせいにすんじゃねぇよ」

「でもあんたが全部! あんたがユーヤをおかしくさせたっ!」

「はあ? 馬鹿かお前」


 何を言っても、小早川は俺が悪いことにしたいらしい。仮にそれを認めたとしても、何も変わることはないのに。


「あー、お前、本当にめんどくせぇ奴だな。俺に全部擦り付けるような暇があるなら、とっとと練習すりゃいいのに」


 思わず本音がぼそっと出てしまった。そしてそれを、聞かれてしまった。


「こんのっ……!」

「なっ!?」


 小早川が距離を詰めてきて、俺の胸倉をつかむ。そのまま押してくるので、俺の体は物理室の扉に打ち付けられる。

 ベースが背中にあるというのに、壊れたらまずい。こいつ、それをわかっているのか?


「てめぇ……」

「俺は! 今までみたいにバンドをやりたいのに! 今までのユーヤを返せよ!」


 自慢じゃないけど、俺の力は平均以下だ。身長も力も小早川に劣る俺が、小早川に掴まれた手から逃げることはできなかった。

 感情そのままに俺に怒りをぶつける小早川は、きっといつも以上の力が出ている。このままされるがままになるのは癪だが、どうすることもできない。


「ユーヤを! ショーゴを! ユーキを!」


 グワングワン揺さぶられる。頭がシャッフルされ、気持ち悪くなってきた。小早川の声がさらに頭に響いて、気持ち悪さが増幅していくばかり。頭が考えることを拒否し始める。

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