Song.22 ジェットコースター

 藤堂が思いのままに作った曲は、衝撃を受けるようなものだった。


 独自の作曲方法をとっているからこそ生まれた先の見えない流れ。それが聞いているこっちを虜にする。


 以前聞いた曲とは打って変わって、リズムも音もかなり激しい。俺が好むような低音を響かせているというわけではないが、疾走感を保ちながら複数の音が互いに主張しあう。かと思いきや、急に静かになったり……。緩急激しい曲になっている。


 歌詞こそまだ入っていないが、かなり激しいロックだ、これは。



「ジェットコースターだな、これは」

「駄目、ですかね?」



 曲が終わったとき、感想がポロッと出てしまった。むろん、駄目な訳じゃない。むしろこれを聞いただけで俺は楽しみ過ぎてちょっと疲れたぐらいだ。



「ちげえよ。楽しいんだよ、この曲。すげえな、お前」

「っ……そう言われるなんて、恥ずかしい……」



 素直に褒めれば藤堂は顔を逸らした。



「こういうの好きなんだな。ずいぶん前の曲と方向性が違うけど」

「はい、兄の影響もあるけど、こっちの方が好きだし、こういう曲を作っていたいんですよね」

「へえ……それって、他の奴らに言ってんの?」

「まさか。好き嫌いがハッキリ別れると思って、言ってはいないです。だからこれをみんなに聞かせるのが怖くて」



 確かに、この曲の場合、好き嫌いは人によりけりという面が大きいと思う。言い方を変えれば、万人受けしないもの。逆に言えば、好きな人には刺さるものでもある。

 少なくとも俺には刺さる。聞くのが楽しいこれは。



「あと、この曲に問題があって」

「どんな?」

「この曲……ここなんですけど……」



 藤堂がノートの一部を開いて指し示す。そこに書いてあるのは、今回の曲の譜面。これの何が問題なんだ。



「この曲、全部ギターが三本なんですよ」



 よくよく見れば、確かにギターのパートが三本分書かれていた。



「おぉ……そりゃなかなか大問題だ。つか、三本にしていてよく音がごちゃごちゃにならねぇな。一本無くしたら……物足りなくなりそう」

「そうなんです! 一本でも減らしたら、この曲が崩れてしまう。でも、俺たちのバンドのギターはイリヤと悠希の二人だからどうしたものかっていう問題が」

「んー……」



 曲の中でギターは三本必要。でも、人が足りない。この問題を解決する術はあるにはある。簡単な解決方法が。それを受け入れるかどうかは別として。



「あともう一つ」

「まだあんのかよ!」

「す、すみません……はしゃいで作ったら問題だらけになってしまって」



 思わず突っ込んだら、またしてもビビらせてしまった。そんな気はないんだが。

 でも、藤堂はすぐに言葉を続ける。



「こっちの部分。ハモリとかも入れているのですが、俺には出せない音域になってしまって」

「ほう。確かにキーが高いな。てか、むしろこっちの部分も高くするとかでもありじゃね?」

「それもいいですね! って、そうなると俺、声でないんですよ……」

「ああ。なーるほどー……」



 ボーカルは藤堂。地声は結構低めな藤堂には、キーの限界がある。



「どうにかできる案、ないでしょうか?」



 どうしよう、と本気で悩んでいるようで、眉毛を下げて訊いてくる。キーを下げてしまえば、またしても何か物足りない曲になるだろう。それだけこの曲は絶妙なバランスで構成されているのだ。



「どっちも解決方法はあるにはあるが……」

「本当ですか! 一体どんな!?」



 あまりにもキラキラした目でぐいぐい来る。本当に今までの藤堂と別人だ。

 好きな音楽を貫いたらこんなに元気になるんだな。どれだけ今まで窮屈だったんだよ。



「まず、キーが出ないって問題は、単純にツインボーカルにすりゃいい。いるだろ、一人、女子が。無表情でギターを弾いてたし、まあまあ余裕はありそうだったし。あいつが一部唄えばいい」

「悠希が? 確かに……」

「んで、もう一つのギター不足だが――」



 俺はこっそり藤堂に耳打ちをしたら、素早く瞬きを繰り返した。



「そんな方法は……」

「いいんだよ。別に駄目っていうルールもねえ。だったらやってもいいだろ。任せとけ」

「確かにそれ以外の方法は思いつかないですし……みんながびっくりするんじゃ?」

「いいじゃねぇか、びっくりさせれば。それもそれで面白い」

「そうですけど……」



 あまり俺の案に乗り気ではないようで、なかなか首を縦に振らない。でも、他に解決方法がないことがわかっていて、何度も唸り、やっと決意したように言う。



「わかりました。それで行きましょう。合わせたりとかは?」

「しなくてもいける。大丈夫だ、ド派手にはしねぇ。いつもより控えめにやるから」

「了解です。後程また、連絡しても大丈夫ですか?」

「もちろん。返事は遅いかもしれないけど、返す。多分」



 藤堂は苦笑いを浮かべる。



「そうだ。お前らのバンド内、仲悪いの?」

「? いや? 特にそんな様子は……ああ、もしかしてイリヤから何か聞きました?」

「そう。大輝経由で少し」

「それはですね、悠希はすぐ遊びに行っちゃうし、祥吾は女子の所に行っちゃうしで練習してないとイリヤが勝手に怒りだすんです。いつものことですけどね。今はNoKの方の曲の譜面はみんなに渡してあるのでそれをやれと、怒っているんだと思います」

「へー……」



 なんかこいつらは色々揉めがちだな。気持ちがあちこち言っちゃっているからか、同じ方向を見ることができていない。でも、それがこいつららしい面なのかもしれない。



「でも、この曲を渡したらちょっと変わるかも。バラバラになる可能性もありますけど」

「それは否定できねぇな。でも、お前ならできんだろ? ずいぶん楽しそうにしてるし」

「わかります? なんか久しぶりに楽しいと思えました。バンドが」

「そりゃ何より」



 ニコニコと笑う藤堂は、どうやらこのバンドないの不和を大きな問題と捕らえてはいないようだ。本人がそう思っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。もしかしたら、こんなことがしょっちゅう起こっていたのかもしれないし。



「んじゃ、そういうことで俺は練習に戻るわ。じゃあな」

「はい。ありがとうございました」



 藤堂と別れ、俺は練習に戻る。残りの期間で自分たちも完成系にしないとだし、忙しくなる。でも、楽しみの方が大きくて早歩きで物理室に向かった。

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