Song.21 一年の不和
悠真から遅刻と深夜に曲を送ったことに関して怒られたが、曲に対する反応は上々だった。
少し手を加えるということで、しばらくはやれることがない。数日程、手持無沙汰になった。それでも部活は一応ある。放課後毎日、物理室に行っては演奏を繰り返していくと、新入生らしき生徒がちらほら物理室の扉から俺らのことを覗き見る姿があった。
「僕たちがずっと物理室を使っていてもいいのかな?」
「どういう意味だ?」
「一年生は使わなくていいのかなって」
一年の姿を見るたびに、瑞樹は不安がる。俺のところに藤堂からの連絡はまだ来ていない。だから、きっと曲が完成していない。練習する曲がないから、この場所を使おうと思わないのだろう。そのことを言ったら、なんで知ってるんだとか聞かれるのは面倒だから、言わないでおこう。
「俺、イリヤとこの前会ったけど、めちゃくちゃしかめっ面されたー」
「嫌われてるんじゃない? まあ、先輩に対しての態度としては最悪だよね」
大輝がそう言うと、悠真がドン引きしたように続く。
「そう思ったんだよ、俺も。でもね、話を聞いたらどうもそうではなさそうで。なんか、バンド内でもめてるとかなんとか? みんなやる気がないんだってイリヤが怒ってた。まあ、イリヤにしか聞いてないから実際はどうか微妙な感じ」
「すごい話を聞いてますね、大輝先輩」
「まあねっ! なんか話してくれた!」
しかめっ面されると言いつつ、いつの間にかパーソナルスペースに入り込めるぐらい、コミュ力お化けの大輝だ。あまり人に話していないような内容でも、大輝はしつこく聞くわけでもないのに思わず言ってしまう。そんな空気が大輝にはある。
「不和か……」
藤堂のことが心配になった。
曲を作るだけで手いっぱいで、人のことばかり考えてしまうあいつが、イリヤの言うようにバンド内でもめ事が起きていたら、それこそ胃に穴をあけるんじゃないか?
後で連絡をとってみるか。
「ユーマは曲編集終わったー?」
「八割、九割ってところかな。スマホにデータあるし、聞く?」
「聞くー!」
二曲の基礎型を作って悠真にデータを送ってたった数日で、大方完成系にまで近づけていた悠真には驚きしかない。
しれっとスマホを出し、音量を上げ、悠真は二つの曲を流した。
……俺が作っていたところ、あんまり変わってなさげだな。少しテンポが上がっているようだけど。
「気づいたかもしれないけど、手を加えたのはほんの少しだよ。言葉のゴロが悪いところ直したり、少しテンポを変えたりとかそのくらい。もともとの出来がよかった」
「マジか。うぇーい」
「うぇーい! さっすが、キョウちゃん! ちょーかっこいいよ!」
夢をテーマにした曲は、ハイテンポながらリズミカルに。
フリーテーマの中で作った曲は、それとは正反対に落ち着いて、静かなものに。
全く異なる二つの曲で、俺らしさを出した。
それをメンバーみんな、うんうんと頷いている。
全員納得できるようなものになっているようだ。よかった。
「早くやりてぇな」
バスドラムを叩きながら鋼太郎の呟きに、みんな同意した。
☆
早く弾きたい気持ちが、譜面に起こすのを手助けして、俺たちの新曲二つはあっという間に練習ができる段階まで運んだ。
加えて、NoKの曲に関しても譜面に起こす。そもそも俺が作っている曲だし、すでに形になっているものだから、悠真の手を借りてもすぐに譜面にすることができた。
急に三曲とも仕上げてこい、なんて言われたら困惑したり、怒りだしても仕方ない。でも、みんなやる気があって、一気に譜面をもらっても喜ぶことはあっても怒ることはない。
ゴールデンウイーク明けまで、ざっと数えて三週間ちょっと。単純計算で数えても、一曲一週間で完成させなければならない。まあ、みんななら大丈夫。いけるいける。そうみんなを励ましながら、放課後練習し続けていたとき、一通のメッセージが俺のスマホを鳴らした。
アンプの上に置いていたスマホを取り、確認すれば送り主は藤堂。どうやら曲ができたから聞いてほしい、とのことだ。そのメッセージに音源が添付されているわけでもなかったから、『そっちに行けばいいか?』と返事をしたらすぐに既読が付き、『講義棟の屋上へつながる扉の前にいます』と返ってきた。
「ちょっと一休みしてくる」
「ほーい。俺も自販機行ってこよー。誰か行く人ー? いないの? いないならコウちゃん、一緒にいこー」
「わかったよ」
しばらく個人練習をやっていたから、俺が物理室から出ることに対して誰も止めやしない。小休憩として、それぞれ楽器を置いて思い思いに動き出したので、そのまま俺は藤堂が待つ場所へ向かう。
教室などがある講義棟は、すでにどこも部活が始まってしばらく時間が経っているためにあまり人がいないこともあって、かなり静かだ。
ずらっと並ぶ教室を横目に、上へ上へと階段を上る。そして、鍵のかかっている屋上へつながる扉の前の小スペースに藤堂は壁に背中を預け、体を小さくして床に座っていた。
「先輩! わざわざありがとうございます! できました、一曲だけですけど……」
俺を見るなり、顔を明るくしたその様子は、この前の落ち込んでいたときよりもずっと顔色がいい。音楽がこんなに人を変えたのか。
「おう。待ってたぜ」
「はい! ぜひ、聞いてもらえたら!」
藤堂は傍に置いていた自分の荷物の中から一冊のノートと一緒にスマホを取り出す。俺は藤堂の前に胡坐をかいて座り、ノートを借りてページをめくる。中は完成したという新しい曲の譜面だ。
「このまま流してもいいですか?」
「ああ」
どこか嬉しそうに藤堂はスマホを操作し、曲を流した。
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