Song.20 好きなものは全力で


 肩を落とす藤堂。何かひっかかる。

 物理室でもそうだった。好きで音楽を、バンドをやっているはずなのに、どこかつまらなそうでもあり、やりにくそうでもあり、生き辛そうでもある。


 好きなのにどうしてそんな顔になるのか。俺にはよくわからない。


「他のメンバーは作んねぇの? ほら、小早川とか」

「作らないですね。というより、作れないって言ってて。という俺も、作曲経験はほとんどないんで手探りです」


 経験なくてあの曲作ったのかよ。とんだ化け物だぞ、こいつ。しかも自覚ない。あんなエキセントリックな曲を作っているくせに、こんなへなへなしてるなんてな。世の中不条理だ。


「この前物理室で弾いたやつも、お前が作ったんだろ?」

「そうです」

「随分すげぇもの作ってんな。でも、あれを弾いてるとき、お前すげぇつまんなそうな顔してたけど、もしかして音楽が嫌いか?」

「え!? まさか。好きでした。でも今はちょっとこうモヤモヤしていて……」


 首を振って否定しているけれど、今は音楽が嫌い、というような感じだろうか。

 楽しそうにベースは弾いていない。でも、俺のベースを見ていたときの顔はどこか真剣だったから、その言葉には驚いた。


 俺はこいつのことを何も知らない。だから、何が正解なのか全く分からない。ただ一つだけ分かることは、今目の前にいる藤堂が音楽で辛い思いをしているということ。


「何にモヤってんの?」

「それはー……」


 どうも言いにくいようで、藤堂は口を閉ざして、目を逸らした。

 そんなに言えないようなことだろうか。あ、俺と別に仲がいいわけでもないし、先輩後輩だから? それとも、話しにくいタイプの人間だから?

 どれも合っていそうで、悲しくなる。

 あまり詮索しない方がいいだろうけど、ここまで聞いてしまったら最後まで聞きたい。面倒ごとに巻き込まれたくないけど、好奇心が勝ってしまった。


 触れたくないからだろう。藤堂が黙ってしまい、またしても沈黙が支配する。

 校舎内の声が聞こえるほどに静かになる。


「おーい、ユーヤー! そこで、何してんのーっ?」


 大きな声が上から聞こえた。

 木の影になっているから、声の主の姿は俺の位置からは確認できない。でも、声からして、小早川だと思う。


「……何でもないよ。休んでいただけ」


 決して大きくないけど、低い声で答えたら、小早川からは「そっかー」と返ってきた。

 その時藤堂の顔を見たら、変わらず困ったように眉を下げていた。


「小早川が苦手?」

「えっ……そんなはずはないんですけど、多分。そもそも誘ってくれたのはイリヤだし、イリヤがいなきゃ俺はここにいないだろうし。だから、曲を作んなきゃなのにうまくいかないし。俺がやらないとなのに、やりきれないなんて。好きだったものが離れていくようで……」


 ほんの少しだけど、本当に。ほんの少し。藤堂の心の奥で膨らんでしまった想いを見つけた。


 今の藤堂は、まるで過去の俺だ。

 俺だって、瑞樹がいなければどこかでくじけていただろう。瑞樹がみんなと俺をつないでくれていると言っても過言ではない。それに俺が曲を作んなきゃいけないところも同じ。全部やらなくちゃ、って思っていたのも同じ。違いと言ったら、俺はみんなの手を借りてやれたところだろうか。


「好きなら好きで、思ったようにやれよ。俺もつい昨日までめちゃくちゃ悩んだけど、そういう結論に達したらすんなり曲が作れたぜ。悩みすぎもよくねぇんだとつくづく思ったわ」

「思ったように……ですか。でも、俺が思っているものは、みんなが求めているのと違うと思ってて。長い間曲が作られるのを待っていて、いざできたと思ったらこんなものかよってなったら嫌で嫌で」


 ネガティブだな。これ、結構根深いかもしれない。

 こいつは周りの期待に応えようと、孤軍奮闘している。自分が本当に好きな音楽を隠しながら。

 それが生き辛さを顔に浮かばせ、音楽が好きじゃなくなるきっかけになっているのだろう。


 せっかく楽しいはずのバンドが、自分を苦しめるだけのものになっていっている藤堂に、かけられる言葉なんてすぐには思いつかなかった。


「別に俺は、先輩たちと勝負をしたいとは思ってないです。ジュニアコンで優勝できなかったのは悔しかったけど、初めてのバンドでそこまで行けたことの方が嬉しかったし。俺は先輩に勝つためじゃなくて、心の底から楽しいと思えるものをやりたいんだけどな……あぁ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって」


 すっかりパンは食べきってしまい、サンドイッチもきっちりかっちり半分を平らげていた藤堂は腰を上げて、礼儀正しく頭を下げる。


「ごちそうさまでした。俺は俺で何とか作ってみま――」

「ちょっと待て」

「は、はい?」


 これでさよなら、と校舎内へ向かおうとしていたのを止めたら、目を丸くして俺を見る。

 これ以上、せっかくの才能を持っている藤堂を埋もれさせておくのはおかしい。もっともっと、藤堂らしさを前面に出したような奇抜な曲を聞いてみたい。そう考えて出た言葉は馬鹿みたいな内容のものだった。


「お前が好きな音楽ってなんだ? 」


 すると、藤堂は俯いていた顔をぱっと上げる。何を言われるのかと身構えていたのか、その顔には困惑が浮かぶ。


「好きなものをさ。やりたい曲を作ってみねえか? 俺はお前が作る曲に興味がある。で、お前は思い通りの曲を作れる。√2がやりたくないって言ったなら、俺が弾く。俺らのバンドメンバー全員……とはいかないかもしれないけど、弾いてくれる奴はいると思う。だから、お前のやりたい曲を聞かせてくれよ」

「えっと……? それってどういう……?」

「周りが好きそうな曲じゃなくてだな、お前が。藤堂祐哉が好きな曲を作れ。バトルとかそんなもん置いてだ。途中で詰まったなら、俺も手を貸す。これでも俺、作曲自体は何年もやってるから、少しは助けになるはずだ」

「それでは先輩のご迷惑になるんじゃ?」

「んなこと考えるな。俺の好きでやるんだ。というか、やらせろ。何が何でも」

「ええ……」


 わがまま? んなこと知ってる。

 でもやりたいし、聞きたい。面白そうだし。

 新しい音楽に出会ったら、ワクワクするだろ。


 困ったような顔をしていた藤堂だけど、少しだけ考え、俺が譲らないとわかった途端にほんのわずかだけ、顔が緩んで笑った。


「……わかり、ました。でも、今作りかけの曲は、テーマに合わせて作っているので、こっちは一人で頑張ってみます。でも、フリーテーマの曲だけは俺の好きなように作ってみます。それができたら、みんなに聞かせるよりも先に先輩に聞いてもらいますね。そこでまた考えさせてもらってもいいですか?」

「おう」

「ありがとうございます。連絡先、聞いておいてもいいですか? できたときに連絡しますんで」

「おう」


 この時たまたま、スマホはポケットに入っていた。それで藤堂と連絡先を交換して、解散する。

 スタスタと歩いていく背中を見送り、食べかけのコッペパンをかじる。もともと胃袋が大きいわけじゃない。半分残ってしまった。


 それと二人で食べても余ったサンドイッチを手に俺も教室に戻った。

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