Song.19 コッペパン二つ
「あんたたち! 買うのかい、買わないのかい! 早くしな! ダラダラしてると後悔するよ!」
気が強い購買のおばちゃんが、俺らに向けて言ってくる。
他に誰もいなくなった購買。もう棚はスカスカだ。残っているのは人気がない固いコッペパンのみ。人気のあるメロンパンや焼きそばパンはとっくに売り切れている。はなから俺らに選択肢など与えられてないのだ。
「残ったパン……二つ。俺と、こいつの」
「あいよ。腹いっぱい食って、筋肉つけな! 二人ともそんなうっすい体じゃ、これだけじゃ足りないだろ! ちょっと待ってな!」
おばちゃんが一瞬奥へと姿を消す。
何事かと藤堂と顔を見合わせた。すると、バタバタ足音を立てて、おばちゃんは奥から何かを持って戻ってくる。
「コッペパン二つで三百六十円! それとこれはおまけだよ」
言われた金額分、藤堂も財布から出そうとしたが手で止めてパンの金額を全部まとめて払うのと同時に、おばちゃんから手渡された透明のパックに入ったサンドイッチを受け取る。その中にはカツサンドと卵サンドなどいくつかの具材が挟んであるサンドイッチが並んでいる。
これも購買のメニューの一つだ。
しかも、日替わりで、メロンパンぐらいに人気の。
いつも購買に行くのは遅いから、買えたことはない。ただ、大輝が食べているのをもらったことはあるから、味を知っている。そりゃもう、うまい。
「いいんすか?」
「いいんだよ! もともとあたしが先に買ったもんなんだから! それ食べてまたいい音楽を聞かせてちょうだいよ!」
パン代を受け取るなり親指を立てたおばちゃん。どうやら俺のことを知っているようだ。
教師だけじゃなくて、こういう人達にも知られているってなんだか嬉しい。
「あざます! おばちゃん。俺ら今度また、曲作ってるんで、完成したら言うんで」
「あいよ! 応援してるからね!」
また聞いてください、と頭を下げて俺は藤堂を連れ、購買から離れた。
そのあと向かう場所は、どこか人の少なそうな場所。俺のクラスに行ってもよかったけど、このサンドイッチを持ちかえれば大輝に喰われそうだ。それに俺だけじゃなくて、藤堂にも分けるべきだろう。おばちゃんは二人に、とくれたのだから。
さて、どこへ行こうか。
どこかの漫画みたいに屋上が開かれているわけじゃない。中庭もあるにはあるけど、そこで食べていたら上から丸見えで恥ずかしいことこの上ない。よからぬ噂がまた流れるだろう。『野崎がまた、新入生をいじめている』なんていう噂が。
瑞樹が入学したときに、そんな噂が流れてそりゃまあ、白い目で見られ続けたし。二の舞になるのは御免だ。やっと偏見がなくなりつつある中で、また繰り返しでもしたら悠真から雷が落とされる。
となれば、どこにしよっかな。
「あのー……」
「あ?」
とりあえず後ろについてきた藤堂が申し訳なさそうに声を出す。それに対して脊髄反射で返してしまう俺。やっべ、と口を押えるも時すでに遅し。ちょっとまた、藤堂がビクっとした。
「食うだろ、飯。教室じゃあ、大輝がうるせぇんだよ。それに俺、お前と話したいし……あ、部室。いや、鍵がねぇとか。物理室も閉められてるからな……」
いつも行く場所を思いついたけど、どこも使えそうにない。そうこうしているうちに昼休みが終わるんじゃないか? それはまずい。
「だったら、静かで座れる場所。部室棟に続く通路ならベンチもあるし。どうですか?」
「あ、なるほど。あそこか。うし、行くぞ」
言われて気づいた。校舎と部室棟の間。いつもなら機材を運ぶ通路としか認識していない屋外で、なんでこんなところに? と思うような場所に、長めのベンチがあった。
昼休みに部室棟へ行こうとする人はほとんどいない。天気もいいし、ちょうどいい。
藤堂の言う場所へ、もくもくと向かう。
一階、物理室近くの階段前から外へ出れば、木陰に長いベンチがちゃんとあった。
そこに座り、ベンチ中央にパンとサンドイッチを置く。
「お前も食えよ。こんなもんしか金ないからおごれないけど」
「そんな、払いますって」
「いいから。金もらうより、お前の話が聞きてぇんだ。とりあえず座れ」
「あ、はい」
コッペパンを一つ手渡し、俺と藤堂の間にサンドイッチを広げる。
固いコッペパンを食べつつ、藤堂に質問を投げる。
「曲、進んでんの?」
「あー……うーん……いや。進んではいないです、ね」
「どんぐらい?」
「どのくらいかって言えば、まだ十小節ちょっとで。ギターはできたけど、ベースがいまいちですね。ドラムももう少しかなって」
「は?」
「え?」
曲の進捗はいまいち。それはわかった。でも、進捗状況がどうも判断しにくい。
小節単位ってよくわからねぇ。それにギターを作って、他の楽器がまだ?
どんな作り方してるんだ、こいつは。
だいたいメロディー作ってから、他の音を足していく。それが基本的な作曲だろう? せめて、歌詞とかコード進行から作っていくんだが。何年も俺は曲を作ってきたけど、メロディーから作る。それが普通だと思ってるし、やりやすいし。
「どんな作り方してんの? お前」
「普通に? こう、部分ごとに作ってくっつけていく感じで。俺、作り方とかよくわかんないんで、とりあえず作って繋げたらいいものできるみたいな? そんな感じです」
そう言った藤堂は、きょとんとした顔をしている。どういうことですか、と言わんばかりに。
俺だって、どういうことか聞きてぇよ。
でも、納得がいった。
藤堂が作った曲は、先が読めなかった。普通なら次はサビだろう、って予測できるのに、藤堂たち√2の演奏は、何も読めなかった。いつのまにか、サビになっていて、いつの間にかAメロに。Bメロに行くと思いきや、またしてもAメロ。みたいな感じに。
きっとそのやり方は俺にはできない。きっと藤堂ならではの作り方だ。
自分で作りながら、曲がどうなるかわからない。作ってみてからのお楽しみ、何だかそれって作っていても聞いていても楽しいんじゃ――。
「あの、先輩? どうかされました?」
「あ? いや。ちょっと」
呼ばれて顔を上げる。そんな考えすぎていただろうか。
会話が途切れ、藤堂は静かにパンを食べる。もう四分の一だけになったコッペパンが無くなるまで、そんなに時間がないだろう。
「野崎先輩は、曲を作られていますよね? もう完成しそうですか?」
「まあ、ぼちぼちだな。昨日、全員で集まったから結構進んだ。少し手直ししたら形になるだろうな」
「全員で……」
藤堂の小さな声の反応は酷く暗かった。
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