Song.24 返せよ
「返せよ!」
「……るせぇんだよっ! 離れろ、クソ野郎!」
「っ!」
繰り返して言われ続けたことで、もろもろ俺が限界を迎えた。
フリーな手で小早川の顔を思いっきり叩いた。乾いた音が鳴り、小早川の声も止まる。その一瞬、胸倉をつかむ力が弱くなったので、小早川の手から逃げ出すことに成功する。
だが、小早川がひるんだのは一瞬で、すぐに鬼のような形相で俺を睨みつけると、その長い手足を伸ばして再び俺は小早川に腕を掴まれた。
そのまま小早川に引っ張られたかと思うと、視界が大きく揺れる。
「っ……」
顔を殴られたのだと理解したのは、体が床に着いてからだ。左の頬がジンジンと痛み、鉄の味がする。口元をこすったら、血が手についた。
「ふーっ、ふーっ……!」
怒りで我を忘れたように、肩で息をする小早川。さすがにこれ以上、殴られでもしたら死ぬ気がする。たかが忘れ物を取りに来ただけなのに。
今の小早川に会話は無理だ。ひとまず逃げるなりしないと。痛みをこらえて立ち上がろうとしたとき、バタバタと足音が近づいてきた。
「そこっ! 何をして……って、野崎くんっ!?」
「イリヤっ!?」
大きな声を出してやってきたのは、見回りをしていた俺らの顧問・立花先生と藤堂だった。
床に倒れて血を流す俺と、真っ赤な顔をして立っている小早川。詳細はわからなくても、もめ事が起きたことぐらいは見てすぐにわかる状況。
「大丈夫ですか、野崎くん」
「……あんまり大丈夫ではないです。すげぇ、いてぇ」
先生が俺の元に来て、顔をよく見るなり焦りだす。
一方で、藤堂は小早川に近寄って、話を聞いていた。
「全部あいつが! 俺たちのバンドをおかしくさせたのはあいつだ!」
「な、何言ってるんだよイリヤ」
「おかしいよ! あいつがユーヤに色々言って。それでできた曲のせいでみんなバラバラになったんだ! ユーヤをおかしくさせたのはあの人だ」
またしても殴りそうな勢いで一歩前に出たイリヤを、藤堂が間に入って止めている。
なんでも俺のせいなのかよ。こいつ、むかつくな。なんでもかんでも、俺にくってかかってきやがって。
「ひとまず、保健室で顔を冷やしましょう。お話はそこで……立てますか?」
先生の手を借りて立ったら、眩暈がした。転びはしなかったけど、先生にさらに心配をかけさせてしまった。
「逃げんな!」
「は?」
保健室に行こうと歩きはじめた直後、小早川が叫ぶ。別に逃げているわけでもないのに、そう言われて、苛立ちが声に出た。
「お前のせいなんだからな!」
藤堂の様子が変わったのは俺のせい。それを何度も繰り返す。
「……なんでも人のせいにすんじゃねぇ。本来の藤堂を変えたのはお前らだろうが。ろくに話もしないくせに、全部一人に曲を任せて。藤堂がどんな曲が好きなのかも知らねぇだろ? それなのにできた曲に対して文句言って。お前ら何様のつもりだ。そんなんバンドじゃねぇ。一生かかっても、優勝どころか俺らに勝つこともできやしねぇよ」
「っ……」
「野崎先輩……」
文句を、不満を、思っていたことを全部言い返せば小早川はやっと口を閉ざした。
「行きましょうか」
「っす」
完全に黙ってしまった小早川と、付き添う藤堂をそこに残し、俺は先生と共に保健室へ向かった。
そこで手当を受けながら、今回の経緯を説明する。言葉足らずだし、悠真からしたら理解できないと言われることが多い説明だったけど、先生は親身になって聞いてくれた。
「私は胃に穴があきそうです……」
正式入部していないとはいえ、軽音楽部内でのトラブルでもある。顧問である先生の責任にもなるために、そんな言葉が出てしまったのだろう。
「とりあえず、怪我にまで至っているので、報告をしないとなりません。おそらく、野崎くんは注意で済むかと。ですが、小早川くんは謹慎になるかも」
「別に報告しなくてもいいんじゃないすか? 俺、生きてるし。口の中切っただけだし。ベースもとりあえず大丈夫そうですし」
「そうはいかないんですよ。ほら、あちらで教頭先生が……」
「あ」
開けっぱなしの保健室の扉からは、大嫌いな年老いた教頭がジッと俺を見ていた。
「君たちへの処分は追って連絡する。今日は真っ直ぐ家に帰りなさい」
「……はーい」
「返事は短く」
「はい」
「よろしい」
教頭は言い終えると、すぐにその場から離れていく。
教頭に見られたのは最悪だ。
立花先生だけなら、今回ことをなかったことにしてくれただろうに。教頭に知られたら、面倒なことになるじゃん。
そうなれば必然的に校内でも知られ、俺は悠真に雷を落とされる。
あ、でも、今回は俺、何も悪くなくね?
俺、被害者だよな? 先に突っかかってきたのは向こうだし。
なら、まあ、いっか。
「野崎くん。聞いてます?」
「え? なんすか?」
教頭が去ったのをずっと見ていたら、引き戻すかのように呼ばれて先生の方を向く。
「今日中に今後の対応を自宅の方へ連絡します。軽音部の皆さんにも伝えておきますか?」
「いらねっす。知られたら怒られるだけだし」
「わかりました。では、お気をつけて帰ってくださいね」
「はーい」
先生に見送られて、帰路につく。体は痛いし、口の中も痛いしで散々だ。
一人、自転車を漕いで家に向かっていると、何か忘れているような気がした。
「あ! ペットボトル……はあ……」
そもそもみんなに先に帰ってもらってまで校内に残ったのは、忘れ物をとりに戻ったから。なのにそれを結局持ち帰ることを忘れていた。
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