Song.17 楽しくなんかない


「楽しいワケねぇだろ……」

「だよね、知ってた。でもさ、音楽なら楽しくないとさ。やるときも、作るときも。まあ、楽しい=音楽ってわけじゃないだろうけど。いろんな音があるだろうし、悲しい曲もあるもんね。でもさ、俺らは好きで楽しくやってるんだから、キョウちゃんがまずは楽しんで作らなきゃ、でしょ?」


 大輝の言葉でハッとした。

 音を楽しんでいない。神谷のその言葉に引っ張られすぎた。楽しい音を。そしてテーマに沿った音を求めていたら、俺が楽しくなくなった。その状態では、作れるものも作れなくなる。


 もともと俺は俺で。俺らしく今までやってきたんだ。大きく変える必要はない。今まで通りに楽しく思いつくままに作れ。

 そうしてできた音がきっと心に刺さるようなものになる。前までそうだったんだから。

 今までの音をさらに後から進化させるように手を加えていけばいいんじゃないだろうか。俺が一人で作るわけじゃない。あくまでも基礎的なものは俺が作るけど、悠真も手を加えてくれる。他のみんなも、練習しながら気づいたことを言ってくれるし、どんどん曲は進化していける。


「俺が楽しむ、か。それもそうだな……よし。大輝、お前、夢ってなんだ?」

「プロ!」


 体を伸ばして深呼吸をしながら大輝に聞いたら、短い答えがすぐに返ってきた。

 確かに、今の俺らの目標……いや、夢はプロのミュージシャン。わかりきったものだったな。


「はい。夢から連想した言葉リスト。ここから練ればいいものになると思わない?」

「何々……夢、バク、レム睡眠ってここら辺はいいや。テレビ、ヒーロー、野球、メダリスト……」


 悠真が渡してきたのは、俺が悩んでいる間にみんながつづった言葉のリスト。代筆で悠真が全部書いているから、丁寧な文字で読みやすい。

 どれも確かに夢からつながるものが並んでいる。


 小さい子供が見るような夢の内容だけではないようだ。

 後半になって思いついたのか、気になる言葉が記載されている。


「ここの『流れ星』って?」

「夢って叶えたいだろ? 何かを叶えたいなら流れ星にお願いするだろ? って、そんな曲なかったか?」

「なるほど……」


 どうやらこの言葉を挙げたのは鋼太郎のようで、詳しい経緯も教えてくれた。


「星はいいな……星を追うように。夢を追いかけるのを比喩して。星空、夜、夏、空、星座……なんか思いついてきたぞ」

「あ、スイッチ入った? ならよかった」

「おう、さんきゅ」


 夢を追う。星に願う。流れ星のように音を高音から流しつつ、低音も響かせて。

 がむしゃらに夢に向かって走るよう、スピード感を持たせる。

 Cメロあたりで、いったん休憩のように静かにして。それでサビでまた駆け抜ける。


 頭の中で構成を考えて、思いついたままに音を鳴らしていく。

 何だかいい感じになってきたぞ。


「かなり変わったね」

「俺でもわかるよ! キョウちゃんが出てきた!」

「ああ。確かに、さっきは浮いてたけど、今度は地に足着いた感じがする」

「こっちも素敵だね」


 悠真、大輝、鋼太郎、そして瑞樹といつの間にか聞き入っていたからか一言ずつ感想を言う。

 どうやらこの方向性があっているようだ。

 この調子で俺はパソコンも立ち上げて、音を入れていく。


 その間にみんなやることがなくなってしまったようで、音楽雑誌片手にあれこれ話していたり、今までの演奏について語っていた。


「手慣れたもんだな。あっという間じゃねぇか」

「そうでもないよ。ここから歌詞も入れていくんだから。どうなの、進捗は」

「そうだな……七割、八割ぐらい終わった感じ?」


 しばらく時間が経ってから、聞かれ、答える。一日でこれだけ進んだならかなりいい方だ。


「ちなみにキョウちゃん、もう一個の曲はどーすんの? 方向だけ決めとく?」

「あ、そうか。そっちもあった……忘れてたな。でも」

「でも?」


 一旦手を止めて、みんなの方を向く。

 何を言いだすのかとひやひやしている人もいると思う。悠真とかは特に。


「さっきまでの俺みたいなやつを現した曲……ってどうだ?」

「どうって言われても」


 悠真の顔が引きつった。他はみんなきょとんとしている。

 あまりにも抽象的すぎたな、もっと詳しく言えばいいか。


「こうあらなきゃ。ああしなきゃ。もっとこうしていなきゃ。そんなときに聞くような曲? 自分で言っててなんかよくわかんねぇけど、多分聞けば安心するような曲だ」


 自分で言っておきながらなんだけど、よくわからない。でも、自信はある。今の俺なら作れるっていう自信が。

 それが伝わったからか、悠真は顔の緊張を解いて少し笑った。


「いいんじゃない。なら、基礎ができたところで聞かせてよね」

「おう」


 自信が伝わったようで、「そろそろ帰るよ」と立ち上がった。

 時計を見ればすでに五時過ぎ。明日も学校があるし、解散にはいい時間だ。


「君は新曲の方やってていいから。ただ、僕の方にNoKの曲データ送っておいて。そこから楽譜に起こすのはやっておくから」

「さんきゅ。スマホの方に送っておく」

「よろしく。ほら、大輝。帰るよ」

「ほーい。じゃーねー、また明日」


 悠真と大輝は家の方向が同じだ。悠真に連れられて大輝は手を振りながら部屋を出て行く。


「僕も帰るね」

「俺も。野崎、明日も学校あるんだから寝坊すんじゃねぇぞ」

「おう、多分遅刻しないようにする」

「多分かよ。じゃあな」


 瑞樹、鋼太郎も腰を上げ、俺は部屋から見送った。

 誰もいなくなった部屋。静けさが戻って来る。


「うし。もう少しやるか。もうちょいでできそうだし」


 夕陽が眩しい。

 肩をぐるぐる回してから、また、曲作りに打ち込んだ。

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