Song.15 何かがない


「おっじゃっまっしまー!」


 昼頃、騒がしい声をあげながらやってきた大輝が、ピンポンを押すよりも先に玄関の扉を開けていた。


 階段を下りて、下を見れば大輝とその後ろに鋼太郎、瑞樹が続いて玄関に来ていた。

 今日はじいちゃんとばあちゃんは、町内会の集まりやらなにやらあって、昼も外で食べてくるとか。帰りは遅くなるとか言っていたし、今日はこの家の主は俺しかいない。だから必然的に来客に対応するのは俺になる。


 声からして大輝だとわかったからいいけど、今度から部屋に籠るときは玄関の鍵を駆けておこう、なんて思いながらみんなを迎える。


「マジで来るんだな」

「マジで来るよ! ユーマがピンチって言ってたし。コウちゃんちでお土産も買ってきた!」


 ほら、と紙袋を見せた大輝。その後ろで鋼太郎はスーパーの袋を持ち上げる。


「昼メシ、まだだろ? 適当に食材買ってきた。キッチン、借りていいか?」


 袋の中は何やら野菜に肉でパンパンだ。

 これは豪華な昼飯になりそう。


「もち。適当に使っていいから」

「おう」


 和菓子屋の息子なだけあって、普段から鋼太郎は料理をしているらしい。だから、鋼太郎の作る飯はうまい。

 俺ひとりだと、だいたいカップ麺しか食わないし、悠真がいたとしても互いに料理なんてしないから近場のファストフードにする。


 そっちも上手いけど、鋼太郎の飯の方が上手い。久しぶりだし、楽しみだ。


「とりあえず上がれよ。んでもって適当に何かしてくれ」


 そう言ったら、ぞろぞろとみんなが家に上がる。

 俺一人となると、大したもてなしはできない。お茶と菓子を出すことしか。まあ、もてなすほどの顔ぶれじゃないから、お茶を求めてくる奴らはいないんだが。


「キョウちゃん、お花も買ってきたよ。花瓶、使っていい?」


 最後に入ってきた瑞樹が、鮮やかな色の花を持ってきていた。

 花束とまではいかないが、色んな花がまとめられてビニールに包まれている。


「花瓶ならあるけど……どうすんだ、それ」

「やだなぁ、忘れちゃダメだよ。そろそろ命日でしょ?」

「ああ……そうか。悪いな」


 すっかり慣れてしまい、忘れていた。

 明後日が親父の命日だったことを。


 しんみりとした空気になったまま、仏壇の方へ行く。


 そこに並ぶのは二つの写真。

 親父と母さんだ。

 正直、母さんのことはあんまり覚えていない。俺がずっと小さいときに亡くなったから。

 でも、親父が亡くなったのは四年前。仕事へ向かうとき、事故で死んだ。


 Mapのベーシスト兼作曲家として世の中に何曲も残した親父。俺はそんな背中に憧れて今も音楽をやっている。

 最初はひとりぼっちだったけど、今はこんな賑やかな人が集まったんだって、胸を張って言いたい。


「僕も線香あげてもいい?」

「おう」


 瑞樹が持ってきてくれた花を供えている間に、悠真も上から降りてきて顔を出した。そしてみんなが順々に線香をあげて、鈴を鳴らした。



 ☆



 場所を変えて、俺の部屋とキッチンへ別れた。

 鋼太郎と悠真は、一階に残り昼飯の準備をすると。残りの三人がそれぞれがベッドや床に座ったところで真っ先に大輝が騒ぐ。


「よーし! キョウちゃん、俺何すればいい?」

「何と言われてもな。なんかアイデアを出せ」

「あいであ? どんな?」

「曲の方向性とか? 単語でもいい」


 うーん、と首を捻ったまま、大輝は動かなくなる。


「チラッと悠真先輩に聞いたけど、少しだけ進んだって話じゃなかった?」

「少しな。メロディだけだけど、聞くか?」

「うん!」


 目をキラキラさせる瑞樹。

 俺はキーボードの前に移動して、さっき弾いたメロディをもう一回弾いてみる。


 今まで作ってきた曲は、低音を響かせるようなものが多い。

 ちなみにバンフェスや部活動紹介で弾いた曲もそうだ。『敗北』をテーマにし、低音で全体を押し上げることでドン底から這い上がるような構成にしている。


 その一方、一人でネット上で活動しているNoK名義の曲は、ハイテンポでリズミカルなものだ。

 あくまでも歌うのは人間ではなく、機械音声ソフトであるAiS。ブレスもなくていいし、早口になろうが関係ない。それを活かしたハイテンポの曲ばっかり作った。


 そんな俺の二つの顔を知っている大輝と瑞樹は、今回弾いてみたメロディーに目を丸くしている。


 だって前例のないようなポップな軽いメロディーだったから。

 低音はかなり控えめ。右手のメロディーは幅広い音域ながらも、かなり明るくて弾む。


 思いついたところまでを弾き終えれば、二人は口を開けたまま動きが止まっていた。


「どうだ? 一応、夢の方のテーマでやってみた。今までの低い音だとどうも合わない気がしたし……なんか感想言えよ」

「すごいよ、キョウちゃん! 今まで聞いたことないメロディだもん。キョウちゃんの作る曲ってとがったものが多いけど、こんなに明るくてもかっこよくなるんだね!」


 興奮で顔が赤くなっている瑞樹の言葉は素直に受け止める。


「大輝は?」

「うーん……」


 続けて大輝に聞くも、何だか渋い顔へと表情が変わっていた。


「何か不満か? あるなら言え」

「うーん……うまく言葉にできないんだけどさ。俺、キョウちゃんと一緒になるまでは音楽なんて触れても来なかったからよくわかんないけど、なんというかこの音から伝わってこないというかなんというか……」

「何がだ」

「それがこう、はっきりわかんないんだよー。部活動紹介でやったあの曲と違ってさ、ないんだよ。グッとくるなにかが」

「……」


 俺は大輝の言葉がわからない。

 何がないっていうのか。

 伝わらないとはなにか。

 歌詞はまだ入れていない。あくまでも今聞かせたのはメロディーだけだ。それで伝わるもなにもないだろう。


 瑞樹はいいとほめたが、大輝は不満。

 みんなが納得いくようなものにしなければ、このまま進めるわけにはいかない。でも何をどうすればいいのかわからない。

 互いにわからなくて黙ってしまった。


 時計の針が進む音が聞こえるほど静かになる。

 瑞樹の焦る顔が横目で確認できた。


 ぐうううううう。


「あ」

「あん?」


 音の主は瑞樹。

 今度は恥ずかしくて顔を赤くして腹を抑える。


「ひっ! ご、ごめんなさいっ。僕のお腹がっ……」


 時刻はすでに十二時半を過ぎていた。瑞樹の腹の叫びが沈黙を破った。


「っし。下に行けば、鋼太郎と悠真が作ってくれてんだろ。飯にしようぜ」

「うん!」

「飯だーっ!」


 ひとまずは休憩だ。

 頭も切り替えて、また曲を作ろう。

 ぞろぞろと俺らは降りて、昼飯を摂ることにした。

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