Song.13 バトル要項



 だって、トップにあるのは『NoK』の文字。

 俺がネット上で使っている名前だ。機械音声AiSアイズに自分で作った曲を歌わせて、それを公開するときに使っている名前。

 過去に何曲もアップして、それぞれ再生回数が何百万とか言っているから、そこそこネットでは知られた名前でもある。


 去年一年間はまったく新曲をアップしてなかったから、そろそろアップしようと思ったのがつい最近。

 ランキングに載った曲は、昨日アップロードしたばかりのものだ。


 まさか俺の曲がここにくるなんて。

 NoKは俺一人でやっているもので、自由に曲を作っている。

 機械が歌うし、機械が演奏するのだから、どれだけテンポが速くても、息継ぎが無くても関係ない。

 原曲そのままだったら、人間が演奏するには無理がある曲も多い。

 新曲も同じだ。


 ハイテンポ、息継ぎなし。加えて重低音を響かせている。

 自分で作っておいてなんだけど、馬鹿みたいにヤバい曲だ。


「野崎……」

「君さ……」


 俺がNoKであることをバンドメンバーだけは知っている。

 どんな曲を作っているのかも含めて。

 だから今、俺はメンバーに物凄く冷たい目を向けられている。


「わりい……まさかここで出てくるとは思わなかった」

「そうですよ、キョウちゃんは悪くないですし。また僕たちでやりやすいように手を加えましょう?」


 過去にもNoKの曲を練習曲として扱ってきた。その時はみんなで手を尽くして、演奏できる形に変えた。今回もそれをしないといけない。普通のコピー曲よりも一手間どころかもっと手がかかるだろう。


「NoKってあれだっけ? AiSの。俺はあんまりこういう曲は知らないけど、みんな知ってるかんじ? まあ、流行りなのは違いないし、二バンドともこれのコピーをがんば!」


 俺らはまだいい。何曲かNoKの曲をやってきたし、譜面の準備もすぐにできるからすぐに練習に入れる。

 だが一年ズは……


「あたし、耳コピはできないよ」

「出来るのはユーヤ! 任せた!」

「う、うん。わかったよ」


 さっき、盗み聞きするに、√2の曲作りは藤堂がやっていると言っていた。その藤堂がNoKの耳コピもするのか。過労死するんじゃないかと思う。


「あ、そうだ。期限も決めとかねぇと。今日は四月頭だし……ゴールデンウィーク明けには三曲準備な。公開も休み明けから同じタイミングで。一週間毎にそれぞれ一曲ずつ公開して、六月一日に結果を見よう!」


 神谷はどんどん決めて、黒板に書いていく。

 それを顧問のはずの先生はまるで授業参観に来た親みたいに静かに窓際に立って見ている。


「意義ある人は挙手ー……はい、騒がしい一年」

「ハイッ! 神谷さんはまた来ますか!?」


 ここで言う騒がしい一年は、たった一人。小早川しかいない。こいつは、デカい声で食い気味に聞く。


「仕事がなかったらかなぁ? 今の所は多分空いてるけど。結果は知りたいし、来なくても先生に聞くかもね」

「マジすか! 会えるの楽しみにしてます!」

「そ。ガンバ~楽しみにしてる。はい、他は何かある? ないなら俺、帰るね」


 小早川をあしらって、嵐のように神谷はそそくさと物理室から出ようとする。それを先生が慌てて追いかけた。見送りとか、その他の話とかなんとか、そんなことをやるんだろうな。


「瑞樹、よかったのか? 久々の師に会ってろくに話さなくて」


 せっかくギターの師匠である神谷に再会出来たというのに、瑞樹はろくに話していない。それで本当にいいのかと思ってでた問いに、瑞樹は丸い目を更に丸くした。


「うん? 大丈夫だよ? だって僕、バンフェス以降、連絡とるようにしてるからね」


 いつの間に……抜かりないな。

 だったらいいや、と言ったら瑞樹はニコニコと満足したような顔を浮かべた。


「先生も行ってしまったし、とりあえずは神谷さんがここに書き残してくれたようなスケジュールで。一応、僕が部長をやっているから連絡先教えてくれる? 物理室ここで練習したいときとかも連絡くれれば調整するから」


 部長らしく悠真が言うと、さっきまで見つめていたスマホを使い、連絡先を交換仕始める。

 そこに何故か大輝も加わって、悠真と大輝だけが一年ズの連絡先を知ることとなった。


「小早川イリヤくんに、藤堂祐哉くん。そして、久瀬くぜ祥吾しょうごくんに、久瀬くぜ悠希ゆうきさんね」


 ひとりひとり、スマホを見ながら名前と顔を一致させようと悠真は確認したとき、大輝が押し入るように入っていく。


「久瀬っちは双子?」

「そうです。僅差で生まれた姉で、その弟が俺」

「へー! 顔そっくりだもんな。久瀬っちじゃあ区別つかないから、久瀬しょーと久瀬ゆーって呼ぶね! で、イリヤとユーヤ! よろしくな!」


 急に心の距離をグイグイ攻めてこられて、久瀬の双子は顔を見合わせたのち、小さな声で「よろしくお願いします」と言った。


「大輝、黙ってて。話を戻すけど、君たちのリーダーは誰?」

「一応、俺です」

「藤堂くんね。さっきも言ったけど、物理室ここを練習場所にしたいときとか、分からないこととかあったら、大輝よりも僕に連絡して。大輝にそういうこと言っても無駄だから。わかった?」

「わ、わかりました」


 悠真が、誰かと違って物分かりがよくて助かるって言ってたのを俺は聞き逃さなかった。この誰かは俺じゃないよな? きっとイリヤだよな?


「今日は以上。時間も時間だし、片付けして解散。なお、神谷さんについては決してSNSには書き込まないこと」


 さすが部長であり、生徒会長。

 悠真は一年にもそれぞれに指示をして、いつもよりも短時間で機材を片付け終えて帰路につく。

 ここでやっと、俺は空腹だったこと、鋼太郎に何も貰えなかったことを思い出して、腹の虫が元気に鳴いた。



 こうして、ジュニアコンを準優勝した藤堂をリーダーとした四人組バンド『√2』と、バンフェス優勝した俺ら五人のバンド『Walker』による音楽バトル。


 内容はオリジナル曲が二つとNoKの新曲コピーの合わせて三曲で行う三本勝負。

 オリジナル曲の一つはフリーテーマで、そしてもう一つは『夢』をテーマにしたもの。


 これらをゴールデンウィーク明けまでの一カ月で披露できるよう完成させる。


 大変だけど、楽しみも待っている。

 どんな曲にしようか、そしてどんな曲を作ってくるだろうか。


 一カ月しかないけど、めちゃくちゃ楽しみだ。

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