Song.9 憂いに沈んだ少年

「よう、野崎。遅かったけど、呼び出しはどうだった?」


 うるさいほどの職員室前は、浮いてる俺が出てきたらサッと道が開けた。後ろから何かコソコソ言われているけど、もう知らない。早く練習したくて、最短距離で部室へ向かう。


 その途中で体育館から機材を運ぶ鋼太郎に声をかけられた。


 鋼太郎の両手にはドラムのハイハットとマイクスタンド。それなりの重さがあるはずなのに、ものともしないパワーで軽そうに持っている。俺からしたら、鋼太郎はゴリラだ。俺だったらいっぺんにそんな荷物は運べない。


 俺よりも高い身長タッパ。部屋を区切る扉を通る際には毎回かがまなければならないが、廊下だから今は真っ直ぐ背中を伸ばして俺を見下ろしながら言う。


「クソだった。胸くそ悪いし、ダルいし、ふざけてるし」

「お、おう……そんだけ口が悪くなるなら相当だったんだな……」


 思わず悪い癖がでた。でも、呼び出しは本当にそんな感想しか持てなかったし。それにライブの物足りなさで苛立ってる所だったから余計に気分は下がる。


「ま、このあと時間に余裕あるし、軽く喰ってから思う存分弾けばいい。俺ももっと叩きたいし」


 喰ってから。その言葉に反応したのは、俺の腹。

 今まで忘れていた腹の虫が、ここへ来てその存在を強く主張してきやがった。


「あ……飯……忘れた……」


 ばあちゃんが用意してくれていた弁当。それをそのまま家に置いてきちまった。購買は……時間的にもう何も残ってないな。しくった。


「そう落ち込むなよ。うちのあまりものなら、今日も持ってきたからそれを食え」

「! どら焼きか!?」


 鋼太郎の家で売ってる和菓子は絶品だ。食い気味で返答したら、若干だけど鋼太郎に引かれた。


「どら焼きはねぇよ。でも、草餅がある」

「食う! 腹減ったから先行くぞ!」

「おい、待て! 片付け終わんねぇと食えねぇからな!」


 高校生らしくないとは思う。

 最早俺らは子供とその親みたいな会話をしていると。

 でも言いたいことが言えるし、楽しいし、こんな時間も好きだ。



 ☆



 鋼太郎と一緒に部室である物理室に行けば、大方部活動紹介で使った機材ははこびおわっているようだった。

 でも、鋼太郎を除く三人はまだいない。何かまだ体育館に荷物があるのだろうか。


 俺の予想は的中していたようで、鋼太郎は持ってきた荷物を物理室角に置いて、そそくさと出て行ってしまった。


 俺のベースも持ってこられていて、ご丁寧にスタンドに立てかけてある。きっと瑞樹がやってくれたのだろう。


 そんな機材や楽器をじっと見つめているのは、昨日の一年ズの一人……だと思う。


 どうも昨日は、小早川の『うるさい』、『でかい』っていう印象が強すぎて、他の一年の顔がほぼほぼわからない。


 俺のベースの前をうろちょろしているこいつは、視線を感じたのか急に顔を上げ、俺を見る。


「す、すみません!」

「いや、別にいいけど……お前、昨日の一年の……誰だっけ。てかベース?」

「一年の藤堂祐哉です。バンドではベースやってます」

「へぇ」


 低く安定した声。切ったばっかりなのか、やたら襟足が揃った短い黒髪。ハの字に下がる眉は、終始どこか困ったかのようだ。


 俺よりも背は低いけど、筋肉質だし、ベースもごついのを使っていそうな一年ズの一人だった。

 名前と顔をここで把握する。


「先輩たちのライブ、素敵でした。バンフェスで優勝した演奏を生で見ることが出来て光栄です。到底自分たちには手が届きません」


 斜め下を見ている様子は、自信のなさがあふれ出ている。

 こんなナヨナヨした奴のバンドの演奏がどんなものなのか、ちょっと気になってきた。


「俺もそんなライブができたらな……」

「は?」


 小さいつぶやきを聞き返してみたところ、「何でもないです」となかったことにされてしまった。


 でも確かに聞こえた藤堂の言葉は、何だか諦めを含んでいて、無理だと決めつけているかのようだった。


 人付き合いは苦手だ。

 これ以上、踏み込んだ会話もできなければ、別の話題を振って上手い会話も出来なくて、俺と藤堂、だんまりと突っ立ったまま、変な時間が過ぎていく。


 どうするべきか、悩んでいると、廊下に響く賑やかな声が聞こえてきた。

 まだまだ新入生の勧誘で特別棟にいる人は少ない。加えて、声の大きさや質がよく知る人物だと確信させる。


 助かった。

 この空気を終わらせてくれる……だろう。大輝なら。


「おっすー! 終わったよ! キョウちゃん! あれ? また下級生いじめって言われてもおかしくないような現場だ!」


 ガラッと物理室の扉を勢いつけて開けたのは、やっぱり騒がしい大輝だった。


 肩にライブで使ったコード類をかけて、物理室に入るなり俺と藤堂を交互に見て言う。


 ここで言った、「また」という言葉は、俺が軽音楽部設立に向けて、瑞樹をこき使っているなんて噂が立ったから出たのだろう。


 実際は、俺と瑞樹は学年こそ違うけど、小さい頃から一緒にベースとギターをやって来た幼なじみだ。俺のことを一番わかっているし、俺も瑞樹のことをよくわかっている。


 プロアーティストの俺の親父のことも瑞樹ははなから知っていて、俺も親父みたいにプロになりたいって言ったら、「僕も」って同じ道を選んだ。


 だからまあ、瑞樹をこき使っているんじゃないんだが、どうも世間的にはそう見られていたようだ。でも、バンドメンバー全員、真実を知っているからそんな噂話を真に受けるやつはいない。


「俺はいじめてねぇからな」

「だよねー! 知ってる。キョウちゃん、誤解されやすいタイプだし!」

「知ってるなら変なこと言うんじゃねぇ」

「いてっ」


 ふざけるな、と大輝の頭を軽く叩いた。

 そんなやり取りを見ていた藤堂は、ポカンとした顔をしていた。

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