Song.8 トップシークレット


「なんであんたがいるんだよ」

「決まってんじゃ~ん。三者面談だよ、三者面談」


 気が抜けた声だ。これでももうすぐ五十歳になるはず。年齢と行動が伴ってないタイプでなんかむかつく。


「は? あんたは俺の親じゃねぇじゃん。面談ならばあちゃんに言ってあるし、第一今日じゃねぇ。確か再来週ぐらいだったはず」

「やだなぁ、恵太の子供は俺の子供も同然でしょ。腹の中にいるときから知ってるんだし。それにおばさんたちじゃ、お前のやりたい事を具体的にどうするか先生に説明できないっしょ。ほら俺のことをパパって呼んでもいいぞ」

「誰が呼ぶかっ。チッ……」

「はいー、恭弥くんの了承も得たので面談しましょ、せーんせ」


 了承も何もない。ただ本当に言い返す言葉が何も浮かばなかった。

 神谷が隣に座れと、空いたソファーを叩く。少しばかりむすっとしてたら、ついに神谷が無理やり俺を引っ張って、座らされた。


 急に現れた有名人、それと普通に話す俺。

 一年間顧問としてやってきた立花先生は関係性について察しがついているだろうから、特に何も言わないけど、今年初めて俺のクラス担任になった先生はよくわかっていないらしい。だから思考をまとめるためか、頭を抱えつつ口を開いた。


「えっと……その、神谷さんは野崎くんとどういったご関係で?」


 担任と神谷。年齢はさほど変わらないだろうに、堅苦しい声で聞かれる。


「俺のバンド……ご存じかもしれないけどMapね。そのメンバーの息子が彼で。もう亡くなってしまったけど、父親と言っても過言ではない、な? いやぁ、バンフェスで久しぶりの再会をしまして! もう俺びっくりして笑いが止まらなかった。あははははっ」

「くくっ……」


 俺が答えようとしたけど、先に神谷が喰い気味で笑いながら答えた。

 静かな校長室。空気が読めない笑い。シンとした空気に神谷の声が残って、俺だけ噴き出してしまい、堪えようとしたら肩が震えた。


「Mapのということは、野崎のざき恵太けいたさんの息子が彼……」

「そうっす! な、恵太のチビッ子!」


 野崎恵太は俺の父親。Mapで作詞作曲、ベースを担当するプロのバンドマンだった。

 親父の音が好きだった。ステージで輝く親父が好きだった。憧れた。ああなりたいって思ってしまった。

 まあ、事故で死んでしまったけれど。

 それでも作ったものは残る。今も親父の曲がいろんな人の耳に入っていると思うと嬉しい。


「なるほど……それで、野崎くんも将来は音楽の道に進もうとしている感じですかね?」


 担任が見せてきたのは、俺が提出した進路希望調査票。進学か就職か。さらには第三希望まで具体的な学校名や職種名を書くようになっている用紙。

 もちろん俺が書いたのは、「プロミュージシャン」一択。あ、そうか、これで呼び出しか。今やっと納得できた。


「おいおいチビッ子よ、お前馬鹿だろ……」

「るせぇ。俺より馬鹿はいる」


 調査票を見て神谷は結構引いたらしい。あれか、もっと具体的に書いておけばよかったのか?

 とはいっても、どう書けばいいかわかんねぇし。事務所とか書けばいいのかよ。


「進学希望ではないということはよくわかりました。夢を持つことはいいことです。でも、その他の道についてもよく考えて――って、聞いてます?」


 担任が真剣に言う前で、俺と神谷はぶつぶつ言い合っていた。

 だって散々馬鹿だって言ってくるから、言い返してを繰り返し。担任の話なんて聞こうともしなかったら、ちょっと怒られた。


「……野崎くんは後程また面談をします。それまでにこの調査票に具体的な内容を書いてきてください」

「えー」

「文句を言わない。来週末までに提出がなかった場合、部活への参加を認めません。ね、立花先生」

「え、えっと……そ、そうですね?」

「はい、顧問の先生の承諾も得たので、調査票こちらはお返しします。面談は以上になりますので、野崎くんはどうぞ部活へ」


 手元に進路調査票が戻ってきた。宿題の再提出は何度もしたことあったけど、まさかこれまで再提出になるなんて。

 でも、もう部活に行っていいならさっさと行くし。ぺらっぺらの紙をバッグにしまってさっさと立つ。


「野崎くん、私もお話が終わりましたら部活に向かいます。みなさんに物理室で待つようお伝えください」

「うぃーす」


 立花先生が申し訳なさそうに言う。先生よりも担任の方が年上だ。圧に負けて返事をしてしまう場面を目の前で見て、社会ってめんどくさいなとつくづく思った。


「あ、俺もあとから行くからさ。俺の存在は黙っておいてくれよ、チビ! サプライズ登場するから」


 神谷がそんなこと言っていたけど、軽く無視して俺はみんなの元へ向かった。



 ☆



「さてさて。ちょーっと聞きたいことあるんですけど?」

「なんですか?」


 恭弥がいなくなった校長室。神谷がスイッチを切り替え、真剣な顔になる。

 途端に空気が引き締まる。


「恭弥たちのバンドが、高校生のトップになったわけだし、それなりに反響があったと思うんですよね、俺。現に俺らがずっと昔ですけどおんなじようにトップになったときにはすげーことになったし」

「はぁ……?」


 思い返すかのように神谷は顎に手を当ていう。神谷たちのバンドMapも、バンドフェスティバルで優勝したことがあり、そこからプロへの道を進んだのだ。それゆえ、バンフェス優勝後の流れも把握している。

 そんな神谷の声に対し、何も知らない担任は「何が言いたいんだ?」というように首を傾げた。


「あいつらの音楽は、先生たちが思っている以上の影響をもたらしている。知ってます? バンフェスのライブ映像がiTubeの公式アカウントで公開されてるんですよ。その再生回数とかもう、ぐーるぐるまわってて」


 どこか嬉しそうに話すために、余計担任は眉をしかめていた。


「つまりね、俺は思うんっすよ。抜群の音楽を全国に魅せつけたあいつらに、プロにならないかっていうオファーが来てるんじゃないかって。どうです? 顧問のせーんせ」


 まっすぐな目で神谷は立花を見る。その目に立花の背中に冷たい汗が流れた。


「……流石です、神谷さん」

「ほら、俺って名探偵! で、なんでそれを伝えないわけ? 喜んで飛びつくだろ?」


 そう言って神谷は前のめりの体勢を取って、立花を睨む。

 神谷は恭弥が父親の背中を追ってプロになりたいということをよく知っている。夢を叶えるべく、楽器の練習にいそしんできたことも。

 長く抱いた夢が叶うという場面で、たかが部活の顧問がそれを拒んでいるという現実に納得がいっていなかったのだ。


「確かに彼らの音楽は素晴らしいです。全員の意思を確認したわけではないですが、きっと彼らはプロになるでしょう。ですが、彼らはまだ学生です。今はまだ、学生という青春を楽しんでもらいたい。そこから生まれるものもあるでしょうし、誰も青春を邪魔してはならないと思いまして……それに」

「それに?」

「彼ら、また、バンドフェスティバルに出たいみたいなんですよ。前例がない二連覇を目指して。学生の内しか出られないですし、どこかに所属してしまったら多忙故不参加になるかもしれない。今しかできないことをやってほしくて、まだ秘密に」

「あっははははは!」


 閑静な校長室。神谷の笑い声が廊下まで聞こえるほど響く。


「あいつらマジで馬鹿だろ! 二連覇とか! 無茶言ってやってんじゃん! あー、腹いてぇ!」


 ゲラゲラ笑った神谷に対し、立花は苦笑いが絶えない。


「でもま、それも一理ある。やるなら徹底的に、やれることを全力で。それが恵太の口癖でもあったしな。楽しそうだし、俺もせんせーの意見に乗っとくわ」

「どうもありがとうございます。あ、ちなみになんですけどこれから部活の方で――」


 神谷と立花は今後の軽音楽部について話し始める。すっかり蚊帳の外になってしまった担任教師はその間ずっと空気のように存在を消し続けた。

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