Song.7 First Live
ゆっくりと幕が上がっていく最中、ざわついた体育館に響くのは、丁寧な悠真のキーボードの音。
これから始まるのは静かな曲なのだと思わせる。
同時に、急に始まったために、ざわつきがどんどん消えていき、好奇の目が向けられる。さっきの表彰式と違って、この目は俺をワクワクさせる。
几帳面な悠真を現したかのように、狂いのない音。これを背から受け取りながら、幕は完全に上がった。
生徒のあほ面が丸見えだ。
『なんだこの人達は』
『バンド?』
『どんな曲をやるんだ?』
そんなことを思っているのだろう。ぽかんとした顔がいくつも見える。この顔が俺たちの曲で変わっていくのを見れるのが楽しみだ。
呆然としている生徒を無視して続いていく悠真の音に全員がどんどん加わっていく。
激しくも正確なリズムを刻む鋼太郎のドラム。音やリズムが合っていて、ライブでは魅せるということを忘れない。自分のできることを最大限生かすのは、何事にもまっすぐ向き合う鋼太郎だからなせる業。
それで刻まれたリズムに乗って曲は進む。
バンフェスで優勝まで勝ち取った曲は、そもそものテーマが『敗北』だ。
悲しくどん底に落ちてしまった状況から、這い上がっていくように、俺のベースでそこから押し上げていく。
ただの棒立ちの演奏はつまらない。今やっているのはあくまでもライブ。
だからこそ、ボーカルの大輝は唄いながらステージ上を動き回る。
ネガティブな状態から這い上がり、希望へ向けて進んで行く。歌詞がそんな感じだから、悲しいときは悲しそうな顔で。強い意思を持って進むときは、真正面へ手を伸ばして。ころころと顔を変えて気持ちを込める唄い方をする大輝は、ボーカルにふさわしい。
時折俺や瑞樹がコーラスで自由気ままに加わって、曲が進んだ。
その頃にはぽかんとしていた生徒が、ハッとしていた。
二、三年生なら去年も俺たちのライブを見ているから、ライブが楽しいってことを知っている。でも、新入生は何も知らない。戸惑いがあっただろうけど、上級生たちが腕を振り上げて声をあげている状況。周りの空気に流されるかのように、一年生も手を大きく振っている。
そこで始まる瑞樹のギターソロ。
上手で弾いてた瑞樹が、ステージ中央に来てギターを唸らせる。
小さくて可愛いと言われまくっている瑞樹にギターを弾かせれば、印象がガラリと変わる。可愛いなんて言わせない。かっこいい以外の何物でもない。
バンドのギターは花形だろう。注目が瑞樹に集まる。その目に瑞樹が引くわけない。細かく弾いて放たれるソロで、完全に体育館の空気を俺たちが掌握できた。
曲は折り返しに来た。
やっぱり暴れないとやってられない。
ベースを弾きながら、ぐるんぐるん大回転。頭もぶんぶん振り回して、ベースを弾く。
突っ立って弾いているだけなんて、ライブじゃねぇ。
耳だけじゃなくて、五感全部を使えるのがライブだ。
それがわかっているから、動けるメンバー――俺、瑞樹、大輝だけだが――はステージを端から端まで使って、終わりまで全力疾走した。
「ありがとうございましたっ! 軽音楽部、Walkerでしたっ!」
大輝がそう言って頭を下げたら、若干喰い気味に幕が下り始めた。
どれだけ時間が押してたんだよ。もっと計画的にやってくれよ。
『――以上を持ちまして、部活動紹介を終了いたします。気になる部活がありましたら、ぜひ見学へ足を運んでください』
幕の外から拍手が聞こえる中で、早口なアナウンスが聞こえる。本当に時間がないんだろう。あー、もっと弾いていたかった。一曲だけじゃ、全然物足りない。
「お疲れ様です。みなさん、片づけはホームルームが終わってからにして、今は教室へ戻るようお願いしますね。私はちょっと急用があるので、もしかしたら遅れるかもしれませんが、片づけに行きますので」
じゃ、と先生までもが急いで行ってしまう。
残された俺たちは、ライブ後のハイでほとんど右から左に聞き流していたこともあって、誰も返事を返さなかった。
☆
もっと余韻に浸るとかあるだろうに、たった一曲だけやって、すぐに教室送り。物足りなくてモヤモヤが大きくなる。もちろん苛立ちも。
教室に着くなり、すぐに担任が来てホームルームが始まった。そこで今日はお疲れ様でしたとか明日から授業が始まるとかそんな話をした最後。
「野崎くん、君はホームルーム終わったらすぐに荷物を持って職員室に来てください」
「は?」
担任の言葉で教室中の視線が一気に俺に向けられる。
「野崎、なんかしたん?」
「ついに後輩いじめで呼び出し?」
コソコソとそんな声が聞こえる。知ってるさ、俺がクラスでも浮いてることぐらい。入学当初から偏見持って見られていたし、バンフェスで変わるかと思ったけどなかなか変えるのは難しそうだ。
「はいはい、静かに。これで伝達事項はおしまい。みなさん明日からも頑張りましょう!」
騒がしい教室から、担任はそそくさと去って行く。
そのあとも続くひそひそ話。耳障りだ。
「キョウちゃん。何したん?」
「知らねぇよ。何もしてねぇ、俺は」
「だよなー。俺、ずっとキョウちゃんと一緒に居たし。なんで呼び出しなんだろな? あ、俺、先に部活行って皆に説明しとくから! じゃ! ちゃんと来いよな!」
「おう」
大輝が走って部活に行った。クラスの視線を気にすることなく。
めんどくさいし、理由もわからないけど、俺も職員室に行くことにするか。話があるならとっとと行って終わらせて、消化不良の演奏をもう一回やりたいし。
荷物を持って席を立つ。教室から出て職員室近くに来たら、何やら職員室前に生徒の人だかりができていた。
男女混合、キャーキャー何か言っている。ここで女子だけだった場合は、悠真が中心にいることも考えられる。ひそかにファンクラブができるほどの人気っぷりだから。
だが、今回は男子生徒もいる。まさか悠真のファンに男がわんさかいるとは考えにくい。
他に何か人が集まる理由があっただろうか。まあ、考えるだけ時間の無駄か。
別の教師が職員室に入ろうとしていたので、そのあとに続いて進んだら何だかすんなり職員室に入ることができた。
「野崎くん! こっちです、こっち!」
「なんでせんせ……あー……なるほど」
入って右側。少し開けた場所の先。校長室につながる扉がある。そこが今日は開かれていて、奥で担任と軽音部の顧問である立花先生が座っていた。担任は渋い顔であるが、立花先生は待ってましたと言わんばかりに手招きしてくる。だからそれに従って校長室に足を踏み入れれば、呼び出しされた理由も担任が渋い顔をしている理由も全てわかった。
何故なら二人の先生の向かい側に、人気バンド
年齢を感じさせない真っ赤な髪の隙間から、俺を見るなり、神谷は「おひさ~」なんて言いながら手を振る。
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