Song.6 表彰式は退屈で

 始業式。体育館に新入生含めて全員集められて、長々とつまらない話を聞く羽目になる苦痛な時間。

 新生徒会長のあいさつとして悠真が壇上に上がったときは笑いそうになったけど、他は何にも面白い事がない。

 今も壇上で校長が長々と何か話しているのを、あぐらをかいて座り、聞き流していた。


『――続きまして、表彰式に移ります。三月末に行われたバンドフェスティバルにて優勝した軽音楽部、Walkerの皆さん、ご起立ください』


 事務っぽい人の声が聞こえて、うとうとしてた頭が一気に覚醒した。

 ついに来た嫌な時間。辺に目立つ時間だ。

 そわそわしてたら、離れた所で立ち上がる人が見えた。あれは……悠真か。

 俺ものそのそと立ち上がったら、周りの視線が痛いほど刺さっているのがわかる。


『Walkerの皆さん、壇上へ上がってください』


 全員が立ったのだろう。悠真が歩き出したのを見て、あー本当に上がるのかなんて考えてたのもつかの間、後ろからドンっと肩を叩かれた。


「お前なぁ……」

「へへっ。早く行こうぜ」


 笑ってそう言ったのは、大輝だ。というか、名前の順で並んでいたはずなのに、何でサ行のこいつが俺より後ろにいたんだろうか。


 大輝に急かされてステージに上がる階段に足をかける。左右にある階段。学年の違う瑞樹だけが、反対側の階段から小走りで上った。

 壇上に上がってどうするんだと、ざわついていると、校長が小さく手招きをした。

 それに従い、俺たち五人がステージ中央に立って、生徒に背を向け校長と向かい合う。


『えー……賞状。羽宮高校軽音楽部、Walker。あなたたちはバンドフェスティバルにおいて――』


 賞状に書かれている字面を読んでいく校長。賞状貰ったときに、穴が空くぐらい見たから、もう聞き飽きた内容だ。


 最後の日付まで読んで、あとは渡すだけとなったとき、校長が急にマイクの電源をオフにした。

 これでは生徒に聞こえない。何をしてんだ、このジジイは。


「本当によく頑張っていますね。二年前、野崎くん一人から始まった軽音楽部。今では素敵な仲間と出会い、大勢の人を惹きつけるほどになりましたね。これからも、人の心を動かすような素晴らしい音楽を私は楽しみにしています」


 マジか。校長に覚えられていたか……。

 俺が一年の時、教師陣に嫌われるぐらいしつこく軽音楽部設立を訴えていたからか。


「ほら、君が受けとりなよ。リーダー」

「……わかった」


 軽音楽部の部長は悠真だ。それでも賞状は悠真じゃなくて俺が校長から受けとる。


 五人が微妙にずれながらも頭を下げたら、「皆さんの方へ体を向けてください」って校長が言う。素直に全校生徒の方へ振り返ったら、大きい拍手が鳴った。


 ライブのときとはまた違う拍手だから、どうも気持ちがあんまりよくない。

 どんな顔をしていたらいいかわからなくて、きっと酷い顔をしていたと思う。


「あ、昨日の一年生だ。なんだかすごい顔でこっち見てるんだけど……」


 瑞樹の呟き。その目の先に日本人離れした目立つ髪色のせいもあって、一年の小早川を壇上からすぐに見つけた。その顔は決して「おめでとう」なんていう表情じゃなくて、今にも攻撃してきそうな獲物を狙うような顔だった。

 それを怖いとは思わないけど、俺はその他大勢の目から逃げるよう顔を逸らした。


「ははっ! キョウちゃん。俺、やっぱステージの上に立っていたいや!」


 隣で満足そうな顔の手ぶらの大輝の発言。俺も演奏者としてならずっと立っていたいさ。



 ☆



 表彰式が終われば、待ちに待った部活動紹介という名のライブ。紹介はする気なんてない。ただただライブがしたいだけだから、俺は。


 次々に色んな部活が活動内容を伝えている横で、ドラムセットやアンプなど、重くて数が多い機材を物理室から体育館へ、何往復もして運ぶ。


 先生も手伝ってくれるけど、圧倒的に人手不足だ。

 準備だけで体力が削られる。

 全部を運び終えた時には、出番間近になっていた。


「曲は昨日決めた通りだからね。絶対に他の曲をやらないように」


 俺と瑞樹がそれぞれチューニングをしている時、悠真がペットボトルの水を飲みながら言った。


「何それ、フリか? 違うことをやれっていう」

「君、頭打った? 念押しだよ。君が暴走しないように、僕が手綱を握っていないといけないんだから」

「あー、そりゃ違いねぇな。でも、安心しろ。曲はちゃんと決めたやつやるよ。曲は」

「すごい引っかかる言い方。まあ、ほどほどに……いや、あのうるさい一年が腰を抜かす程度にしてよね」

「任せとけ」

「はぁ……」


 親指立てたら、悠真は呆れているようだ。いや、呆れたようにというより、呆れてる。確実に。頭抱えてるし。


 事前のリハーサルをする時間はなかった。昨日の今日で部活動紹介でのライブ本番だから。本当はもっとしっかり練習もして万全の体制をとりたかったが、仕方ない。時間がないと嘆いている暇もない。


 俺たちにできることをやるだけだ。

 先生にはどうやるか伝えてある。ちゃんと決めた曲をやるんだから、怒られるようなこともないだろう。


「軽音楽部の皆さん、準備お願いしまーす」


 ごそごそとステージから前の部活が降りていく。科学部だっただろうか。圧倒的眼鏡率がそう思わせた。


 幕が下りて、暗い体育館のステージ。

 ここに立つのは文化祭以来。二度目ともなれば、機材の準備はスムーズだ。

 それでも他の生徒が待ちぼうけ食らうのは違いない。


 ずっと座らされて、飽きてきてるだろう。

 もう暫くセットまでに時間はかかる。少しでも退屈さを無くすための手段はないこともないが、ワンパターン過ぎるのと、人手不足になるから今はやりにくい。


「なあなあ、俺、前に立ってなんかやってこようか?」


 幕の外から聞こえるざわつき。手は止めずに大輝がうずうずしながら言う。

 俺らの中の盛り上げ隊長は間違いなくこいつだ。間をつなぐ秘策はこいつがしゃべるほかない。


「やめとけ。んなんやってたら、準備も終わんねぇし、ドカンと激しくやれねぇ」


 機材を運び終えて、セッティング完了。毎日触っている真っ黒のベースを肩からかけて、アンプにもつなぐ。ちなみに今日も今日とて、暴れたいから、俺も瑞樹もアンプへつなぐのはシールドではなく、ワイヤレスシステムによる接続だ。これで後は音がちゃんと出るのかの確認をするだけ。


 弦を弾こうとピックを取って弦を軽く弾けば、ちゃんとアンプから音が出た。これなら問題ない。さて、と顔を上げたとき慌てた様子で先生が舞台袖から出てきた。


「みなさんごめんなさい。時間の関係で一曲しかできないみたいで……バンフェスで披露した曲だけでお願いしますっ。ではっ!」

「え、ちょっ! せんせー!」

「マジか」


 本当に申し訳ない、そんな顔で言ってすぐにはけていった先生。まさかここで裏切って二曲やる訳にもいかないよな、これは。やったらきっと先生が上から怒られて、胃に穴が空きかねない。

 あー、せっかく計画したスケジュールが没だ。しかも一曲だけって。一瞬じゃん。もっとやりたい。でも、先生が困るだろうし……。


「聞いた? あの曲だけだからね。いくら暴れてもいいけど、それだけは守って。そこ、不満そうな顔をしない。わかったらほら、カウントとって」

「ちっ! わかったよ! 全員準備は……いいみてぇだ。鋼太郎!」

「おう」


 上手後方から、悠真・鋼太郎。上手前方に瑞樹・大輝・俺の順が定位置。

 みんなの顔を見たら、やっぱりどこかムッとした顔をしていたけど、準備はできているようだった。


 曲の始まりは悠真のキーボード。しれっと始めるんじゃなくて、舞台袖にいる先生に始まることを伝えるためのカウントを、鋼太郎がドラムスティックでとる。


 カチカチと軽快なカウントを感じ取りながら、舞台の幕が上がった。

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