Song.5 スケジュールと目標


「まさか新入生がすでに来ているとは思わなかったので、先に二、三年生へ連絡事項をお伝えします」


 窓際に俺たち、廊下側に一年が固まって座ったところで、先生が言う。

 今日はもともと先生に招集されていた。俺たちに伝えることは決まっているだろうけど、まさか一年がいるとは考えてもいなかったからどうしたものかと、困っているように頬を搔いた。


「今日は入学式でしたが、明日は全校集会が行われます。そこでみなさんがバンドフェスティバルで優勝したことを、再度表彰される予定です。名前を呼ばれたらしっかり立ってくださいね」


 嘘だろ。学校で表彰式なんかいらねぇよ。散々バンフェスで喜び終えたのに。


「野崎……お前、ひでぇ顔してんぞ」


 隣に座ってた鋼太郎に言われて、顔を引き締める。そりゃ変な顔にもなるってのに、鋼太郎は俺を呆れたように見ていた。

 わざわざ校内で表彰しなくていいって。ああ、バックレようかな。仮病で保健室に行くか。俺一人がいなくても、他みんないるし、たまたまいませんでしたでどうにかな――


「しっかり立つんですよ、野崎くん。じゃないと、そのあとに行われる部活動紹介でライブを予定していますが、そこでの演奏を認めません」

「嘘、だろ……鬼だ……あの先生鬼だ……」


 俺の思考を読んだかのように放った先生の言葉で、サボり計画は総崩れだ。ライブが俺の最大の楽しみで生きがいであることをわかっていて言っているのだから、鬼以外の何物でもない。


「諦めろ野崎。お前の好きな音楽が認められた証拠なんだから、おとなしくしとけ。そもそもライブで充分人前に立って視線集めるのは慣れてんだろ。なんでそんなに嫌がるんだよ」

「ライブとはまたちげぇじゃん! 楽器もねぇし」

「あれか。ハンドル握ったら人格変わるやつのベース番だな、お前は」

「るせぇな! それ以上何も言うな。うだうだ言ってるこっちが恥ずかしくなる!」

「はいはい」


 いつの間にか一年の視線も俺に向けられていた。それでもって何かコソコソ言っている。

 先輩のくせにガキっぽいとか思われてんだろうな、知らねぇけど。


「表彰式を終えたら部活動紹介です。機材の準備があるので、出番は最後にしてもらいました。二曲程度であれば演奏できるかと思いますので、好きなように暴れてください。一年生の皆さんは、間近で見れるチャンスですし、楽しみにしていてくださいね」


 嫌なことの次にはいいことがあるもの。

 苦痛な表彰が終われば、めちゃくちゃ楽しいライブが待っている。それをモチベーションにして乗り越えるしかないか。

 あー、気が乗らない。けど、ライブしてぇ。どんな曲やろうか。暴れるやつがやりたいけど、みんなにちょっと確認しないとだけど、一番うるさそうなのがいい。


「一年生にも関わるような情報はそれくらいですかね? ああ、そうだ。明日からしばらく三者面談も続きますから、PTAから苦情が来ないような活動にしてくださいね。本当に……」


 だんだんと言葉が小さくなっていった先生。ただでさえ立場が低いポジションで、校長とかから色々言われているんだろう。俺たちよりずっと前にあった軽音楽部が問題起こして廃部になっているから、また同じことがあるんじゃないかっていうことを散々言われている。ちょっとでも問題を起こせば、俺たちはすぐ廃部。そうならないように監督するのが先生。


 上からの圧と、俺ら――もっぱら俺――からの要望の板挟み。胃に穴が空きそうってこの前ぼそっと言っていたけど、聞こえなかったことにした。


「一年生の皆さんは、また明日、気持ちが変わらなければここへ来てください。同情破り……として、先輩たちに挑めるよう検討しておきますので」

「やったー! 聞いた? ユウヤも喜んで、ほら」

「あ、うん。目の前でトップのライブが見られて嬉しいなー」

「ちがーう! 同情破りができることを喜ぶの! ショーゴ、ユーキも!」


 一年の小早川だけが一人でうるさい。他の一年はシンとしていて、まるで興味がないかのようだ。

 こんなに温度差が激しいこいつらが、ジュニアコンテストで二位になったのか怪しく思う。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、悠真の見抜くような目が一年を捉えている。


「全体向けへの説明は以上です。気を付けてお帰りくださいね」


 この言葉で、一年四人はぞろぞろと帰って行く。

 物理室から出て下駄箱の方へ向かうのを先生がしっかりと確認してから、先生は「ふぅ」と息を吐いて俺たちと向かい合う。


「ここからはWalkerへの伝達事項です。こちらが本命の話ですね」


 きりっとして、本題を切り出した。

 空気が変わったことを感じ取り、俺たちも何だと、体を正面に向ける。


「まず、高校生バンドの頂点に到達したみなさんは、今年度のバンドフェスティバルに参加できるかどうか問い合わせてみたんですけど――……」


 どっちだ。

 優勝した俺たちが、また同じ大会に出場できるのか否か。

 顔が面のように固くなる。


 もったいぶったかのように、先生は間をおいて、一人ひとりの顔を見てから口を開いた。


「参加できるそうです! 前例はないですし、特別待遇もなく、シードとかもないです。一からの応募になりますし、卒業ギリギリになりますが、みなさん、今年も応募しますか?」


 固くなった筋肉がほどけていく。

 先生の意思確認に、俺の答えは決まっている。


「やる。絶対やる。前例がないなら、作ってやる」


 やらない理由がない。そう言えば、続けてみんなが答えていく。


「僕もやります。キョウちゃんの曲が弾けるのは僕だけだもん」


 しばらく黙っていた瑞樹が手を挙げた。

 確かに俺の曲を全部完璧に弾けるのは瑞樹だけだと思う。俺を知り尽くしてる瑞樹が作る音が、曲を引っ張っていってくれる。


「俺も唄うー! 今度は一回もしくんないし! テッペン目指して行こうぜ!」


 大輝の声が響いた。

 過去にライブ中にミスをしたことがあるのを今でも悔やんでいるようだ。でもそれを振り切るような挽回を見せてくれる大輝。馬鹿みたいにまっすぐに唄うから、聞いてる人をどんどん引き込ませる。


「俺もやるよ。ドラム、もっとやっていたい。このメンバー内で一番下手だけど」


 ドラムを初めて約一年しか経ってない鋼太郎も意欲を見せた。

 確かに技術や経験で言えば、他のバンドより劣るかもしれない。でも、すげえ努力家で練習量も人一倍多くやっているのを知っている。だから俺と一緒にリズムを作ってくれるし、心強い。


「……ここでいいえとは言わないでしょ、普通」


 最後になった悠真に全員の眼が行った。

 すると眼鏡の位置を正しながらも、遠回しにやってくれるというものだから全員の顔が明るくなる。

 悠真がいないと、曲作りが進まない。

 俺の感覚で曲を作ったら、それはWalkerの曲ではなくなる。悠真があれこれ手を加えてくれるからこそ、Walkerらしさが出るのだ。

 それに、悠真のキーボードで曲の幅が広がっていく。

 悠真には頭が上がらない。


「承知しました。曲ができた際には、撮影するので教えてくださいね」

「「「「「はーい」」」」」


 二度目のバンフェス。

 前人未踏の二連覇を目標に、俺たちWalkerは再度スタートラインに立った。

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