Song.3 嵐の新入生
入学式に上級生は参加しない。かわりに教室で課題の提出やら今後の日程やらなにやらの説明を聞くホームルームとなっている。
入学式の方が先に始まって、終わりは在校生とほぼ同じ時間になる。その後始まるのは、部活動勧誘だ。
廊下や昇降口、正門までの距離にうじゃうじゃと人が集まって、新入生たちにビラを配るのが一般的な勧誘。そこから興味を持った部活へと、翌日から見学が始まる。
「なつかしーなー! まあ、俺もやったことないけどな! 一年でサッカー部辞めたし!」
「ああ、そういや、お前サッカー部だったんだったな」
「へへっ」
廊下から賑やかな昇降口の方を見下ろしつつ、元サッカー部員の大輝は笑う。今は未練もなく、軽音楽部として楽しんでいるらしく、サッカーをやりたいとも戻りたいともいうことはない。うるさいほどに唄いたいって言うぐらいには、大輝はどっぷりと音楽沼にはまっている。
「なあなあ、俺らは勧誘しないの? 勧誘を兼ねてライブとかしない? しようよ、なあなあ」
「あー……新歓ライブ的な?」
「そうそう! ライブできんじゃん! 唄える! なあ、やろうぜ!」
俺たちも勧誘をやるのが筋だろうけど、あいにくビラも何も用意していない。
というか、別に新入りを入れなくても、俺たちはバンドとして成り立っているから入れなくていいとさえ俺は思っている。
「ライブはしてぇけど、新入部員いれてもなぁ……練習場所がなくなるしなぁ?」
「うーむ……それもそっかぁ」
「だろ?」
納得したような顔で大輝は外を見ることをやめて、一緒に目的地である部室へ向かった。
軽音楽部の部室は、音楽室は他の部活が使っていること、そして顧問の
物理室があるのは、音楽室や美術室などがある本校舎の隣の特別棟。吹奏楽部や美術部がこっちで活動していることもあって、通路を歩く生徒はちらほらいる。どこの部活も多くはもっと新入生が通るような場所へ行って勧誘しているのだろう。
談笑しながら移動し、もう少しで物理室に着く、そんな距離までやってきたとき、何やら騒がしい声が耳に入った。
文化部ばかり、そしてそこに属するのは女子生徒ばかりというだけあって、特別棟には女子が多くいるというのに、聞こえた声は低い。そしてうるさい。これが女子の声とはなかなか思わない声だ。
「俺、見てくるっ!」
「おい、ちょっ!」
何が起きているのか知りたくなる質なのか、大輝は猛スピードで声のする方へ駆けていく。
止める俺の声なんて聞こえていないだろう。
風のように行ってしまった大輝の背に、俺はため息しか出ない。
なんせ、大輝は嵐だ。
新しい風を起こすといってもいいが、トラブルを起こすと言ってもいい。放置していれば、何が起こるかわからない。勝手にすねて、唄えなくなるなんてことも考えられる。
自由奔放で手のかかるやつなんだ、こいつは。
「キョウちゃーん! ヘルプッ、ヘルプッ!」
物理室の方から聞こえた大輝の声。
ほら、言わんこっちゃない。
「キョウちゃぁん! うわーん!」
「うっ……」
小走りで物理室に行き、扉を開けた直後、高い声を出しながらフワフワした柔らかい頭が俺の胸に飛び込んできた。
何度か経験してきたおかげで、倒れることもなかった。
胸の中に頭をうずめているのは、一番俺を知っている一つ年下の幼馴染。
男にしては小柄な体格で、丸い目をした
「なにしてんだよ、お前は……」
「大変なんだよ! 僕じゃどうにもならなくて!」
「何がだ」
「ほら! あれっ!」
顔を上げた瑞樹は潤んだ目をしながら物理室の奥を指し示し、その先へ目を向ければ、バンドメンバーと共に、見知らぬ生徒が集まって何か言っている。
学年で上履きの先の色が違うから、それで判別するに、見慣れない顔たちは下級生――しかも入学したての新入生のようだ。
その人数は四人。うち一人はスカートだから女子。
「あいつら何やってんだよ。なあ、瑞樹……」
腰に巻き付いたままの瑞樹を引きずって、みんなの元へ。瑞樹に聞けばよかったけど、子犬みたいに震えて首を振るだけだから聞き出せず。しぶしぶ他のメンバーに聞く。
「おう、野崎。こいつらちょっと……」
「は?」
引きつった顔で言ってきたのは、ドラマーの
鋼太郎がいう『こいつら』と言って頭を抱えつつ指さしたのは新入生たちだ。新入生らしく、希望に満ちた目をしている。そんな彼らが俺に何かを言う前に、眼鏡の位置を直しながら悠真が口を開いた。
「だから意味がわからないって言ってるよね」
話の流れがわからない。けど、そのまま耳を傾ける。
「頭が固いじゃないッスか! こっちは勝負しましょうって言ってるだけです!」
新入生の中で、鋼太郎ぐらい背が高く、髪も肌も色素が薄くて、日本人離れした顔立ちの男が言う。
「それが意味わからないって言ってるんだけど」
それに対して悠真が冷静に返す。
「だーかーらー!」
ああ、わかった。このやり取りがエンドレスで行われているんだ。向こうも引かない。こちらは意味がわからない。だからどうしようもない。そんな状況である。
「……僕には理解できない。君にパス」
「は? 丸投げかよ。俺、何もわかんねぇんだけど」
疲労を顔に出して悠真は近くの席に座った。
どうしてこうも、俺たちのバンドメンバーは人の話を聞かないのか……あ、俺もそもそも聞いてないからだ。
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