第27話 義手
数分前にさかのぼる。
レナはローブの人物と一対一の戦闘を繰り広げていた。
「マテリアルクリエイト!」
レナの前に分厚い壁が現れた。その壁に緑の光線がぶつかる。その光線はレナの作成した壁をどんどん溶かしていき、壁を貫通した。
レナはその光線をすかさず避け、体勢を整えると、地面に手を当て「針のむしろ!」と叫んだ。
地面からはローブめがけてミスリル製の先のとがった棒が突き出す。
ローブは地面を滑るように後退し、それをかわした。
魔道具を使用しているのだろうか、先ほどからローブは滑るように地面を移動している。いや、少し浮いているようにも見える。
「速い……」
ローブは地面を滑るように移動し、とにかく速い。壁で囲もうにも次の瞬間に別の場所に移動し、囲めない。
「その程度か」
ローブの人物は挑発するように言う。
「言ってくれるじゃない、魔力を多めに使うけど、これならどう?」
レナはそういうと、魔力を高めて集中して地面に手を当てる。
「四面楚歌!」
レナが叫ぶとローブを軸に四方向に長方形の壁が現れた。
そして壁からさらに直径十センチほどの棒が突き出るように現れ、壁から壁に、棒から棒にと四方八方に伸びていった。ローブは地面を滑りながらよけていくが、徐々に退路を奪っていった。
「ふふん、ざっとこんなもんよ、さぁ観念してさっさとティナを返しなさいよ!」
ローブは退路を阻まれ、身動きが取れない状態になっていた。
「前言撤回してやる、こんなことができるなんて驚きだ」
「ありがと、でももう逃げられないわよ、そんなこと言える状況じゃないと思うけど」
「さぁ、それはどうかな?」
ローブはそう言うと、金属の球体を出し、緑の光線を棒に向かって射出する。しかし、レーザーは棒に阻まれて打ち消された。
「無理よ、アダマンタイト製だもの、ちょっとやそっとでは折れたり溶けたりしないわよ」
「ふふふ」
ローブは不気味に笑い魔力を込めた。そして今までにない強力な光線をレナに向かって放つ。
光線はアダマンタイト製の棒を溶かし、レナに向かっていった。
「!!!」
レナは間一髪でかわすが、左手の義手が破壊された。
「運よく避けたようだけど、その左腕はもう使い物にならないみたいだね」
ローブはそういうと、アダマンタイト製の棒を溶かした場所から移動してくる。
「そろそろ決着をつけようと言いたいところだけど、あなたには選択肢がある」
ローブは自分がつけている仮面を取り外した。
そして現れたのは、緑色の髪の目鼻立ちがはっきりとしている女性だった。
レナの前に立っているのはアイリーンだ。
「アイリーンさん……なんで……」
わずかな疑念はあった。
ポーション作成の仕事中にリサという名前を聞いた時の憎悪の表情。
ティナの姉をリサだと知っており、レナの家ではなくリサが住んでいる家にメッセージを残した。
そして先日のスキルを持ったワイバーンに、エナに施した竜人化。
それは生物学を研究し、スキルの研究をしていたリサの父親と研究結果について語ったこともあったであろうアイリーンにこそできることだ。
しかし、レナはアイリーンがローブだとは信じたくなかった。
ティナがレナを慕っているように、レナはアイリーンを慕っていた。
しかし、現実はレナの心に重くのしかかる。
ローブは、エナを誘拐し炎狼を使い、ティナを誘拐した。そればかりではなくエナを竜人化させ、望んでもいない姿に変えてしまった。
そして今回はティナにまで……。
そんなのはレナの知っているアイリーンではない。
あの慕っていた、アイリーンではなくなった。
「アイリーンさん……」
レナの声に涙が混じる。
「レナ、私はあなたは嫌いじゃないわ、私に協力してちょうだい」
「協力?」
「そう、一緒に父さんと母さんの仇を取るの、リサをこの世から葬り去るのよ」
アイリーンは、リサを父さんと母さんの仇だと言った。
違う、それは絶対に違う。
「違う……それは違う」
「何が違うのよ! あいつは! リサは! 父さんと母さんを殺したのよ!」
「違う! リサは! 力が暴走して」
「暴走? ただ甘えて制御しなかっただけだ! あんなに優しかった父さんと母さんをリサは殺した。私は孤児院で育った。ずっとなじめず私はいつも一人だった。勉強して城の研究施設に入って、みんなを見返してやろうって研究に明け暮れた。研究で成果を出せばみんな認めてくれると思っていた。だけど、私に向けられるのは妬みや嫉妬ばかり、でも、あの人達は、父さんと母さんは認めてくれた。私にそんな風に接してくれる人は今までいなかった。親がいない私をいつも気遣ってくれた。私に本当の親だと思って接してくれていいって言ってくれた。そして、誕生日を一緒に祝ってくれた。いつも一人だった私に……初めてだった。そんな人達を殺したリサを、私は許さない」
「……そんなこと望んでなんかいないわ、父さんと母さんがそんなこと望むはずなんてない! アイリーンさんもうやめてよ!」
レナはアイリーンに力いっぱいに訴えかけた。だが……。
「やはり決別と言ったところね」
届かなかった。レナの叫びはアイリーンには届かない。
「レナ、もし邪魔するなら、あなたから死んでもらう」
もう……レナの知っているアイリーンではない……レナが慕ったアイリーンは……。
「アイリーンさん、リサを殺すと言うなら、私はあなたを許すわけにはいかないわ」
レナはアイリーンを慕っていた。
本当の姉のように慕っていた。
なのに……。
リサに手を出すと言うなら……。
アイリーンは、ローブの懐から緑の液体の入った瓶をとりだした。そして瓶の中身を一気に飲み干すと、空き瓶を放り投げた。
「これはね、盗賊の娘に施してやったものを改良したものさ」
「盗賊の娘……まさか竜人化?」
盗賊の娘というのはエナのことだろう、そしてエナはアイリーンの実験で竜人にされ、今もその姿のままだ。
「さすがにこの姿では、部が悪いようだからね……くっ!」
竜人化が始まったのか、アイリーンは自分の体を抑え込むように小さく震えだした。
自分の姿を変えてまで……。そこまで……。
レナは竜人化したエナとの戦闘、そしてストーンドラゴンとの戦闘を思い出す。
エナとの一対一の戦闘なんて、そんなのごめんである。
アイリーンが竜人化した場合、手が付けられなくなる。
「悪いけど、そんなの待ってるほど、お人好しじゃないのよ」
レナは、いつものグラディウスより一回り小さい片手剣をスキルで作成して右手で持ち、一気にアイリーンとの距離を詰めた。しかし、もう一歩のところで、レナに向かって矢が降り注いだ。
「ちっ!」
レナは軽く舌打ちし、バックステップをして、矢をかわした。そしてスキルで自分の左右両側に壁を作成した。
降りそそぐ矢はその壁にはばまれ、レナに届くことはなかった。
矢が飛んできた方向を見ると隷属の首輪を着けた、警備隊が弓を構えていた。
「なるほど、計算済みってことね」
アイリーンの様子がみるみるうちに変わっていった。顔つきに変化はないが皮膚は青く変化し、ローブの袖から出ている手は鱗で覆われ始めた。そして何よりも体から発せられる魔力の量が格段に上がっていた。
「この魔力量……ちょっと予想外ね」
「ふふふ、あの盗賊の娘とは違う、魔力に特化させたものよ」
アイリーンは金属の球体を手に持った。そして魔力を一瞬で込め、レナに向かって緑の光線を放つ。
レナはとっさにスキルでミスリルの壁を作って防いだが、壁は瞬時に溶かされ、壁を貫通した。横に飛びなんとかかわすが、正直これほどの威力のものが瞬時に繰り出されると分が悪い。
レナは破壊された自分の左腕の義手を一瞥する。
アイリーンを止めるにはもうこれしかない。
レナは何かを覚悟ような表情を見せた。
レナは左腕の義手を右手で掴み、義手を取り外すと、深く深呼吸をした。
すると、レナの戦闘で枯渇していた魔力が回復していく。
「……いったい何をした」
アイリーンはレナの魔力が回復していくことに気が付いたようだ。
「義手を外しただけよ」
やがてレナの体から魔力が溢れるようにレナの体を包み込み、小さな雷のような光が体中を駆け巡った。
「やはり、リサの前にお前を始末する必要があるようだな!」
アイリーンは金属の球体に魔力を込めて、レナに向かって光線を放った。
レナは右手を軽くあげると、目の前に先ほどよりも分厚いアダマンタイトの壁が現れた。するとアイリーンの光線が壁にぶつかり、その壁を溶かし始める。
壁を半分ほど溶かされたところで、レナはさらにスキルを発動する。すると、先ほど作成した壁の前にアダマンタイトの壁が作成された。さらにレナは次々と壁の前へ前へと新しい壁を作成し、アイリーンと壁の距離を縮める。
「ちっ、何だってんだい!」
距離を詰められたアイリーンはたまらず壁との距離をとるように後ろに飛んだ……しかし。
「スタンプ」
レナは一言、つぶやくように言葉を発すると、壁から突き出るように直径一メートルほどの棒がアイリーンに向かっていった。
「がはっ!」
アイリーンはその棒に押しやられるように倉庫の壁を突き破り、外へと飛ばされた。
レナは地面に手を当て、魔力を集中する。するとアイリーンが飛ばされた方向に向かって道が作成された。
「身体が……」
レナは身体に走る痛みに耐え、その道を走りアイリーンを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます