第26話 生体兵器
ローブは仮面越しに、男とも女とも区別のつかない声でレナ達に声をかけた。
「腕を上げたようだな」
「色々あったからね、ティナを返しなさいよ!」
レナはそういうと矢が飛んできた方向に目を向けた。そこにはなんと、警備隊と思われる人物が十人ほど弓を構えていた。
レナの視線を追うようにアイリも視線を移した
「み、みんな! どうゆうことだ」
アイリは困惑した様子で声を上げた。
レナは警備隊の首につけられている金属の首輪に気がついた。
「アイリ! みんなの首を見て」
レナの声にアイリは警備隊の首に視線を集中させる。
「あ、あれは……まさか隷属の首輪か?」
アイリはエナにつけられた隷属の首輪を見ていない、今回初めて隷属の首輪を見たことになる。
「隷属の首輪の使用はこの国では禁止されているはず、貴様! どこでそれを手に入れた!」
隷属の首輪は奴隷の人権を無視していると、奴隷制度に反対派の現王妃が使用を禁止したのだ。
「ふふふ、いくら禁止しても持ち込んでくる輩はいくらでもいるってことさ」
ローブの人物は、さらっと答えた。
「さて、遊びはこれくらいにして、私が作った最高傑作を相手にしてもらおうか」
そういうとローブは懐から金属の球体を取り出すと魔力を込めだした。その球体からは甲高く頭の中に響くような音を少しの間発生させ、やがて止まった。
「今のはいったい……」
レナは辺りを見回すと、不気味な音が聞こえてきた。それは体がきしむような、そんな音だった。
レナはふと、天井を見上げた。そして目を見張った。
レナの瞳に移ったのは、人の大きさを僅かに超えるような大きさの蜘蛛だった。そして蜘蛛の顔の中心には、人が小さくうずくまれば入れるくらいの大きな宝石のようなものがはめ込まれていた。
その蜘蛛は一気に飛び上がると、ローブの横に着地した。
「紹介しよう、生体兵器、ティナだ」
「ティ……ティナ……だって?」
リサが驚愕した表情を浮かべながら言った。
「まさか……」
まさか本当にティナが……いや……蜘蛛の顔の中心の宝石からわずかにティナの魔力を感じる。
「さぁ、まずは姉を殺してもらおうか……いけ!」
ローブの合図にティナと呼ばれた蜘蛛は一気に飛び上がり、リサとの距離を詰める。
リサは困惑するも、蜘蛛の攻撃を横に飛んでかわした。
「ティナ! まさか本当に……」
蜘蛛はさらに飛び上がり壁から壁へ飛び回る。
「リサ! ここでは不利だ! とにかく外に出るぞ」
アイリは困惑するリサに一喝いれるように声をかけた。
「あ、あぁ」
その声を聞くと、リサはアイリについていくように倉庫を出た。
レナもリサ達の後を追おうとすると、緑の光線がレナの行く手を阻んだ。
「おっと、邪魔されては困るな、お前の相手は私だよ」
リサとアイリは倉庫から出ると振り返った。
「あの蜘蛛……本当に……」
「あぁ、だが、蜘蛛の宝石のような部分に僅かだが人影が見えた、おそらくあそこにティナが……何とか助け出せれば……」
アイリは倉庫の中で冷静に蜘蛛を見ていたようだ。
「ほ、ほんとか! でもどうやって……」
リサはそう言いかけると、蜘蛛が一直線にリサに向かってきた。蜘蛛はそのままリサに襲い掛かる。
リサは腰の刀を抜き、蜘蛛の一撃を刀で受け止める。しかし、蜘蛛の一撃が予想以上に重かったのか、受けきれずそのまま後ろに転倒してしまった。
「つっ、強い」
リサは思わず声を漏らすも、蜘蛛はさらに次の一撃をリサに繰り出した。
繰り出される蜘蛛の足は先が尖っており、刺されたら身体に風穴があくだろう。
しかし、リサの身体に風穴があくことはなかった。
鋭い金属音が鳴り響いた。
リサの前に立っていたのは、剣で蜘蛛の攻撃を受け止めるアイリの姿だった。
アイリは攻撃を受け止めると、すかさず蜘蛛に横一線の切り払いで反撃を入れた。しかし蜘蛛はぎりぎりのところでかわし、後ろに大きく飛び上がると距離をとった。
「アイリ、ありがと助かった」
「あぁ、だが素早すぎるな」
蜘蛛はさらに建物の壁から壁へ、屋根から屋根へと素早く飛び移っていた、こちらを威嚇しているようだ。
「あの蜘蛛のなかにはティナがいる、蜘蛛の動きを封じてティナをなんとか救出しないと」
アイリがそう言っているうちに蜘蛛がこちらに仕掛けてきた。
蜘蛛は大きく飛び上がると、リサ目掛けて急降下する。鋭く尖った足の先でリサを突き刺すつもりのようだ。
リサはその攻撃を飛んでかわし、すかさず反撃の構えをとる。しかし、蜘蛛も着地と同時にリサの方へ振り向き、鋭い足先をリサへ繰り出してくる。
リサは刀で受け流すも、リサの力では受けきることができず、体勢を崩して膝をついた。
「こっちだ!」
アイリは蜘蛛の注意を引きつけるようにわざと大きな声を上げ、蜘蛛に切りかかった。
蜘蛛はアイリの攻撃を足ではじくと前側の四本の足で一斉にアイリに攻撃を繰り出した。
「くそっ!」
アイリは最初の攻撃を剣で受けきった。しかし、後の攻撃は急所を外すのが精一杯だった。
蜘蛛の鋭くとがった足はアイリの腕、脇腹、足を捉えた。
アイリの身体に激痛が走る。
たまらずアイリは片膝をついた。そして蜘蛛はアイリの前に立ちはだかった。
それは獲物にとどめを刺すハンターの如く。
「アイリ!」
リサは叫んだ。リサはすでに眼帯を外し、左目が紫色に変化していた。しかし蜘蛛にはリサのスキルは通用しないようだ。
「ははは、こりゃ……ドジったか……」
蜘蛛がアイリに鋭い足の先を向けた。
蜘蛛は最後のとどめの瞬間を楽しむかのようにゆっくりと狙いをアイリに定める。
蜘蛛は狙いを定め終わると、一気にアイリの心臓めがけて足を突き出した。
アイリは思わず目をつぶった。しかし、一向に自分の身体を貫いてくる感覚がない。
目を開けるとそこには悶えるように苦しむ蜘蛛の姿があった。
何が起きたのかとアイリは困惑した。
次の瞬間、蜘蛛の目に矢が突き刺る。
アイリは矢が放たれた方向に視線を移した。
そこにはミスリル製の白いリカーブボウを持った銀髪の少女の姿があった。
「アズサ!」
リサの声にアズサは一瞥すると弓矢を構えながら「アイリをお願い」と言った。
アズサは蜘蛛をアイリから引き離すように一本、二本と矢を蜘蛛に向かって放つ。
蜘蛛はアイリから距離をとるように飛ぶようにして離れた。
その間にリサはアイリに肩を貸し蜘蛛とさらに距離をとる。
リサはアイリを安全な場所に避難させると、自分の刀を持ち、戦線に加わった。
「アズサ、助かった」
「うん、いつもの習慣で町を見てたら、リサ達が倉庫に入って行くのを見つけた。最初から声をかけてくれればよかったのに」
「ごめん、ティナのことで頭がいっぱいになっちゃってて」
「それでティナは? もしかしてあの蜘蛛の宝石の中?」
「分かるの?」
「うん、あの宝石は
「生きた人間……ティナがあの蜘蛛の中にいて、どうやって助けたらいいのか……」
「あの蜘蛛はティナの魔力を吸って原動力にしている、無理やりにでも引き離せばいい」
「……アズサ、なんで知ってるの?」
「本で読んだことがあるだけ」
「え……本?」
「でも他の方法は知らない、どうする? やる?」
「やるっきゃないけど、どうやって……」
「手はある、またあれをやればいい」
アズサはそういうと、鉄の矢じりでできた矢を手に取って弓を構えた。
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