第23話 超大型

 超大型魔物の調査に向かって三日目、レナ達は慎重に馬車を進めていた。


 アイリが単眼鏡で周辺を確認したりしていたが何も見つからないようだ。どこまで馬車でいけるか分からないが行けるところまで行こうということになった。


 いつ超大型の魔物が襲い掛かって来るか分からない。みんなすぐに戦闘に入れるようにしていた。とはいえ、先にこちらが魔物を見つけたいところである。先に見つけて討伐できそうもない魔物ならば引き返すつもりだからだ。


 騎士団長のライデンとはそういう取り決めだった。


「今のところ、それらしい魔物はいないな」


 アイリが単眼鏡を覗き込んでいる。


「相手よりこっちが先に見つけないと厄介なことになるわね」


 レナがそういうと隣に座っていたエナが膝の上で拳を握りしめた。


「エナちゃん大丈夫よ、もしもの時は守ってあげるわ」


「違うんです。わたしだって戦えます。もしもの時はわたしがレナさんを守ります」


「ありがとう、でも無茶はしちゃだめよ、それだけは約束してね」


「分かりました」


「そういえば、エナちゃんって冒険者のシルバーなんだっけ? その年で凄いじゃない」


「わたしはお兄ちゃんと一緒に行動してただけなので」


「エナちゃんのスキルってパワードよね?」


「はい、身体強化パワードです、この身体になってスキルを思いっきり使えるようになりました。前は身体がついてこなくて、使った後に体が痛くなってたんですが、この身体だと大丈夫みたいです。最初はこの身体が嫌で嫌で仕方がなかったんですが、この身体だからこそできることがあるなって思うようにしてます」


「いやぁ、すごい前向きで強いわね」


「いえ、レナさんがあの時、慰めてくれたからです。それで…その……」


「ん?」


「その左手って……」


「あぁ……これは……ちょっとね」


「で、ですよね……」


 まずいことを聞いたと思ったのか、エナは挙動不審になっていた。レナもこの左腕のことは人にあまり話さないので、とっさになんて言ったらいいか分からなかった


「エナちゃん、レナの左腕はレナの強力な魔力を封印するためのもの、うかつに触ったりすると危険」


 ふいにアズサが、助け舟……? を差し出してきた。


「え、そうなんですか!」


「そう、だからレナはあまり人には話したくない」


「じゃ、じゃぁ……」


 エナはささっとレナとの間隔を開けた。


「え、心配しなくても大丈夫よ! ちょっとアズサ! 変なことを言わないでよ」


「なんだ、嘘なんですね、よかった」


 エナはふっと胸を撫でおろした。


「でも、レナは人より魔力量が多いのは本当、魔力量を増やしたかったらレナに聞くといい」


「私は小さいころから、ポーション作ってたから、そのおかげかなぁ」


 レナは控えめにそう言った。レナはある日を境に魔力量が一気に跳ね上がったことがあったが、そのことは言わなかった。しかし、ポーションを小さいころから作っていたため、少しずつだが魔力が上がっていったのは事実だった。


「あの、どうしても気になることがあるんですが……」


 エナはレナの左手が気になるが、聞いていいのか分からないと言った感じで、視線が不自然に左手に向いていた。


「聞きたいことがあるなら言っていいのよ?」


 レナはそんなエナに優しく答えた。


「えっと、その左手ってどうやって動いているんですか?」


「あぁ、これね」


 レナは義手の指をまるで本物の指のように動かした。


「これは、魔力で動かしてるのよ、最初は大変だったけど、慣れちゃうと違和感なく動かせるわ、その分魔力の消費も激しいけどね……まぁそう言うことでいうと、魔力を封印してるって言い方も間違いじゃないかもね」


 それを聞いたアズサは、でしょ? っと無言で訴えてきた。


「じゃぁいつも魔力を消費してる感じなんですね……」


 レナはエナが急にスキルを使用したので驚いた。


「エ、エナちゃん? 何してるの?」


「わ、わたしもずっと魔力を使い続けていれば、レナさんのように魔力量が増えるかなって思って」


「い、いやぁどうかな、でもそのスキルをずっと使い続けるのはちょっと……」


 エナが身体強化をかけたまま間違って人にぶつかり、相手が吹っ飛ぶ場面が浮かんだ。または、物にぶつかってその物が破壊される場面等々……。


「やめておいたほうがいいですか?」


「うん……そうねぇ」


 エナはそれを聞くとスキルと解除した。


 そうこうしていると、後ろの荷台から話し声が聞こえてきた。


「超大型って、どんな魔物でもそこまで大きくなるの?」


 リサはオレンジを手に取り食べながらアイリに尋ねた。


「いや、超大型と言われるくらいまでに成長する種類は限られている。まぁ中には生まれた時から大きい種類もいるけどな」


 アイリは単眼鏡をのぞきながら答えた。


「ドラゴンとか?」


 リサの問いに今度はダンが答える。


「ドラゴンは特別だな、ドラゴンの幼生は片手で持てる程度の大きさしかないが、成長すると超大型と呼ばれるくらいまで成長する、そもそもドラゴンは生きている限り体が成長し続ける、昨日のドラゴンもあの大きさはまだ若いうちに入るだろうな」


「生きているうちは成長し続けるのかぁ」


「でもまぁ、ドラゴンは常に他のドラゴンと縄張り争いしているからな、超大型になるまで成長できるドラゴンもそうそういないな」


「んー、今回の超大型の魔物はなんなんだろうなぁ」


 リサは一口サイズになったオレンジを一気に口にほうりこんだ。


「さぁな、そこは先に見つけてくれることを祈るしかないさ」


 ダンはアイリの方に視線を移した。


 アイリは進行方向を単眼鏡で見ている。超大型魔物を発見したを言われる場所にはまだしばらくかかるようだが、用心するに越したことはない。気を抜いたところを襲われたらひとたまりもないからだ。


 さらにしばらく進んだ、超大型魔物を見つける前に山のふもとに着いてしまった。


 理想とするならば、山に近づく前に魔物の正体を確認し、戻りたいと思っていた。


 正体も確認しないで戻ったのでは何のためにここまで来たのか分からない、そして報酬ももらえないだろう。


 進んで行くと道はさらに荒れた。ここからは馬車では進めなくなっていたので、レナ達は警戒しながら馬車を置いて進むことにした。


 アイリは荷台から大きな荷物を取り出した。


「それは?」


 アズサがアイリに尋ねた。


「これはな、バリスタといわれる大弓の仕掛けだ、もし超大型と戦闘になったら威力を見せてやる、すまない誰かこっちの片方を持ってくれないか?」


 バリスタといわれた大弓は二つに分解されているようだ、エナがスキルを使えば余裕で持てるということなのでエナがその片方を持ってくれた。


 それぞれが自分の装備を確認した。戦闘はできれば避けたいが、戦闘になってしまったらやるしかない、みんなしっかりと準備をしていた。


 バリスタの矢と、大きくて作りが単純な部品はレナがスキルで作成することになっている。その分荷物が減るのだ。レナは我ながらこうゆうときはさすがに便利なスキルだよなと感じた。


 なんならバリスタ全て作成できるようにしてしまおうかとも思ったが、さすがに構造が複雑で作成できなかった。


 馬車を置いてすぐ山を登ることになった。持ち物は魔物の調査と戦闘が避けられない場合に備えての最低限だったが、道が険しく進むのが難航した。


 途中アイリが単眼鏡で周辺を確認したが、魔物の姿が見えない。もうどこかへ移動してしまったのかとも思った。


 山頂にまで登り、それでも発見できなかった場合は戻って報告しても大丈夫だろうかとレナは思ったが、アイリの様子を見るとどうやらそれでは任務が失敗となりそうだ。


さらに進むと頂上が見えてきた。頂上までたどり着いて辺りを見回すが、魔物の姿は見当たらなかった。


 一行は休憩をとることにし、馬車から持ってきたわずかな果物をみんなで分けて食べると、アイリは周辺を確認し始めた。


 やはりなんの成果もないとさすがにまずいようで何かしらの成果を探しているようだ。


「アズサ、何か見えないか?」


「この周辺には超大型と呼べるような魔物はいない、もう少し見てみる」


 周辺の調査にアズサも加わった。アズサの左目が紫色に変化し始めた。


 先ほどから妙な胸騒ぎのようなものを感じる。アイリとアズサは辺りを見張っていてくれるし大丈夫だろう。しかしレナは先ほどから辺りの空気を締め付けるような違和感を感じていた。


 周りには何もいない。しかし、みんな何かを感じているのか、そわそわしている。


 かすかな風がレナの頬をかすめる。風に運ばれてきたのは……魔物の匂い。


 そしてこの空気が張り詰めるような違和感。


 この感じは狙われている……?


「レナ! 後ろーーーー!!!!!」


 アズサが叫んだ。今までにないくらいの必死な形相で力いっぱい叫んだ。


 そんなアズサの様子を一瞬で察したレナは、相手を確認することなく、とにかく力いっぱい前に飛んだ。


 その刹那、レナの足先からわずか数センチ先を巨大な生き物のあごが通り過ぎ、噛み合わさった。


 転がるように着地し、相手の姿を確認した。


 ドラゴン。


 超大型のドラゴンだ。


 その姿は大木を優に超えるであろう巨体に、土色のゴツゴツした岩のような皮膚で覆われている。


 ストーンドラゴンだ。


 皮膚はその名の通り石のように固い。ドラゴンの中で最も高い強度を持つといわれている種類だ。


「ちっ、ストーンドラゴンだと、岩に擬態していたのか」


 アイリは舌打ちをしながら声を漏らした。


「超すっごい炎のパンチ!!!」


 ダンが間髪いれず、最大出力でスキルを発動した。炎はレナ達が今まで見たことのない位の激しいものだ。


 炎がドラゴンを包み込む。ダンは次々と炎を浴びせ続けた。さすがはゴールドランクかと言わんばかりに豊富な魔力だ。


 ダンの炎が止まった。さすがにあの炎だ、たとえドラゴンといえ、無事では済まない。


「ちょっと、そんなに燃やしたらドラゴンから素材が取れなくなるじゃないのよ!」


 レナは冗談交じりに言った。しかし……。


「いっそ、そのほうがマシかもしれんぞ」


 ダンはドラゴンに視線を移した。ドラゴンは炎に包まれているが、動かずじっとしている。


 レナもダンに抗議をしたものの、このまま決着がついてもいいと思っていた。


 やがて炎がおさまるとレナ達はドラゴンを距離をとって確認した。近づいて急に襲われてはたまったものではない。


 アズサは矢をドラゴンに向けて放った。ドラゴンの皮膚はやはり硬く、矢は皮膚に突き刺さることなく弾かれた。


 このドラゴンの皮膚に痛覚があるのか分からないが、炎が効いたのかさえこの状況ではわからない。


 近づいてみるかと、アイリと視線が合った時、ドラゴンはゆったりと動き出した。


 それは、お前らの攻撃はそれで終わりか?


 あえてお前らの攻撃を受けてやったのにその程度か?


 ドラゴンは王者の風格さえ感じられるものだった。


 レナ達は一旦距離をとった。どうする……?


 レナはドラゴンを倒す方法を模索する。あの炎が全然効かないようでは生半可なことでは小さなダメージすら与えられないだろう。


 そうこう考えているうちに、ドラゴンが突進してきた。それに反応したのがエナだった。


 エナは担いでいた荷物を置くと、ドラゴンと対峙した。


「パワード!」


 エナはスキルを使って、ドラゴンの下に回り込む、ドラゴンの足に一撃浴びせた。


 ストーンドラゴンは最強の硬度を誇る、しかしスピードはそうでもない。


 エナのスピードを以てすれば、ドラゴンを翻弄することもできるだろう。しかし、エナの一撃はドラゴンには効いていないようだった。それどころかエナは一撃を与えた自分の拳が痛むのか気にしていた。


「エナ! 離脱しろ!」


 エナがドラゴンから距離をとるのを確認すると、ダンは再度、炎をドラゴンに浴びせる。


 ドラゴンはその炎を気にすることなく、ダンに向かって背を向けた。そして遅れるようにドラゴンのしっぽが鞭のようにしなり、ダンに襲い掛かる。


 ストーンドラゴンのしっぽはその体と同じく岩のような皮膚に覆われている。しかもこのドラゴンは超大型である。しっぽだけでもかなりの質量だ。そんなものが真っ先にダンに向かってきている。通常なら即死、即死とまでいかなくても骨はぼろぼろに砕けてしまうだろうことが容易に想像できる。


「マテリアルクリエイト!」


 レナはとっさに叫んだ。


 ダンとドラゴンのしっぽの間に五本の太い棒が地面から突き出た。ドラゴンのしっぽは五本の棒に勢いよくぶつかる。五本の棒はドラゴンのしっぽの一撃に耐えることはできずに折れ曲がり、しっぽはそのままダンに向かっていった。


 ダンはドラゴンのしっぽを避けることは不可能と判断したようだ。力いっぱいにしっぽが向かってくる方向とは逆方向に飛んだ。しっぽがぶつかるタイミングを図り、しっぽに足を着きそのまま勢いを殺した。そしてしっぽを踏み台にして真上に飛んだ。ドラゴンのしっぽは空を切った。


「やるじゃない!」


 それを見ていたレナは声をあげた。


「お前のおかげだ、そのままの勢いだったらやばかった」


 ダンの言葉は謙遜でもなんでもなく、実際レナの作成した棒でドラゴンのしっぽの威力が大幅に下がったのは事実だろう。


「しかし、五本のアダマンタイト製の棒をへし折るとはね」


 レナはつぶやきながら、ストーンドラゴンを倒す方法を試案する。


「リサ、お前のスキルであのドラゴンをどうにかできないのか?」


 アイリはとっさにリサに尋ねた。


「だめだ、さっきからやっているのに、僕のスキルが届かないんだ、多分あの岩のような皮膚のせいだ」


 ドラゴンを見るリサは、左目の眼帯をすでに外していて、瞳は紫色に変化していた。


 リサのスキルに頼っていたわけではないが、切り札となる手段が封じられた気分だ。


 リサのスキルは人間が相手だと、簡単に命を奪えてしまう。しかし、魔物相手だと魔物の体の仕組みや構造に左右されてしまう。


 昨日のドラゴンにはスキルを使う前に吹き飛ばされてしまったので試してないようだが、ドラゴン全般に効かないとかそういうものでもないようだ。


「お兄ちゃん、わたしなら! わたしが足止めするわ、援護お願い」


 エナは竜人化によって得た身体能力とさらに強化が可能なスキルを持つ自分が適任と感じたようだ。


「……わかった、無理はするな」


 ダンは苦渋の選択と言った感じで承諾すると、レナに声をかける。


「俺たちが気を引いているうちに何か策を見つけてくれ」


 エナはスキルを使うと、ドラゴンの足止めに向かって行った。


 ダンは中距離からの炎によるサポートに入ったようだ。


 何か策といわれても正直困る。相手は生半可な攻撃は一切通じない。


 アダマンタイトの五本の棒をへし折る強度だ。


 昨日のドラゴンのように壁で囲んで『針のむしろ』を使う方法。いや、あの超大型の巨体を処理するにはさすがに魔力が足りない。マジックポーションはいくつか持ってきているが、それはあくまで回復である、最大魔力はどうにもならない。それにあの硬い体を貫けるかどうか……。


 ダンとエナに視線を移すと、エナはスキルを使用しながら、うまくドラゴンを翻弄できている。さすがのドラゴンもエナのスピードにはついていけないようだ。


 エナはドラゴンの突進をぎりぎりでかわすと、今度は大きく距離とって、次の突進に備える。そしてスキを見計らってダンの炎で攻撃をする。しかし、その炎では致命傷与えることができないようだ。そのうち二人の魔力も尽きてしまう。その前になんとかしないとならない。


「エナちゃん、そのままドラゴンの攻撃をかわすことに専念して!」


「は、はい!」


 レナは何かを思いつくとエナに指示をだした。


 エナはドラゴンと距離をとる。再度ドラゴンは突進をエナに仕掛け距離を縮めた。


「マテリアルクリエイト!」


 レナが叫ぶと、エナとドラゴンの間に『拒馬』が出現した。十本もの巨大なアダマンタイト製の棒がドラゴンの方へ向けられ、その先はとがっていた。その棒を固定するように、同じく巨大なアダマンタイト製の棒が地面から突き出ていた。その『拒馬』はドラゴンの大きさに合わせて作成されていた。


 『拒馬』は馬の侵入を防ぐために設置され、馬がそれに体当たりすると尖っている棒が刺さり、馬が自滅していくように作られたものだ。


 スピードに乗ったドラゴンは『拒馬』を避けることができずに、そのまま突撃した。


 突撃したドラゴンを見ると狙ったとおり、アダマンタイト製の棒が突き刺さっていたが、残念ながら致命傷には至ってはいなかったようだ。


 この拒馬は巨大なため、魔力を大量に消費する。何回も作成できるものではない。


 ダメか……。さすがはドラゴンね……。


 レナは何かを決心したように、右手で左腕の義手を掴んだ。しかし、その時声が聞こえた。


「レナ! これだ!」


 アイリはそう言いながら、馬車から持ってきたバリスタを組み始めていた。それは土台と複雑な機構の部分のみだった。


 複雑な機構の部分はレナは作成できないが、大きなパーツの部分は作成できる。


「レナ、計画してた部分のパーツを作成してくれ」


「わかったわ!」


 レナはもしもの場合に備えて、アイリとバリスタのことについて話し合っていた。そしてその時につくるパーツの形状を決めていた。


 アイリ曰く、レナのスキルがあればこのバリスタという巨大な弓の仕掛けも最低限のパーツで済むということだった。


 レナとアイリ、リサとアズサも加わって、バリスタを組み上げていった。


 バリスタを組み終わると、レナは改めてバリスタ全体を見直した。弓の部分の全長が約五メートルはあるだろう巨大なバリスタは、計画通りストーンドラゴンの身体を打ち抜くことができるかもしれない。


「よし! これならあのドラゴンも倒せるはずだ」


 アイリがバリスタの最終チェックをしながら言った。


「矢はどうするんだ?」


「私がつくるわ」


「レナ、魔力はまだいけそう?」


「マジックポーションを持ってきているから大丈夫よ」


 レナはマジックポーション一本を一気に飲み干した。


「アイリ、矢のことなんだけど」


「なんだ?」


「リサにも聞いてほしいの」


「ん? 僕にも?」


「時間がないから急いで説明するわ」


 レナはダンとエナの様子を気にしながらリサとアイリに説明をした。


 エナの動きが明らかに鈍くなっていた。魔力と体力の限界が近い。ダンの炎も最初よりもだいぶ弱くなってきている。少しの時間も無駄にできない。


 レナは説明を終えると、矢の作成の準備にとりかかった。


 アイリ達はバリスタの弦をセットしようとしている。


「くそっ、きつい!」


 アイリ、リサ、アズサの三人で力いっぱいに弦を引いているが、巨大なバリスタだけあってなかなかうまくいかないようだ。


「あたしは! みんなのようなスキルは持ってはないけどな! 力なら負けないんだよ! うぉぉぉぉぉ!!!」


 アイリが渾身の力を込めて弦を引くと、それにつられるようにリサとアズサも力を込めた、すると弓はギィと音を立てた。三人はそのまま力を込めて弦を引きトリガーへセットした。


「材質は鉄! 形状は矢! マテリアルクリエイト!」


 レナは矢を作成するとさらに声を上げた。


「コーティング、アダマンタイト」


 すると鉄でできた矢をアダマンタイトが覆い始める。


「できたわ、お願い!」


「よし!」


 アイリを中心に四人はレナが作成した矢をバリスタにセットする。


「狙いはワタシが」


 アズサの指示でアイリがバリスタの方向を調整する。アズサは左目が紫色に変化している。数秒先を予知して、ドラゴンに命中する方向とタイミングを見計らっているのだろう。


「リサ、準備はいい?」


「あぁ、いつでも来い!」


 リサはそう言うと左目の眼帯を外した。その目は既に紫色に変化している。


 そして魔力を高め始めた。


「狙いは……そこでいい、発射する準備を」


 バリスタの矢を放つ方向は決まったようだ。アイリは引き金に手をかけ、アズサの合図を待った。


 ダンとエナは炎とスピードでドラゴンをうまく翻弄しているようだ。しかしすでにエナは疲労しており、いつドラゴンに捉えられてもおかしくない。


 エナはドラゴンの突進を横に飛んでかわすと、立ち上がる瞬間、足がもつれ転倒してしまった。


 ドラゴンは突進したあとそのまま旋回し、その巨体をエナの方へ向け、転倒したエナに向かって一直線に突進してきた。


「エナー!!!」


 ダンが思わず声を上げる。


「アイリ! 撃って!」


 アズサの合図にアイリは一気に引き金を引いた。


 ドラゴンはエナに向かっている。


 エナに激突すると思われた時、大きく横に転倒した。バリスタから放たれた矢がドラゴンの首に横から突き刺さったのだ。


「エナちゃん、ダン! 伏せて!」


 ダンとエナは突然のレナの声に戸惑いながらもその場に伏せた。


「アダマンタイト解除、リサ! 今よ」


 レナがリサに合図を出すと同時にリサが叫んだ。


「アイアンバーストーーー!!!!!」


 リサは全魔力を込めたようだ。


 ドラゴンに突き刺さった矢が爆弾のように爆発した。爆発は激しく、山脈全体に爆音が響き渡る。


 レナ達のところまで衝撃が届いた。その衝撃でアズサが転倒し、アイリはバリスタに掴まり、手を離せない程であった。


 爆発の衝撃が収まると、レナは地面に伏せたままドラゴンを遠目から確認した。ドラゴンはピクリとも動かない。そして、リサ、アイリ、アズサの無事を確認すると、エナの所へ向かった。


「エナちゃん大丈夫?」


「は、はい、なんとか」


 エナはよろよろと立ち上がると服についた砂を払った。


「すごい爆発だったな、あいつのスキルか? ……ペッ!」


 ダンは口に入った砂をつばと一緒に吐き出し、リサに視線を移した。


 リサは今の一撃に全魔力を込めたようで、アズサに肩を貸してもらって、よろよろと起き上がっていた。


「ええ、リサのスキルは鉄を起爆剤として爆発を起こすことができるの、とても少ない量の鉄でも魔力次第で……ドラゴンは……?」


 レナはドラゴンの近くに恐る恐る近づいた。アイリも近づいてドラゴンを念入りに調べ始めた。もし、生きていてこんな近くで暴れたりされたらさすがにひとたまりもない。一通りドラゴンを確認したアイリはふぅっと一息ついた。


「これはどうやらうまくいったみたいだな」


「あぁ、死んでいるな、討伐成功だ」


 ダンとアイリの言葉を聞き、ドラゴンを確認すると、爆発の勢いで首が半分ほどえぐれていた。これが致命傷となったようだ。


「よ、よかったぁ」


 アイリの言葉を聞いてエナは、疲労の限界だったのか、その場に座り込んだ。


「お疲れ様、エナちゃんがいなかったら、このドラゴンは倒せなかったわね」


「そうだな、エナちゃんが引き付けてくれたからあたし達はバリスタの準備ができたんだ」


 レナとアイリはエナをほめると「そんな……」と、エナは恥ずかしそうに頬を赤くし両手で顔を隠した。


「痛っ!」


 エナは先ほどストーンドラゴンに一撃を入れた拳を抑えた。


「大丈夫?」


「は、はい……手が痛んで」


「ちょっと見せて……」


 エナの手は大きく腫れあがっていた。骨も折れているかもしれない。


「救急道具をとってくる、レナは解体屋に早く知らせてやれ」


「わかった、アイリお願い」


 レナはダンに発煙弾に火をつけてもらい、空に打ち上げた。


 アイリに手当をしてもらっているエナを見ると、どことなく残念そうな顔をしていた。


「終わったな」


 ダンは感慨深そうに空を眺めていた。


「えぇ」


 レナが空を見上げると、空には青い煙が広がっていた。


「夕方前にはここに解体屋が着くはずよ、今日はここで野営して、明日帰りましょう」


「今日は少し羽目を外してもいいだろう、なんせ超大型ドラゴンを討伐したんだからな、国からの報酬もかなり入るはずさ」


 レナはそれを聞くと、嬉しさよりも、誰も犠牲にならなかったことに安堵した。


 よかった、本当に、また明日からみんなで笑っていられる。


 リサとティナの件もあるが、今はこの達成感と安堵感に浸っていてもいいだろう。



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