第22話 遠征(2)
次の日、レナは馬車に揺られながら、御者席でエナとリンゴを食べていた。
リンゴの甘さとすっきりする酸味が朝食の後のデザートにぴったりだ。
朝食は昨日アイリが作ってくれたスープの残り、そして燻製肉にパンだった。
今日も一日中馬車を走らせるわけだが、ずっとは座ってられないと、ダンとリサが馬車と並走したが、無理があったようで早々にあきらめていた。
正午近くなると川の近くで馬車を停めた。さすがにずっと御者席で座っていたので、レナも体を伸ばしたり、川の水で顔を洗ったりして休んでいた。
「レナさん水です、どうぞ」
「エナちゃんありがと」
もらった水を一口飲み、一息ついた。
「あの、わたし、迷惑じゃないですか?」
「ん? 何が?」
「ずっと、レナさんの横についてまわっているので、嫌じゃなかったかなって」
「大丈夫よ、逆に私なんかの隣にいて、つまんなくないかなって、リサやアズサと一緒にいたほうが楽しんじゃないかなって思うよ」
「そ、そんなことないですよ! ティナちゃんのお姉さんですよね?」
「んー、まぁそうね」
「ティナちゃん、学校の発表でお姉さんのこと尊敬してるって言ってました」
「え! 学校一緒だったの?」
「はい、でも直接はあまり話したことなくて、ティナちゃんは可愛くて成績も良くてみんなの憧れみたいな感じで、そんなティナちゃんが尊敬してるお姉さんってどんな人かなって思ってて」
「いやぁハードル高いなぁ、なんかこんなんでごめんね」
「い、いえ! 全然そんなこと、すごくきれいですごい優しくて、お……お母さんみたいだって思いました。ティナちゃんがうらやましいなって思ってます」
「いやぁ、お母さんってまだ十七なんだけどな」
「あ、そ、その、そういうつもりじゃなくて……」
「そんなこという子はこうだよ!」
レナは川にひざまで入ると、少し水をすくい、エナに向かって水をかけた。
「きゃ!」
「あはは! エナちゃん、これから悩み事とかいっぱい出てくると思うから、困ったら私に相談しなさい、炎狼の連中は男ばかりで何かと困ることもあるでしょ、母親にはなれないけど、いつでも相談しに来ていいわよ、夕食もたまに食べに来るといいわ、ティナもいるしね」
「いいんですか?」
「もちろんよ! それ!」
レナはさきほどより多めの水をすくい、エナに向かってばら撒いた。
「もう、やりましたね!」
エナはお返しとばかりにひざ下まで川に入り、多めに水をすくいレナに向かってかけた。
「お、なんか楽しそうだな」
リサはそういいながら川にとびこみ、二人に向かって水しぶきを上げた。
「ちょ、リサ、水多すぎ!」
レナはそういうと、リサの方を見るが、リサはもぐって川の中を見ているようだった。
「リサ?」
リサは少し潜ったあと、水面から顔を出すと。
「レナ! 川の中に魚がいっぱいいるぞ! とって昼食にしよう!」
「昼食か、そうしましょうか!」
レナがそういうと、川の中を岩の上から覗いていたアズサが立ち上がった。
「川の中にいる魚はアユ、とるのはワタシに任せて、レナ、スキルで矢を作ってほしい、先がとがった棒でいい」
「わかったわ!」
そういうとレナはアズサがいった通りの先のとがった棒を次々と作成した。
「これで……」
アズサはレナがつくった棒を弓にかけると、川に向かって放った。すると、水面を泳いでいたアユの頭に突き刺さる。
「一匹目……」
「アズサすご!」
リサの声にアズサは得意気な顔をして「ふふーん」と棒をくるくると回していた。
アズサが魚を獲ってくれている間に、レナたちは火を起こし、調理の準備をする。
準備といっても、焚火で魚を丸焼きにするのでやることはほとんど無い。
「パイロマンサーがいると火起こしが楽よね」
レナがダンに向かって言った。
「まぁ、お前に向かって言うのもなんだが、スキルは使いようってな」
「せっかくだし、スープも作ろう、ダン、こっちにも火をくれ」
アイリが魚だけでは味気ないと言って、スープを作ってくれるようだ。
「あぁ……炎の……パンチ」
ダンはつぶやくようにゆっくりと右腕を前に突き出す。
「なんで、かけ声も動きもゆっくりなんだ?」
そんなダンにリサは疑問を投げた。
「俺のスキルはこんなチマチマした使い方は向いてないんだよ、集中がいるんだ、点より面で考える使い方が向いてるんだよ」
「町中では気を付けてくれよ」
アイリは何やら釘を刺すような言い方をした。
「お、おう……」
アユが食べごろになってきた。
焚火で炙られたアユから脂が滴り落ち、それが炭化した木に落ちるたびにジュっと音を立て、何とも香ばしい香りが広がる。
レナ達は早速、焼きあがったアユを食べ始めた。
「アユは内臓も食べられる、おいしい」
アズサは幸せそうな顔をして食べていた。
「レナ、お酒くれよ」
「昼間からだめよ」
リサはアユを食べていたらお酒を飲みたくなったようだ。
「ちぇ……」
リサのお酒好きは相変わらずだが、お酒がないと暴力的になったり落ち着きが無くなったりする人がいるようだ。
ほどほどに制御してやらないといけないかもしれない。
レナ達が昼食を楽しんでいると、遠くから魔物の鳴き声がした。
その鳴き声は少なくとも小さな生き物の鳴き声ではない、遠くから聞こえるが、かなり獰猛な生物の鳴き声のように聞こえる。
「これは、ドラゴンだな」
アイリが鳴き声の方向に視線を向けた。
ドラゴンは竜種の上位種である。ドラゴンにも様々な種類がいるが総じて戦闘力が高く凶暴だ。ドラゴンに見つかったら真っ先に向かってくるだろう。
「アズサ、こっちに来そう?」
レナは緊張した声でアズサに呼びかけた。アズサはレナに声をかけられるまでもなく、スキルで辺りをうかがっていた。その瞳は紫色に変化していた。
「来るかも、グリーンドラゴン、大きさは中型……こっちに向かって来てる」
「中型か、やってやれなくはないわね、だけど……問題は馬車ね」
レナは辺りを見渡すと困ったことに、馬車や馬を隠せるようなところはなかった。人間なら木の陰に隠れれば何とかなるが、馬車と馬はどうにもならない。こんなところで馬車と馬をドラゴンに壊されたらたまったものではない。
それにここは普段はドラゴンなんて出没するようなところではない。出るとしたらせいぜい熊ぐらいだ、熊ぐらいならなんとかなる、なんならダンに炎でも一発出してもらえば簡単に追い払える。そのため必要以上に警戒はしてなかった。
「馬車を私達の後ろに移動させましょ」
馬車が走れる道をはさんで、片方は河原、もう片方は森が広がっている。レナ達は森の方に馬車を移動させた。ぎりぎり木の陰になるところがあったので、馬車と馬をそこへ移動させたが、気休め程度にしか隠せない。
「陣形は昨日、話したとおりでいいか?」
アイリがみんなに確認をとるとそれぞれがうなずく。
陣形は前衛にレナ、リサ、エナ、後衛にアズサ、アイリ、ダンである。レナはエナを戦わせることに反対だったが、エナは自分から戦うと申し出た。アイリは後衛だがバランスを見ての配置だった。警備隊としていつも訓練をしているため、一通りの武器は扱える。前衛でも後衛でも状況によって変わることができるようだ。
「もう少しで来る……」
アズサの声に反応してそれぞれが構えをとった。レナもスキルでグラディウスを作成して先頭の準備に入った。
緑の巨体が見えてきた。グリーンドラゴンだ。グリーンドラゴンは一般的なドラゴンの姿形をしている。しかし特徴としてその巨体に合わない敏捷性をもっている。
グリーンドラゴンが、出会いがしらそのままこちらへ向けて突っ込んできた。
レナ達前衛はなんとかかわした。レナはかわしてすぐ、グラディウスでドラゴンの足を横一線に切り付けた。しかし体勢が中途半端だったせいか、傷が浅く手ごたえがない。
ドラゴンはそのまま突進を続けた。
「炎のパンチ!」
ダンがドラゴンの正面から炎を浴びせる。ドラゴンはその炎に驚いたのか、急停止をした。
「僕が行く!」
そのスキを見てリサが刀でレナが切り付けた反対の足を切り裂いた。
「よし、入った!」
手ごたえがあったようだ。リサはその後二回ほど切り付け、後方に距離をとった。しかし、ドラゴンのしっぽがリサを襲った。リサは避けきれず吹き飛ばされるように森の中に転がっていった。
「リサ!」
レナは思わず叫んだ。
「いってー……」
リサはよろよろと起き上がった。致命傷は避けれたようだ。いくら中型といってもドラゴンだ、攻撃をまともに食らい、場所が悪ければ即死もあり得る。
アズサとアイリは矢を構え、ドラゴンに狙いを定めていた。ドラゴンはそれに気が付いたのか、二人に向かって雄たけびを上げた。
「お、おお!」
突然のドラゴンの雄たけびにアイリは思わず身を震わせた。
アズサも左目が紫色に変化しており、予知はしていたようだ。しかし実際に肌で感じるものは段違いだったようで、そのあとに放った矢はドラゴンをとらえることはできなかった。
ドラゴンはさらに突進を始めた。向かっている方向の先には馬車。
「まずいわ!」
今ここで馬車を壊されるわけにはいかない。だがドラゴンは馬車に一直線に向かって行っている。グリーンドラゴンは敏捷性に優れたドラゴン。追いつくのは至難の業だ。
ドラゴンが馬車に突撃しようとした時。
「パワード!」
少女の叫び声とともにドラゴンの巨体が真横に吹き飛んだ。
声の主はエナだった。グリーンドラゴン以上のスピードで移動して、一撃を与えたのだ。
それを見たレナは倉庫での一件を思い出した。あの時のとんでもないスピード。そう、隷属の首輪には身体を強化する効果なんてない。あのスピードはエナ自身のスピードだ。竜人化という代償の結果かもしれないが……。
「エナ! 大丈夫か!」
ダンが声を上げた。その声を聞くとエナは一瞥し軽く微笑んだ。
「今のうち! 一気に決めるわ!」
ドラゴンが不意の強力な一撃に戸惑っている。
レナは魔力を高めた。
「材質はミスリル……形状はボックス……マテリアルクリエイト!」
ドラゴンの四方にミスリルの壁が現れ、ドラゴンの動きを封じ込める。
ドラゴンは突如現れた自分を囲む壁に怯んでいるようだ。
「必殺! 針のむしろ!」
レナが声をあげるとドラゴンが壁の中で悲鳴をあげた。そしてその声が収まるのを待ち、魔力を解除する。ドラゴンを囲んでいた壁が消えていった。
ドラゴンは一気に力が抜けたようにドサッと地面に倒れこんだ。レナはドラゴンを確認するとみんなに合図をだした。
「エナ! 無事か?」
ダンが真っ先にエナに駆け寄った。
「うん、大丈夫」
「そうか、よかった」
レナはリサが飛んで行った方向に視線を移すと、アズサに肩を借りリサがゆっくりと歩いていた。
「リサ、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫さ、ちょっとドジったな」
リサは苦笑いを浮かべた。致命傷もなさそうで、骨も折れているような感じではなかったので安心した。
「このドラゴン、どうする?」
アイリがドラゴンを眺めながら言った。
ドラゴンの死体をこのまま放置したら、いずれは肉食の魔物が死肉をあさりに来るか、腐敗して草木の肥料となるだろう。しかし、ドラゴンの骨や材料は高値で取引される。
このままここに放っておくのはもったいないだろうとアイリは思ったようだ。
もちろんこうゆう時のことは想定済だ。
「もう手は打ってあるわ」
レナは馬車の荷台から筒状の物体に導火線がついているものを取り出し、地面に立てた。
「ダン、これに火をつけて」
「また、こんな制御が難しいものを……」
ダンはそんなことを言いながらも集中し始め、「炎のパンチ」と小さな声を出した。そして小さな炎が筒状のものに向かっていき、導火線に火がついた。そのまま導火線の火は燃えていき、やがて筒状のものから大きな音を立てて何かが空へ飛んで行った。そのあとを赤い煙が発生し、空中で大きな音を上げた。
「これは?」
アイリは上空を見ながらレナに尋ねる。
「解体屋が後から追ってくるのよ、超大型の魔物のことを話したら、行くって聞かなくてね」
解体屋にとって超大型の魔物を解体するとなったら一大事業だ。
レナ達が帰ってきてから行ったのでは、腐敗が始まるか、ほかの魔物に食われちまうと解体屋が言ったのだった。
そこで解体屋達はレナ達より少し遅れて出発し、できるだけ早めに解体に入ろうという計画だった。
また、途中で魔物を討伐したら煙弾を上げてくれれば回収してくれる手筈になっていた。
「途中で倒した魔物も回収してくれることになったのよ」
「そうか、それはありがたいな」
アイリは空の煙を見ながら言った。
「レナ、アイリ、そろそろ出発しよう」
アズサ達が馬車を道に出して出発する準備を始めていた。
「そうだな」
レナとアイリは馬車に乗り込み、馬車を走らせた。
夕日が沈むと、レナ達は野営の準備に取り掛かった。昼間のドラゴンの一件からは順調に馬車を走らせた。リサの怪我の手当ても馬車で済ませ、身体には異常はないようだ。
夕食は燻製肉と果物とパン、そしてアイリ特製スープと少しばかりのお酒。食料はたくさん持ってきたし、無くなったらまた現地調達すればいいだろうと、みんな遠慮なしにたくさん食べた。
夕食を済ませると、それぞれ就寝まで思い思いに過ごした。レナはリサの身体が気になり、リサを探した。
リサを見つけると、リサは左目の眼帯を外してアズサと弓矢を使って何か実験をしているようだ。
「リサ?」
「あぁ、レナこれ見てて、アズサお願い」
アズサは弓を引き、リサに向かって矢を放った。
「え! ちょっ!」
思わず声を出してしまったが、リサに向かって放たれた矢はリサに突き刺さることはなかった。
リサに向かっていった矢は矢じりの部分がリサの数歩手前で火花を散らして弾けた。
「これって?」
リサは作り笑いを浮かべた。
「僕のスキルは人に向ければ簡単に命を奪ってしまう。でも、使い方次第では人を守ることができるんだ。これも見て」
そういうとリサは金属でできた壊れかけの首輪をレナにみせた。
「これって、エナちゃんにつけられてた隷属の首輪?」
「うん」
リサは隷属の首輪を上に向かって投げた。そして左目が紫色に輝き始める。すると隷属の首輪からわずかに火花が出たかと思うと、隷属の首輪がきれいに割れた。
「どうかな? これなら、この首輪をされた人がいたら、僕が助けてあげることができるかもしれない、僕は父さんと母さんを殺してしまった。ティナには本当に悲しい思いをさせてしまったし、父さんと母さんを本当の親のように慕ってくれてたレナやアイリーンさんにも悲しい思いをさせてしまった。僕はこのスキルから逃げるんじゃなくて、このスキルでみんなを守りたい」
リサは先ほどの作り笑いをやめ、強い意志が感じられる真剣な顔になった。
「リサ……あなたなら、できるわよ」
「ふぇぇぇ、リサーーーー!!」
アズサが大泣きしてリサに抱きついた。
「もうアズサって本当は泣き虫なんだな」
「ふふふ、そうね」
アズサの声が聞こえたのか、アイリやダン、エナまでこちらへやってきた。
どうした、と聞かれたのでなんでもないと答えた。ダンとエナはそうか、と言って戻って行ったようだが、アイリはあたし抜きで何やってたんだ? とちょっと羨ましそうにしていた。
夜が更けていき、レナ達は就寝することにした。
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