第21話 遠征(1)

 出発の日、家を出ようしたレナはティナに呼び止められた。


「本当に気を付けてくださいね、危なくなったら無理しないで」


「分かってるわ、ティナこそ、仕事はほどほどにね、じゃ行ってくるわ」


 レナが向かった先はメインストリートから外れた通りにある、なじみの肉屋と果物屋だった。


「おじちゃんおばちゃん、おはようー!」


「おうレナちゃん、頼まれてたもの、今積み終わったとこだよ」


 果物屋の店主が向けた視線の先には、大型の馬車に積まれたたくさんの食料があった。


「レナちゃん、話は聞いたけど、本当に気を付けてね」


「おばちゃん、大丈夫だよそんなに心配しなくて」


 果物屋の店主達と話をしていると、今度は肉屋の女店主が最後の荷物を運び終えて声をかけてきた。


「本当に危なくなったら無理するんじゃないよ」


「もう肉屋のおばちゃんまで」


「ちゃんとサービスしといたからね」


「ありがと、じゃ行ってくるね」


 レナは馬車に乗り馬を走らせると「レナちゃん、忘れ物だ」と果物屋の店主は真っ赤なリンゴをレナに向かって放り投げた。


「おじちゃん、ありがとう」とレナはコインを一枚店主に投げ返す。


「だから! それは行儀が悪いっていってるだろ!」と果物屋の店主の奥さんは声をあげた。


「おばちゃん、ごめーん!」


 いつもの調子で店主たちに別れを告げると、レナが乗る馬車は町の出口へと向かっていった。




 町の出口に着くと、みんなはもうすでに到着していた。


「おはよう、みんなもう着いていたのね」


「僕たちも今来たとこだよ」


「リサ、その装備」


「ん? あぁやっぱ今回の敵は手ごわそうだからな、アズサにお金貸してもらって揃えたんだ、どうかな? 武器だって新調したんだ」


 リサの姿は貿易商が、東洋の製品と言い仕入れてくる東洋の神に仕える巫女という者達が着ている巫女装束と呼ばれるものだった。


 防御力を不安に思ったレナは聞いてみたが、どうやら特別製のようだ。


 レナとアズサの装備と同じ素材でできており、見た目より防御力に優れている一品らしい。その上、巫女装束の中には薄手のくさりかたびらを着こんでいた。


 そして履いているのは革製のブーツ。なんだがチグハグな感じだが、リサが言うには草履というものがあったが動きにくいとのことだった。


 さらに腰には、刀と呼ばれる武器を下げている。


「うん、まぁいいんじゃないかしら!」


 なぜ、よりにもよってその恰好? と聞きたくなった。しかし、防御力が高いのならばあえて言うことはない、リサのセンスの問題だ。


「ちなみに選んだのはワタシ……センス抜群」


 お前か……。


 アズサはピースと何かをアピールしている。


「う、うんさすがね、アズサ」


 レナはアズサのアピールに冷や汗をたらした。視線を感じてその方向を見ると、一人の少女がこちらをジッと見ていた。


「あ、あの……」


 ダンの妹のエナだ、エナはモジモジしながら何かを伝えたそうな顔をしている。


「エナちゃん、どうしたの?」


 エナはレナの声にビクっと肩を揺らした。


「こ、この前は、怒鳴ったりしてごめんなさい、レナさんのことを知りもしないのに」


「この前……? あぁ、アジトでのことね、気にしてないわ、それよりも何か困った事があったら私に言いさないよ、ダンなんて当てにできないんだから!」


 エナはクスっと笑うと「そうかもしれません」と言った。


「あの、隣に座ってもいいですか?」


 エナはさらにモジモジしながら控えめな感じで尋ねてきた。


「いいわよ、気を付けてね」


 エナはレナの隣に座ると、レナのことを横目でチラチラと見て嬉しそうな顔をした。


 その様子を見たレナは少しだけ困惑した。


「随分とでかい馬車を借りたんだな」


 ダンは馬車全体を見ながら言った。


 馬車は御者席に二人と荷台に荷物を積んでも全員が乗れ、馬二匹で引く大型のものだった。


「当り前じゃない、往復六日もかかるのよ、荷物持って歩くのはごめんだわ」


「しかし、馬車でどこまでいけるか」


「大丈夫よ、北の山脈は補給経路になってるって言ってたでしょ、少なくても山のふもとまでは馬車でいけるはずよ」


「それならいいが」


 そういうとダンは荷台に乗った。


「レナ、例のモノはちゃんと積んでくれたか?」


 アイリが心配そうに聞いてきた。


「うん、大丈夫よ、食料と一緒に荷台に積んだわ」


「よかった、ありがとう」


 全員が荷台に乗るのを確認すると、レナは馬車を走らせた。


 途中でダンやリサがじっと座ってるのも飽きたと言って、荷台で筋トレを始めたりした。


 レナは荷台からリンゴを取り、エナと分けて食べたりと問題なく順調に進んでいった。




 しばらく馬車を走らせていると、アズサがレナに声をかけた。


「レナ、近くにいる……」


「よし、ちょっと停めるわよ」


 レナは馬車をとめて、辺りを見渡した。辺りには見渡す限りの平原が続いていた。


「どうしたの?」


 リサは不思議そうにレナを見ている。


「ふふーん、今夜のメインディッシュよ、みんなはここで待っててね、アズサ行くわよ」


 レナとアズサは馬車を降りて、足早に馬車を離れていった。




 しばらく歩くと、ある野生動物の姿が見えてきた。


「こっちに近づいているみたい」


 アズサは小声で声をかけた。


「こっちに気づいているのかしらね……正面からやりあっても勝てるって思われてるのかしら……?」


 レナはスキルでグラディウスを作成する。


「油断は禁物……毎年何人かの冒険者が犠牲になっている、レナ、作戦はいつものやつでいい?」


「いいわ、先手必勝よ!」


 レナは一気に駆け出した。それは平原を駆け抜ける風のように。


 相手もこちらに気づいたのか、怯むことなくレナに向かって突進を始めた。


「立派なブラックバッファローじゃない」


 レナの瞳に映る。鋭く大きな角。黒い巨体から溢れ出す凄まじい覇気。


 なるほど、並みの冒険者ならその姿を見ただけで委縮してしまいそうだ。


 レナのすぐ横を通り過ぎるように後ろから矢が飛んでくる。


 アズサが放った矢だ。


 その矢は閃光のようにブラックバッファローに向かっていく。


 そしてその目に深く突き刺さった。


「ナイス! アズサ!」


 しかし、ブラックバッファローはそれでも勢いを殺すことなく、レナに向かって突進をしてきている。


 レナはブラックバッファローの突進を紙一重で避け、すれ違いざまにブラックバッファローの前足の付け根から後ろ足の付け根まで、グラディウスで深く切り裂いた。


 するとその一撃が致命傷となったのか、ブラックバッファローは倒れ、息絶えた。


 レナはそれを確認すると、ふぅっと一息ついた。


「さて、運ぼうか!」


「……どうやって……」


 ブラックバッファローの巨体はとても二人では運べそうもない。


「……馬車を持ってくるわ」




「うわぁ、ブラックバッファロー!」


 リサはブラックバッファローを見るとはしゃいでいた。


「随分と立派なブラックバッファローを仕留めたもんだな」


 アイリは関心しているようだった。


「思ったよりも大物で……もう少しで日が暮れるわ、今日はもうここで野営の準備しましょう」


「そうだな、夕食の準備とテントの準備をしようか」


 アイリも一日中馬車に揺られて疲れてたようだ。




 レナがブラックバッファローの解体をしていると、ダンが声をかけてきた。


「うまいもんだな、解体もできるのか」


「本業の解体屋ほどじゃないけどね、冒険者の仕事でよくアズサと野営やってたのよ、それでね」


「そうか」


「これでオッケーっと、ふぅ終わったわ」


「こっちもスープできたぞ」


 アイリはスープを作ってくれているようだ。鍋からの香りが食欲を刺激する。


「こっちも準備できてる」


 アズサは焚火の周りを囲むように石を並べていた。


「じゃぁ、夕食開始ね!」


「肉は、どうするんだ?」


 リサは解体したばかりの生肉を見ながら言った。


「こうするのよ! 材質は鉄! 形状は板! マテリアルクリエイト!」


 焚火を囲むように並べた石の上に、鉄製の正方形の板が出現した。


「野外料理と言ったら、バーベキューよ!」


「おー! バーベキュー!」


 リサは目を輝かせていた。


「お前のスキルって、便利だな」


 ダンは感心するようにつぶやいた。


「いやぁ実はそうでもないのよ、さぁじゃんじゃん焼いて食べましょ」


 レナはそういうと肉をどんどん鉄板の上に乗せ、焼き始めた。


「実は、お酒もいっぱい持ってきた」


 アズサは馬車の荷台に載せてある大きなバッグから、得意げにお酒と木製のコップを取り出した。するとリサは目をさらに輝かせて瞳には星が映っていた。


「エナちゃん、さっき頼んだやつをそろそろ肉に振りかけて」


「は、はい!」


 レナがエナにそう言うと、エナは石の器から粉をとり、焼いている肉にふりかけた。


「エナがかけた粉はなんだ?」


「これは乾燥させたハーブと、岩塩や黒コショウ、香辛料を混ぜて砕いたものよ、肉の味が引き立っておいしくなるんだから」


「いいにおいがしてきたぞ!」


 リサはもう待てないと言った様子だ。


 アズサが木製のコップにお酒を注ぎ、みんなの手元に渡った。


「じゃぁ、肉も焼けてきたし、食べましょう」


 レナの言葉にみんなでカンパーイと互いにコップをぶつけ合った。


「レナさん、どうぞ」


 エナが隣に座っていて、レナの分を取り分けてくれたようだ。


「エナちゃんありがとう、エナちゃんも私のこと気にしなくていいからたくさん食べてね」


「は、はい」


 エナはモジモジしながら顔を赤くして笑顔で答えた。


 なんか変な好かれ方しているような。


「まぁ、いっか」


 レナはエナが取り分けてくれた肉を口に入れた。


 すると口の中に一気に肉と脂の旨みが広がった。


 脂はあっさりとしているがしっかりと味があり、肉は臭みがなく、肉本来の存在感を口の中でこれでもかと自己主張を始める。さらに振りかけたコショウと塩が味を引き締め、香辛料がこれでもかと主張してくる肉と相性が抜群によく、肉の味を引き立てている。


「うまぁ、さすがはブラックバッファローね」


「このワインうまぁ」


「ワインかよ!」


 肉を食べずにワインを飲むリサに軽く突っ込みを入れつつ、レナもワインを飲む。口の中の脂を流し込み。そしてまた肉を口に入れる。


 ワインの程よい渋さで口の中がリセットされ、その後の肉もさらに味が引き立つ。


 一口目とはまた違った味が口の中に広がった。


「レナ、こっちの料理はもういいのか?」


 アイリが待ちきれないといった感じで別の料理の出来具合を気にしていた。


「そっちもそろそろよさそうね」


 アイリが見ていたのは、地面を掘った穴に石を敷き詰め、その上で木をたくさん燃やし、石が熱くなったところに、ブラックバッファローのもも肉を骨付きのまま入れ、肉の上に大き目の葉を乗せて、土を被せた場所だった。


「よし、アズサ、肉を掘り起こそうぜ」


 アイリとアズサは土を慎重に掘り返し、四本の巨大な骨付きもも肉を回収した。そしてそのまま肉にかぶりつく。


「うおぉ、肉のうまみが口の中であふれそうだ」


 アイリが騒ぎだし、アズサは無言で肉にかぶりついて、幸せそうな顔をしていた。


 レナは焼けたもも肉をスキルで作成したナイフで一口サイズに切り、それを口の中に入れた。我ながらうまくいったと満足した。


 土の中でじっくりと焼いたおかげで肉の旨みを完全に中に封じこめ、凝縮させることに成功している。


「これは大成功ね」




 食事が終わり、レナは余った肉を焚火の煙で燻製肉を作っていると、ダンが声をかけてきた。


「エナが迷惑をかけていないか?」


「ん? 大丈夫よ」


「ならいいんだが……アジトでの一件以来、お前に会いたいと聞かなくてな」


「あぁ、あの時か」


「俺達には親がいなくてな、もしかしたらお前を母親と重ねているところがあるのかもしれない、迷惑じゃなかったら少し相手をしてやってほしい」


「本当なら、まだ親に甘えたい時期だもんね、私は大丈夫よ」


「恩に着る」


「……親がいないかぁ……」


 レナはティナのことを考えた。ティナはしっかりしてるからまたに忘れるが、エナと歳は変わらない、帰ったら少しわがまま聞いてあげようかと思いを巡らせた。



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