第19話 緊急召集
次の日の朝、レナとティナは朝食を食べた後、ティナのねんざした足を確認していた。
「今日は、仕事休んだほうがよさそうね」
レナはティナの足に包帯をしっかり巻いて固定するが、ティナは納得いかないようだ。
「これくらい大丈夫です! わたし、早く一人前になりたいんです」
「ティナ、気持ちはわかるけど、無理すると怪我がひどくなっちゃうこともあるんだから、今日は安静にしてなさい」
「……でも」
ティナは我慢するような表情をしてうつむいてしまった。
ハイポーションという怪我までを治してしまうポーションもある。しかし、ほとんどが戦争の最前線に送られているため、一般人のレナ達は購入することができない。
レナが怪我で休んだ場合は、アイリーンが何とか工面して、働けとムチを打たれるだろうが、ティナのポーションの生産力を考えると難しいだろう。
先日レナが大量につくったポーションは体力を回復するポーションであって怪我までは治してくれない。
ハイポーションはスキルを昇華させた純粋なポーションクリエイターでも、一日数本しか作成できない貴重品だ。
ティナが落ち込んでいると、扉をノックする音が聞こえた。
「レナー、いるかー?」
アイリの声だ。
この時間にアイリが来るのは珍しい、昨日の倉庫の件もあるので、今日だけはアイリに会いたくなかったが、来てしまったものは仕方ない。
恐る恐るレナは扉を開けた。すると、一緒にいるメンバーにレナは嫌な予感がした。
アイリと一緒にいたのは、リサとアズサだ。リサは苦笑いをしていて、アズサは眠そうな顔をしていた。
「えっと、なんの用……かなぁ?」
レナは何がなんでも白を切ることにした。
「騎士団長がな、レナ達を直接指名してきているんだが、なんかあったのか?」
「……へ?」
レナは昨日のことを言われると思っていたので、まったく予想していなかった言葉に、気の抜けたような声を出した。
「その様子だと、心当たりがないようだな……とにかく一緒に来てくれ」
アイリに言われるまま、出かけることになったレナだったが、ティナにしっかり今日は休むようにと伝えてから家を出た。
目的地は城のすぐ近くにある駐屯所のようだ。向かう途中、レナ、リサ、アズサの三人でばれたのか? 等々こっそり話し合ったりしたが、アイリの様子を見ると、昨日の件は知らないようだ。
しばらく歩くと駐屯所に着いた。周りの建物と違い、二階建ての石造りで大きく頑丈に作られており、まるで要塞のようだ。もしもの時は、この建物が防衛線の一つになるだろう。
レナ達は中に入ると、奥の一室に通された。
部屋の壁は赤い布で一面が覆われており、部屋全体は正方形の形をしていた。中心に大きな円形のテーブルが置いてあり、椅子が十三脚ほどおいてある。
そして、その椅子には先客が二人座っていた。その二人はこちらを見るなり「よっ!」と、声をかけてきた。
その人物はダンとエナだった。
ダンとエナは二人とも灰色のローブにフードをかぶり、姿を隠すようにしていた。
ダンはともかく、エナは竜人化の姿を見せたくないからであろう。
「とりあえず、騎士団長が来るまでくつろいでてくれ」
そう言われてレナ、リサ、アイリの三人は席に座ることにしたが、状況が理解できないのと、昨日のことがあるので、恐る恐るといったところだった。
椅子に座ると、女性の警備兵が紅茶を入れてくれた。ダンとエナはすでに紅茶に口をつけていた。
「アイリ、これって……」とレナは恐る恐る尋ねた。
「あたしにもよく分からないんだけど、丁重にもてなせって騎士団長に言われててな、お前ら何かやったのか?」
アイリは本当に何も知らないようだ。
「アズサ、何か心当たりない?」
レナはアズサに聞いてみたが、アズサはすでに紅茶を飲んで幸せそうな顔をしていて、レナの声は届いていないようだった。
リサの方を見てみると、「ブランデーもほしいなぁ」と紅茶を飲んでいた。
二人とも懐柔されるの早すぎよ、こんな高いだけの紅茶、美味しいわけないじゃない……。
そして紅茶を一口飲んだ。
お、美味しい!
気が抜けて顔が綻んでしまった。
少しの間待っていると、六十代と思われる男が入ってきた。その男は、髪全体が白髪で、前髪全体を後ろに流している。頬に傷跡があり、鋭い眼光が見る者を圧倒する雰囲気があった。
白い布製のズボンと半そでのシャツを着ていて、体は筋肉質で太く、ダンと力比べをしたら、おそらくダンに勝つだろう。
その男が入ってくると、アイリと周りの警備兵達は姿勢を正した。
男は席に座ると、部屋を見渡しゆっくりと口を開いた。
「諸君、わざわざ朝早くすまないね、楽にしてかまわない」
男は見た目とは違い、気さくに笑顔でレナ達に声をかけた。レナは正直何を言われるか警戒をしていたが、なんだか拍子抜けをした。
「自己紹介をしておこう、私は第八騎士団団長のライデンだ、よろしく」
第八騎士団はおもに町の警備を担当しており、もしもの時は第八騎士団が中心となって町の防衛を行う守りの要のような騎士団である。
その騎士団長が自分たちに何の用なのか、心当たりがあるのはやはり昨日の件だろうか。
「で、今日は俺たちになんの用なんだ?」
ダンは以前から面識があったのか、そのような素振りでライデンに尋ねた。ダンの様子を見たライデンは「ふーむ」と声を漏らした。
「どうやら、余計な気づかいは無用のようだな、実は君達に依頼したいことがあってな」
それを聞いたレナは気が重くなるのを感じた。
名の売れた冒険者は、国からの指名で依頼が来ることがある。
国からの依頼ということもあって報酬も破格だが、問題は内容だ。国の仕事は騎士団がやればいい、それなのに冒険者に回ってくる依頼だ、ろくなことがない。
その仕事は主にゴールドランク以上の冒険者に回ってくることが多い、レナがゴールドランクに昇格せず、シルバーランクにいるのは、このような依頼を避けるためでもあった。
「内容は北の山脈に住み着いた魔物の調査だ、そして可能ならばその場で討伐してもらいたい」
それを聞くとレナはさらに気が重くなった。北の山脈といえば、ここから片道三日はかかる。そのうえ、依頼してくるような魔物の相手となれば相応の準備が必要だろう。レナは深いため息をした後にライデンに尋ねた。
「魔物の種類は分かっているんですか?」
「すまないが、それは分かっていないんだ、監視塔の報告では、超大型と報告が上がっている」
超大型の魔物となれば種類は限られる、その代表的なのは竜種の上位種だろうとレナは考えたが、なんであろうと超大型の魔物は危険度最高ランクの魔物である。さらに予想通り竜種となると、ゴールドではなく、プラチナの冒険者に依頼してもおかしくない依頼だ。
「……聞いていいですか? なんでそんな相手の依頼、ワタシ達に?」
先ほどまで紅茶を飲んでいたアズサが、ライデンに問いかけた。
「諸君らの知っている通り、我が国は戦争の真っ只中だ、それゆえ、ほとんどの国の戦力と冒険者が戦場に駆り出されておる。しかし、北の山脈は重要な補給経路となっていてな、作戦本部から私に作戦命令が下されてしまったというわけだ。しかし、私の部隊ではそれを実行するのが難しい。そこで、最近話題となっている諸君らに声をかけてみたというわけだ。ドラゴンイーターの君と、その仲間達にな」
それを聞いてレナは、口に含んでいた紅茶を軽く噴き出した。
「ドラゴンイーター?」
ダンは興味をもったらしく、レナの顔に視線を移した。だがレナはそれを無視するようにライデンに尋ねた。
「私達に声かけた理由は分かりましたが、なぜ……」とレナはダンとエナに視線を移す。
「炎狼の頭と、その妹がなぜいるのか、か?」
ライデンはニヤっとしながらレナを見て話を続ける。
「昨夜の件、と言ったら納得してくれるかな?」
それを聞いたレナは体から力が抜けるような感覚になり天井を仰いだ。リサとアズサは紅茶を飲んだまま固まった。ダンは何事もないような顔で予想はしていたといった感じだ。エナはフードを深くかぶっていって、表情はよく分からない。
「昨夜の件?」
アイリはまだ見当がついていないようだ。
それぞれの反応を気に留めることなくライデンは話を続ける。
「もし、依頼を受けてくれるなら、ここにいる全員、昨夜の件のことはなかったことにしてやろう、何、魔物を討伐して来いと言ってるわけではない、まずは偵察して可能であれば討伐でよい、無理ならいったん退いてきて構わん、改めて戦力を整えよう、こちらとしてもゴールドランクの冒険者は貴重だ、無理して死なれても困るからな」
交換条件というやつかと、レナは感じたが同時に弱みを握られた気分だった。とはいえ条件は悪くない。いつまでもこんなことでビクビクして生活するのもごめんだ。
それをなかったことにしてくれるというなら依頼を受けてもいいだろう。ライデンとしては討伐まですることを望んでいるが、敵を確認したら退いてもかまわないと言っている。
ゴールドランクの冒険者は確かに貴重だし、死なれても困るというのも本心だろう。しかし、ゴールドランクという言葉にレナは引っかかる。
レナはゴールドではなくシルバーだ。ゴールドへの昇格条件を満たしているとはいえ、ゴールド扱いされるのも変な話である。
「あの、私はゴールドではなくシルバーなんですが……」
「その答えは簡単だ」
ダンが表情を変えることなく、淡々と口を開く。
「俺がゴールドだからだ」
ダンの言葉にレナは驚いた。
「はっ? あんたゴールドだったの?」
「あぁ、俺は前から、このおっさんの依頼を受けてたんだ」
「はぁ、どうりで昨日私がゴールド間近よ、っていってもあんまり驚かなかったのね」
「私とギルド長は昔からのちょっとした仲でな、見どころのある冒険者を紹介してもらっては、このように直接依頼を頼んでいるのだよ、なんせ私の部隊では限界があるのでね、だからこそ、騎士団長の地位にいると言ってもいいのだがな」
「まぁ、お互い様ってやつさ、このおっさんは俺たちを駒として使い出世する。そして俺たちはその報酬をもらう。それにこのおっさんからの仕事は一応国の正式な依頼ってことになるらしいから報酬もそれだけ期待できるぞ、怪しい依頼を受けているわけじゃない、こちらとしても利用できるならしない手はないだろう、それに昨夜の件のことも俺らに恩を売っときたいんだろう」
「まぁそう思ってくれてかまわんよ、お互い悪い話じゃない」
ダンの言葉にライデンが肯定したように、そういう意図が最初からあるならむしろ安心できるだろう、それに嘘を言ってるようにも裏があるようにもレナは感じなかった。
しかし、レナにはもう一つ気がかりがある。
「悪い話じゃないのは分かったけど、ティナが心配だわ、昨日のローブも気になるわ」
「ローブ?」
レナの言葉にライデンが怪訝な表情を浮かべた。どうやらローブの人物の件は知らないようだ。
レナ達はライデンが昨夜の件を知っているなら、ローブの人物を知ってもらわないとあらぬ誤解が生まれると、昨夜のことを話した。
「そんなことがあったのか」
ライデンは昨夜の真相を聞くと、やはり誤解していた部分があったようで驚いている様子だ。
「ちょっと待て、昨夜の倉庫の件にお前たちが関わってたなんて、あたしは初耳だぞ」
アイリは昨夜のことは何も知らされていなかったようで、ライデンよりも驚いた表情をしている。
「あたしは、アズサに倉庫が……アズサー!!!」
アイリは鬼のような表情でアズサに問いつめた。
「ひっ! いや、ほ、ほら、あの場でもし、ワタシ達が燃やしたなんて言ってたらきっと、アイリはパニックになって冷静な判断を……それにこのことはレナが話した通り、ローブが黒幕だし、ローブはどこいったか分からないし、ワタシ達もどう説明すればいいのかぁああああああ!」
珍しくあたふたするアズサの肩に、アイリがポンっと手をおいて、ふぅと息を吐いた。
「あたしが、お前らを疑うことなんてないさ、説明しづらいなら、あたしが理解できるまでちゃんとゆっくり聞くからさ、今度からはちゃんと話してくれよ」
「アイリ……ごめんなさい」
アズサはしょんぼりとした顔をしていた。
「でもさ、僕達が火をつけて逃げたってことは変わんないんだよな?」
「リサ! そこはシー! 今はシー!」
レナはリサの一言をもみ消した。
「ごほん……話を戻したいのだが、いいかな?」
「お、お願いします」
ライデンの言葉を渡りに船と感じたレナは、そのままライデンに話を進めてもらうことにした。
「妹さんの件はこちらで何とかしよう、妹さんを警備隊で護衛して、ねずみ一匹近づけさせんよ」
ライデンは得意げな表情で言った。
「それはありがたいのですが、そんなことまでしてもらっていいのでしょうか?」
「レナ、リサ、警備隊は国民を守るのが使命だ、それくらいは当然と思って構わないぞ」
レナだけでなく、リサもティナのことが心配で不安な顔をしているのをアイリは見逃さなかった。
「炎狼もティナの嬢ちゃんの護衛をしよう」
「ダン、いいのか?」とリサは尋ねた。
「あぁ、妹が心配なのは俺も分かるしな、それにうちの連中はティナの嬢ちゃんを気に入ったみたいだ」
この場合の気に入ったということに少し不安を覚えるレナだが、守ってくれる人が増えるのはありがたいと感じた。
「まぁいいわ、ティナには私から説明するわ、リサとアズサもこの依頼受けちゃっていいわよね?」
「レナがそのつもりなら、ワタシは構わない」
「僕もティナは心配だけど、みんなが守ってくれるなら、期待に答えたいし、正直今はお金が欲しいから、仕事の依頼なら受けるさ」
リサとアズサは問題ないようだ。
「そっちは三人とも参加するようだな、こちらも俺とエナが参加する」
「エ、エナちゃんも行くの?」
「エナはシルバーだし、スキルも発現している、問題ない」
「……あなた達たくましいのね」
「こちらとしても生きる術だからな」
「では、そのように手配しておこう、こちらからは、アイリを行かせよう」
ライデンは当然のようにアイリもメンバーに入れた。
「え! あたしもですか?」
「そうだ、聞けばこのドラゴンイーターと交流があるそうじゃないか」
「まぁ、ありますけども」
「それに、今回の件は補給経路の確保の一環で、戦争の結果にも影響する重要な作戦の一つだ、その作戦に冒険者のみというのも恰好がつかんからな、アイリがリーダーとして遂行してくれ」
「ここで大人の事情をもちだしてきやがったな、まぁいつものことだがな」とダンは悪態をついた。
「それに今回の標的が、超大型のドラゴンだとしたら、諸君らにドラゴンスレイヤーの称号がつくかもしれんぞ、もちろんアイリにもな」
そのライデンの言葉にアイリの目が輝いた。
「ド、ドラゴンスレイヤー……あたしが……ドラゴンスレイヤー……いいかも……」
「どらごんすれいやー? それになるとなんかいいことあるの?」
リサがアイリの様子を不思議そうに見て、アズサに尋ねる。
「冒険者がドラゴンスレイヤーの称号が付くと、この国や、ほかの国からの扱いが変わってくる。国がドラゴンスレイヤーを何人抱えてるかっていうのも、一種のステータスになるから、国はドラゴンスレイヤーの称号を持つ冒険者をなんとか自分の国に留めようとする。ドラゴンスレイヤーの待遇はどんな職業よりも圧倒的に優遇されている。冒険者の一つの成功の形がドラゴンスレイヤーの称号を得ることって言ってもいい」
「僕たちにもドラゴンスレイヤーの称号がつくかもしれないってこと?」
「可能性としてはあるけど、あくまで可能性、それは考えないほうがいい、ドラゴンスレイヤーの称号に目がくらんで、先走って肝心のドラゴンに負けて死んだのでは意味がない、だからライデンさん、あまりアイリをあおらないでほしい」
アズサはそういうとライデンに視線を飛ばした。
「いやいや、これは一本とられた、最近の子は気が強いな」
ライデンは軽く笑いながら右手で頭をかきながら言った。
「では、改めて、健闘を願っているよ。北の山脈までは片道三日はかかるだろう、準備金はこちらで用意しよう、ではアイリ、後のことは頼んだよ」
そういうとライデンは部屋を後にした。
ライデンを見送るとアイリはため息をついた。
「はぁ、あたしも行くのか」
「いいじゃない、久しぶりにみんなで旅行と思えば」
レナは気楽に言った。
「旅行というか、超大型の魔物討伐だぞ?」
「いざとなったら戦わなくていいって言ってくれてるのよ、気楽に行きましょ」
「まぁそうだけどさ」
アイリはふんぎりがつかない感じだ。
「じゃぁ、出発は二日後のあさってね、食料とかは私達のほうで準備するわ、あとはそれぞれでお願い」
レナがそういうと解散となった。
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