第18話 竜人化(3)
盗賊、もとい、『炎狼』のアジトは町外れのスラム街の奥に存在していた。スラム街の様子は酷いの一言に尽きた。
まずはスラム街に入って早々に怒号が聞こえ、目を向ければ喧嘩が始まっている。それは一回や二回ではなかった。今は『炎狼』と一緒にいるためか、レナ達を巻き込んでくる輩はいなかったが、もし『炎狼』がいなかったらレナ達も巻き込まれていたのかもしれない。
そして何より耐え難いのは臭いだ。ごみの臭いに混ざって、時おり人間が何日も体を洗っていないであろう臭いが風に乗ってくる。そしてレナが一番不快だったのは、血の匂いだった。
レナは血の匂いには敏感だった。それは以前、リサが引き起こした事件がきっかけだったのだが……。レナは血の匂いを感じると、僅かだが恐怖感を感じることがあった。
「レナ、大丈夫か?」
リサがレナの様子を気にかけて声をかけたようだが、リサもスラム街に漂う臭いを不快に感じているようだった。
「大丈夫、ちょっと臭いがね……」
正直に言えば今すぐにでも引き返して、このスラム街を出たかったのだが、リサとティナを置いて行くわけにもいかないだろう。
「僕もちょっと、さすがに気持ち悪くなってきたよ、まだ着かないのかな」
リサはそんなことをボソっとつぶやくように言うと、聞こえていたように、ダンがこっちへ振り返った。
「歩かせてすまなかった、ここが俺たちのアジトだ」
レナとリサは、ダンがアジトだと言った建物を見ると思わず声をあげる。
言ってしまえばまとも、さらに言うとやや立派な建物と言ってもいい。
全体が石造りでさすが大所帯の盗賊団といった感じの大きさ。石ブロックに囲まれていて、入口から入ると、見張りと思われる男性二人が焚火をしながらお酒を飲んでいる。
その男性二人はダンを見るなり急に立ち上がった。
「「お頭! お帰んなさい!」」
「おう、見張り中の酒もほどほどにな」
「「へい!」」
レナは盗賊のアジトを言うくらいだから、どんな不気味なところを根城にしているのかと思っていた。
リサも同じ反応をしたことから、リサもレナと同じ様に思っていたのだろう。
「あんた、意外とまともな家に住んでるのね」
ダンはフッ、と軽く息を鳴らすと続けて
「俺たちは別に盗みや殺しをしているわけじゃないからな、なんだったら町中に住んでもいいが、それでは町のみんなが怖がるからな」
盗賊を名乗っているとは思えない返事が返ってきた。
本当に盗賊らしくない盗賊ね……。
アジトの中に案内されると、レナ達は一息ついた。
ティナは振り返りもせず、そのままエナの部屋に行ってしまった。まだ気を失っているエナの看病をするようだが、リサと近くにいることを避けているようだった。やはりまだ無理か。
リサはそんなティナを静かに、寂しそうに見送っていた。
はぁ……はやくどうにかしたいのよね、どうすればいいのかしら……とレナは疲れた体を置いてあった椅子に身を任せて考え始めた。
しかし当のリサは、思い出したように急に何かを考え始めると、思いつめたように唐突にあることを言ってきた。
「レナ、僕たちが今日やったことってさ、結局、放火して逃げた……んだよな……」
リサがとんでもないことを言い出した。
「な、なにを言い出すのよ急に……」
何となく分かっていたが、こうもはっきりと言われるとどうにも反論ができない。実はどう言い逃れをしようかとこっそりと考えていたのだが……。
「レナ……どうしようー! アイリになんて言えばー! このままスラムで逃亡生活なんてー!」
スラム街の様子を間近で見て何かを感じたのか、リサは動揺していた。もちろんスラム街での逃亡生活なんかレナも御免なのだが……。
リサはレナの肩を掴んで、何かを訴えるように前後に激しく揺らした。
「リサ……ちょっと……ぐ、苦しい、だ、大丈夫よ! それにほら! 火をつけたのは私たちじゃないわ! あの男よ!」
レナは苦し紛れにダンを指した……。いや、しかし、これはこれで正解なのでは? 炎を魔力によって具現化し、操るスキルを持つ者をパイロマンサーと一般的に言う。そして実際に火を付けたのはダンなのだ。
「お、俺か! まぁ否定はしないが、俺もいっぱいいっぱいでな」
レナはよし! 認めた! と小さくガッツポーズをとるも
「でも、僕達も逃げっちゃったんだよ……?」
「ぐっ……」
苦し紛れではあったものの、罪を押し付けようとした自分に良心が傷んだ……。
「さっきは、すまなかった」
ダンは改まったように姿勢を正す。
その様子を見たレナはダンが今から何を話そうとしているのか察し、傷んだ良心をそのままにレナも聞く姿勢を作った。
「大体は想像つくけど、一応、話してくれない?」
レナはエナの件やローブの人物との会話で事の成り行きのおよその経緯は把握しているつもりだ。しかし本人から直接、事の顛末を聞こうと思った。
レナはダンから昨日のワイバーンの件から、今日の件まで話を聞いた。
「話をまとめると、エナちゃんがあのローブに誘拐されて、ローブの要求が人目の多いところで角笛を使うこと。そして角笛を使ったら、ワイバーンが現れた。でも角笛を使った連中はそのことを知らなかった。そこに私とアズサが現れワイバーンを討伐した」
「そうだ」
「そのワイバーンは、ローブの実験でつくられた、スキルを無理やり発現させたワイバーンだったってことか、そして今度はそのワイバーンを倒した私たちに白羽の矢が飛んだってことね」
「あぁ」
「そして……竜人化させたエナちゃんと……私たちがどっちが強いか実験したかったってことか、この……! 考えれば考えるほど頭にくるわね! あのローブ!」
「俺は、エナを助けたいばかりに、関係のない人も巻き込んでしまった、とくにお前たち」
ダンはうつむくと拳を強く握った。
「レナ、僕は、ダン達を許そうと思うんだ」
「リサ……」
「ティナが危険にさらされたのは事実だし、それは僕も頭にきた、だけど、ダンはエナちゃんを助けるためにしたことだ、僕だってティナが同じ目にあったら、ダンと同じことをすると思う、それに悪いのはあのローブだ! あのローブは許さない!」
「ふふふ、そうね、リサに先に言われちゃったけど、私もそう思ってたわ、今度ローブに会ったらコテンパンにしてやりましょ」
「コテンパンってなかなか聞かないよ」
「それに、まだエナちゃんは竜人化されたまま……こればかりは……」
「……竜人化は、俺たちが何としてでも治してやるつもりだ、そのためにはローブの野郎をとっ捕まえて治療方法を吐かせてやる」
「そうね、そのことについては、協力するわ」
「僕も、協力するよ」
「二人とも、ありがとう」
ダンはもう一度姿勢を正して、頭を下げた。
「あんたってさ、盗賊なんて名乗ってるわりには、なんか良いやつよね」
「盗賊にそんなこというもんじゃないぜ」
ダンは、そう言いながら、立ち上がり、棚からブランデーの入ったビンと、グラスを取り出し、グラスにブランデーをつぐと、一口飲んで、ふぅっと一息ついた。
「それ、お酒?」
リサは目を輝かせて、ダンに尋ねた。
「ん? あぁ、安物のブランデーだけどな、飲むか?」
リサはうんうんうんっと首を縦に振った。
「そっちも飲むか?」
ダンはグラスにブランデーを注ぎながらレナに向かって尋ねた。
「じゃぁ、少しもらおうかしら」
ブランデーを渡されたリサは一気に半分ほど飲んだあと、腹を手で触った。
「そういえば、お腹すいたな」
リサはそう言うと、置いてあった椅子に身を投げるように座り込んだ。
「夕飯、食べないで来ちゃったからね」
ダンからブランデーを受け取ったレナはそう言って一口飲んだ。
「たしかにお腹すいている時にきついわ」とお腹をさすった。
そしてレナも背伸びをするとふぅっと一息ついた。
「今準備させてる、そろそろできるはずだ、てかお前ら……いくらなんでもくつろぎ過ぎじゃないのか? ここは一応盗賊のアジトだぞ」
ダンは、まるでわが家のようにくつろぐレナ達に疑問を投げた。
「私一応、冒険者でそろそろゴールドランクだし、今更人間相手に恐れたりしないわ、それにあんた、なんだかいい人みたいだしね」
とは言ったものの、まったく警戒していないわけでもなかった、逆にビクビクしてたら、なめられるだろうと思っていた。
盗賊らしくないダンはともかく、盗賊なんて名乗ってる男たちの巣窟だ。完全無防備というわけにもいかないだろうと、威嚇の意味を込めて冒険者のランクを強調する。
「ゴールドランクか……先ほどの戦闘といい見事だった。これは手を出したらこっちが大怪我しそうだ、気を付けることにするよ」
何だか余裕ねぇ……。
効果はあったようだが、どこか余裕のダンを見て、レナはいまいち納得がいかない。レナはブランデーをぐっと一気に飲み、そしてお腹をさすった。
「お頭! メシできましたぜ!」
スキンヘッドの濁声と共に、その他大勢によって料理を運ばれてくる。
待ってましたと、運ばれてきた料理を見たレナは目を見張った。運ばれてきた料理は、さすが盗賊の男料理をいわんばかりの肉! 肉! 肉……。
レナは肉が大好きだ、しかしこうも肉ばかり並べられるのはさすがに考えるものがある。となりのリサを見るとさすがに引いているようだ。
男たちは料理を豪快に並べると、次々とお酒を木製の入れ物に注いでいく。そして……。
「みんな」
ダンが声を出すと、盗賊達はいっせいに静まりかえり、ダンに注目する。
「これからまだやることは残っているが、ひとまず、エナの救出の成功と、その恩人たちへの礼だ、今日は宴を楽しもう、乾杯!」
ダンがそういうと、盗賊たちはいっせいにかんぱーい! と声を上げ、騒がしく宴が始まった。
「レナ、ティナ達の分も取り分けてあげたいんだけど……肉だらけじゃないか……てかこれ、なんの肉?」
リサは、見慣れない自分の手首ほどの太さがあるひものような焼いた肉を、フォークで刺して恐る恐る皿に取り分けた。
「それはミドリバジリスクだな、なかなかうまいぞ」
ダンはそう言って、何事もないように、別の得体の知れない肉を一口食べた。
「ミ、ミドリバジリスク……ひ、昼間の……あれか、あれを食べるのか……」
リサは軽いめまいを起こしたようだった。
レナは、リサがめまいを起こしているのを横目に、ミドリバジリスクの肉を一口パクっと口に入れる。
「レ、レナ! 蛇だぞ! それ……」
「え? 慣れるとおいしいのよ……ん? なんか舌がビリビリするわね」
「あ、いけね、毒抜き甘かったかもしれね」
「あぁ、よくあることねぇ」
それを聞いたリサは、アジトの天井を見つめ、何やら小さい声で「ティナの食生活は大丈夫か……」と言ったような気がしたが、レナは気にしないことにした。
二人分の食事を取り分けると、リサは「ティナ達に持って行ってやってくれないかな?」とレナに声をかけた。
「わかったわ」とレナは答えた。
皿に乗せられていたのは、リサが厳選した自分でも食べられそうなものであった。
ミドリバジリスクも入っているが、それはレナが無理やりいれてやったやつだった。実はティナもミドリバジリスクを好んで食べるのだが、今のリサにはとても言えない、そのうち衝撃の事実として話してあげよう、そうしよう。
部屋に近づくと、ティナとエナの声が聞こえてきた。エナが目を覚ましたのだろうが、何やら様子がおかしい、ティナはエナの看病を買って出ていた。
「ティナ、入るわよ」
「……どうぞ」
ティナの返事を聞き、部屋の扉を開け中に入ると、部屋は木製のベッドとテーブルと椅子が置いてあった。燭台(しょくだい)がテーブルの上においてあり、ろうそくには火がついていた。
「二人とも、おなかすいたでしょ、みんなが夕食をつくってくれたから持ってきたわ」
「ありがとう、レナさん……でも……」
ティナはベッドに視線を移した。ティナの視線の先を追うと、エナがベッドで厚手の布を頭までかぶっていた。
「エナちゃん……自分の姿を見たら……」
「そっか……」
レナは持ってきた食事をテーブルの上に置くと、エナに寄り添うようにベッドに腰をおろした。エナはそれを察したのか「来ないでください、見ないで……」と声を絞り出すようにつぶやいた。
エナは、竜人化した自分の姿を見てショックを受けたのだろう。ティナと歳がさほど変わらないようだ。そんな子が急に変わった自分の姿を見て泣いてしまうのも無理もない。レナでさえ……。
レナは布からわずかに出ている頭を、優しく右手の指で撫でた。するとわずかにエナの頭が動いた。
「……自分の体が変わるのって、つらいよね」
「あなたに! なにが分かるんですか!」
エナは突然起き上がり、レナを睨みつけた。
数秒の間、エナと視線を交わすと、エナの視線が、レナの左手に向けられた。
エナはハッとしたような表情になると、ベッドに横になり布をかぶった。
レナはエナの頭をもう一度撫でた
「泣きたいなら、泣いてもいいのよ……」
その数秒後、エナからはすすり泣くような声が聞こえてきた。
ティナの方を見ると、なにやら、うらやましそうな顔をしてこっちをみていた。
しばらく頭を撫でていると、エナは寝てしまったようだ。レナは視線を感じて、扉の方に目を移すと、ダンが扉の隙間からこっちを見ていた。
「な! の、のぞき?」
「い、いや、違う違う!」
ダンは慌てて弁解しようとしていた。テーブルではティナが食事中だったが、ダンを怪しむように見ていた。
「さっき、エナの声がして、ちょっと気になってな」
「あぁ……」
ダンは寝ているエナの方に視線を移した。
「すまない、エナを見てもらってしまって」
「いいのよ、自分の体が変わってしまったことがショックをだったみたい」
レナはエナの頭を撫でていた右手を、自分の左手の上に置いた。
「本当に何から何まですまない、俺だったら、そんなにショックだなんて、気づいてやれなかったかもしれない」
「本当ですよ、わたしを誘拐したときも、縄で縛ってそのまま乱暴に移動するんですもん、少しは女の子の気持ちも考えてほしいですよ」
そう言ったティナは、ちょっとした反抗のつもりだったのか、ダンと目が合うとすぐ視線を逸らした。
「そのことは本当にすまなかった」
素直に謝るダンにティナは拍子抜けした。
「す、すなおに謝るなら、許してあげます、レナさんも、もう怒ってないようですし」
そういうとティナは皿に残っていた、ミドリバジリスクの肉を一気に口にいれた。
「ん? お前ら、姉妹じゃないのか?」
ダンは二人を姉妹だと思ったのだろう、現に矢じりの手紙にはティナを『妹』と書いていたのである。
「あぁ、ティナの姉はあっちにいるリサよ、私とは一緒に住んでるけど……」
レナが言い終わる前に、ティナが言葉を発した。
「わたしはレナさんを本当のお姉さんだと思ってますよ……」
ティナは、続けて何かを言いたそうだったが、ティナからの言葉はそれだけだった。
「何だか、訳ありって感じのようだな」
ダンは何かを察したのか、これ以上は聞いてこなかった。
宴が終わると、レナ達は自分達の家に帰ることにした。
部屋はあるから泊っていけと、ダンに言われたが、明るくなってからスラムを出ると、人目に付く可能性があるとレナは思った。スラムからの朝帰りなんて、どんな噂が立つか分かったもんじゃない。ましてや、倉庫の件もある。レナ一人ならどうにでもできると思ったが、リサやティナまでいるとなると話は別だ。
気を使ってくれてか、ダンは三人の盗賊達を道案内と護衛のために付けてくれたので、すんなりとスラムを出ることができた。レナはねんざしたティナを背中におぶっていたのでありがたかった。
「では、俺たちはここで」
「うん、ここまでありがとね」
リサがそういうと、盗賊たちは自分たちのアジトへと戻っていった。スラムの出口の少し手前で盗賊たちと別れたレナ達は、辺りを気にしながら前に進んだ。
「ティナ、寝ちゃったみたいだけど、重くないか? 僕が、おぶってあげることができればいいんだけど」
「大丈夫よ、これくらい」
「ありがとな」
「いいのよ」
やがて例の倉庫の近くを通りかかった。火はすでに消されていて、数人の警備隊が後始末をしていた。
レナ達は、警備隊に見つからないように別の道から自宅に向かった。
「何か、犯罪者みたい」とレナはつぶやいた。
それを聞いていたリサが「いや、本当に犯罪者かも……」とつぶやき返した。
レナは気が重くなるのを感じ、ため息をもらした。
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