第17話 竜人化(2)

 倉庫に近づくとレナ達は倉庫の中へと案内された。レナは見張りの一人や二人位は倒すつもりで向かったので、少し拍子抜けをしていた。


 案内され中に入ると、そこにはレナよりも二つほど年上に見える男がこちらを見ながら立っていた。


「お頭、連れてきました」


 スキンヘッドのいかにも、という感じの男からお頭と呼ばれた男は、レナ達より二つ三つほど年上に見える男だった。革製の黒いズボンに布製の白いシャツ、その上に革製の黒くて半袖のジャケットを羽織っていた。髪型は盗賊業をやってるせいか、やや長めの黒髪で野性的な印象だ、顔立ちは良くも悪くも、どこにでもいそうな青年という感じだが、露出している腕はやや筋肉質で、単純な力比べなら勝てないだろうなというのがレナの印象だった。しかし、他の盗賊たちに比べれば線が細く、先ほどのスキンヘッドのほうがよほどお頭という感じの見た目だった。


 その横には体を縄で縛られたティナが拘束されていた。


「レナさん!」


 レナ達に気づいたティナは声を上げた。


「ティナ! いわれた通り来たんだから、ティナを放しなさい、それとも私たちと一戦やるつもり?」


 レナはむしろ、そっちの方が手っ取り早いと戦闘態勢に入るが


「まぁ、待て……おい! 約束通り連れてきたんだ! 妹を返してもらうぞ」


 レナは盗賊の青年の言ってることが理解できなかった。返してもらいたいのはこっちの方だ。しかし、盗賊の青年が、声を向けた方向を見ると、黒いローブにフードをかぶった人物がどこから入ってきたのか、フワッと姿を現した。


「返してやるさ」


 黒いローブの人物は白い不気味な仮面を付けており、その仮面の効果なのか声が男性のものとも、女性のものとも聞こえる不思議な声だった。


 その人物は右手に持った金属のような、灰色の球体を大きな木箱に向けると、その球体から緑の光線が射出され、大きな木箱が破壊された。その衝撃で土埃が舞い、中で人が倒れているようだった。


 レナ達は何事かと警戒するが、倒れていたのはティナと年齢が同じくらいかと思われる少女だった。その少女は布製のぼろぼろのシャツと、布製のぼろぼろのひざ上までのズボン、そして、首には金属製の首輪を付けていた。


 その少女は上体だけを何とか起こした。何とか意識はあるようだった。


「エナ!」


 盗賊の青年が少女に向かって走りだした。


「お、おにいちゃん?」


「実験に付き合ってもらうぞ」


 ローブの人物はつぶやくと、エナは急に苦しみだした。


「あぁっ!」


「エナ、どうした?」


 盗賊の青年はエナのそばに着くが、その様子にどうしたらいいか分からない様子だった。


 苦しみだしたエナの体は、だんだん緑色に変化していった。


「エナ! 大丈夫か! しっかりしろ」


 エナの体が緑色になったかと思うと、ウロコのような模様が浮き上がってくる。


「ぐっ……がっがっが……」とエナはさらに苦しみだした。


「あんた! この子にいったい何したのよ!」


 レナはローブの人物に向かって攻めるように声をあげた。


「ただの人体実験さ、この様子だと、無事成功と言ったところね」


 ローブの人物はレナの様子を気にすることもなく答えた。


「人体実験って……あんたね!」


「おっと、話は終わりだ、ついに始まるよ」


 レナはエナの方に視線を戻す、次の瞬間、盗賊の青年が後方へ吹き飛んだ。そのまま倉庫の壁に激突し、倉庫内にある資材があちらこちらで落下していた。


「ティナーーー!」


 横にいたリサがそう叫び、飛び出した。レナはティナの方を見ると、上から木材が落下していた。レナはとっさにスキルで二人を守ろうとしたが、いくらなんでも間に合いそうもなかった。


 リサがティナに向かって飛び込み、覆いかぶさるように二人とも倒れた。そして木材が二人の上に落下した。


「リサ! ……ティナ!」


 レナは思わず二人の名前を呼んだ。するとティナの上に覆いかぶさっていたリサがフラフラと上体だけを起こした。


「ティナ……大丈夫か?」


「う……うん……」


 声をかけられたティナは、怯えているようだった。しかし、怪我はなく、その様子を見てリサは「よかった」と笑顔で答えた。


 しかし、リサの頭からは血が流れ、体のいたるところに切り傷や打撲があるように見えた。


「アズサ、二人をお願い」


「わかった……」


 レナはアズサが二人の方へ行くのを見送るとローブの人物へ視線を戻した。


「素晴らしいじゃないか、想定以上のパワー! 竜人化実験は大成功みたいね!」


 ローブの人物は実験の成功に感情の高ぶりが抑えられないといった様子だ。


「竜人化?」


 レナは聞きなれない言葉に思わず聞き返した。


「そう、竜種の魔物の体液を特殊な方法で抽出して加工し、それを人間に注入するのよ、そうすると、竜種の特性が人間に宿るの、面白いよね」


 ローブの人物は笑いをこらえているのか、肩を上下に揺らしていた。


「逆もまたしかり、ワイバーンに人間の体液を注入したら、ワイバーンにスキルが発現するのだもの」


 レナは、昨日現れたスキルを持ったワイバーンを思い出した。


「昨日のワイバーンはあなたの仕業だったのね!」


「そう、楽しんでくれたかな? あのワイバーンを倒した君たちと、竜人化させた人間、どちらが強いか実験したくなってね」


 それを聞いたレナは怒りを抑えられなくなった。


「あんたね! 実験実験って、一人の人間をあんな姿にして、人間をなんだと思ってるのよ!」


「モルモットさ! 私の研究を成功させるためのね、しかもあの娘は盗賊の人間、盗賊なんぞしている人間は私の研究の糧になればいいのさ」


「相手が盗賊だろうとなんだろうと、あんたがそこまでしていい権利はないのよ!」


 レナは、このローブの人物に何を言っても無駄だと感じた。


「さぁ、実験を始めてもらおうか、行け! 竜人!」


 すると竜人と呼ばれたエナは、レナに向かって襲い掛かった。エナは地面を一蹴りすると、一瞬にしてレナとの間合いを詰め、右手でひっかく様に腕を振り下ろした。あまりのスピードになんとか反応できたレナは後ろに飛び攻撃をかわす。着地した後、エナの右手を確認すると、鋭い爪が伸びていた。


「とんでもないスピード……」とレナは声をもらすようにつぶやいた。


「マテリアルクリエイト!」とレナはすぐさまミスリル製のグラディウスを作成し構える。


 エナは再度間合いを詰め、右手をレナに向けて振り下ろすと、レナはグラディウスでそれを受け止める。しかし、あまりの攻撃の重さに受けきれず後退する。スピードだけじゃなく、パワーもとんでもない、さぁどうする……と心の中で思ったとき、盗賊の青年が吹き飛んだ方向から声が聞こえてきた。


「炎の……パンチ!」


 すると声が聞こえてきた方向から、激しく燃える炎の塊がローブの人物に向かって飛んでいった。不意を衝かれたのか、ローブの人物が逃げるように横に飛び、炎をかわした。


「くっ……お前、パイロマンサーだったのか」


 ローブの人物の視線の先には、先ほどエナに吹き飛ばされた盗賊の青年が立っていた。


その青年の左目の瞳は紫色に変化していた。


「おい! 女! エナの相手をもう少し頼むぞ! アイツは俺がやる」


「私は女って名前じゃないわよ!」


「愚痴は後で聞いてやる、エナが首にしている首輪は隷属の首輪だ!」


「なんですって!」


「ふん、パイロマンサーと、まともにやりあうつもりはないよ」


 ローブの人物はそういうとフワッと姿を消した。


「待て! 炎の……パンチ!」


 青年が放った炎はローブの人物が消えた場所に飛んで行き、そのまま倉庫の壁に激突し、炎は近くの木材に燃え移り、瞬く間に広がった。


「あんたバカなの! こんなところで……ぐっ!」


 エナは炎に構わず、レナに襲い掛かるが、レナもエナの攻撃をグラディウスで受け止める。


「エナ! やめろ!」


 青年の声に反応をしたのか、エナの力がゆるむ。そのすきにレナはエナの腕をはじき返し、距離をとった。


 レナはグラディウスを構えながら、どうにか打開策はないものかと考え始めた。せめて動きを封じることができればと考えたとき、一つの方法を思いついた。


「盗賊! この子の気を引いて!」


「俺は盗賊なんて名前じゃねぇ!」


「名前なら後でいくらでも聞いてあげるから、早く!」


「わかったよ、エナ! こっちだ! 炎のパンチ!」


 すると小さな炎が放たれ、その炎はエナの足元へ落ち、小さく弾けた。それに反応したエナは身をひるがえし構えをとった。


「今! 材質はアダマンタイト、針のむしろ!」


 レナが魔力を集中すると、数本の棒が地面から生えるように出現した。それはエナの体をかすめるかのように、突き刺すことなくエナの動きを封じた。エナは暴れようとするが、アダマンタイトの棒はビクともしない。


「よし! 狙い通り! さすがにアダマンタイトは壊せないようね」


「エナ!」


 盗賊の青年がエナに近づいて、エナの首輪を確認する。


「これ、どうやって外せばいいんだ……くそ時間がない、お前ら! 火をなんとかしろ!」


 それを聞いた盗賊たちはへい! っと返事をして火を何とかしようとするもうまくいってないようだ。焦った盗賊の青年は力ずくでどうにか外そうとしてみるも、首輪はビクともしない。首輪は金属でできているようだ。


 一応鍵穴のようなものがあるが、鍵なんか持ってはいない。


「ちょっと、僕に見せてくれないか?」


 アズサに手当されていたリサが、そういってこちらへ歩いてきた。


 頭や腕に包帯を巻いていて、見ているだけでも痛々しい。


「リサ……」


 レナは声をかけるが、リサは「大丈夫さ」と言って、エナの首輪に手を添えて、じっくりと確認する。


「うん、僕のスキルでいけそうだ……僕は三年間、施設でスキルのコントロールを練習してきたんだ、これを外すことくらいなんでもないさ」


「すまない、君をこんな目に合わせてしまったのに」


 盗賊の青年はリサの痛々しい姿に思うところがあるようだ。


「気にしないでくれ、急がないと、それにこの子には罪はないんだ」


 そう言うとリサは左目の眼帯を外し、首輪を両手で持って集中し始めた。左目の瞳は紫色に変化しはじめ、首輪から火花が散った。やがて、火花が散ったところから溝ができ、最後にパキンっと音を立てて首輪が外れた。


「よし、成功だ!」


 エナは、ふっと意識が消えたかのように、自分を拘束する棒によりかかった。


「時間がない、魔力を解除するわ、盗賊! この子をお願い」


「……わかった」


 俺は盗賊って名前じゃないと言いたそうな顔をしたが、そんな状況じゃないと判断したようだ。


 レナが魔力を解除すると、エナはぐったりと倒れこんだが盗賊の青年はエナを支えた。


「お前たちもここを出るぞ!」


 盗賊の青年がそう言うと火を何とかしようとしていた盗賊たちは一目散に避難していった。


「私たちも急ごう、アズサ! ティナをお願い!」


「準備はできてる」とアズサはティナに肩を貸してすでに出口へ向かうところだった。


 レナとリサは、アズサとティナ、盗賊たちが脱出するのを見計らうと、急いで出口に向かった。


 倉庫を出て振り返ると、倉庫は激しく燃えていた。少しでも遅かったら危なかったとレナは冷や汗をかいた。


「このまま、警備隊にでも見つかったら、大変なことになりそうね」


 レナはどうすればこの場を丸く収められるか考え始めた。


「レナ、みんなはすぐここを離れるといい……ワタシはスキルで火事を見つけたってアイリに伝えに行く……それが一番よさそう」


 アズサの意見にレナは一瞬迷ったが、たしかにそれが一番よさそうだと感じた。


「アズサ、悪いけどお願い」


「わかった……」


 アズサはそう言い残すとアイリの家に方向に走っていった。


「じゃぁ、私たちも急いで離れるわよ、ティナ、走れる?」


 レナはティナに声をかけ、ティナは「はい、走れます」と返事をした、しかし足が震えている、足首を見ると赤く腫れていて、ねんざをしているようだった。


「ティナ、その足では無理ね、私の背中に……」


「おい女」と盗賊の青年が声をかけてきた。


「だから! 私は女なんて名前じゃないっての! レナって名前があるのよ! 盗賊!」


「こっちこそ盗賊じゃない、ダンだ、ひとまずそこの嬢ちゃんが歩けないなら、俺らのアジトへ来い」とエナを両手で抱きかかえながら言った。


「それに、エナのことで礼がしたい」


「レナ、アジトへ連れてってもらおう、ここからレナの家へも結構あるし、アイリ達と鉢合わせしても厄介だ」


「……そうね、迷ってる暇はないか、分かったわ、私たちも連れてって」


「決まりだな、おい! お前たち!」


 ダンが一声かけると、その中の一人のスキンヘッドがティナを軽々と持ち上げた。ティナは思わず「ひぇ!」と声をあげた。そのまま両手で抱き上げられティナは緊張しているのか恐る恐るといった表情をしていた。その表情を見たスキンヘッドは「この子、すげぇ可愛いでないですか、上玉でないですか!」と言い出したが、ダンが「その子はエナの恩人だ、丁重に扱え」と言った。スキンヘッドは「へーい」と言い、ティナに向かってニカ! っと笑顔を向けたが、ティナは今にも泣きそうになっていた。


 その様子を見ていたリサが何やらブツブツ言いはじめ、眼帯をしているが、レナには、リサの瞳が紫色になっているように見えた。そして今夜、血の雨が降るかもしれないと冷や汗をかいた。


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