第14話 ポーションクリエイター(1)

 レナが起きた時にはリサの姿はなかった。朝早くギルドに向かったのだろう、自分も仕事の準備をしようと体を起こす。部屋を出て階段を降りると、ティナが昨日の残りでサンドウィッチを用意してくれていた。


「おはよう、早いわね」


「おはようございます」


 ティナは昨日のことからは立ち直ったようだが少し緊張しているようだった。今日はティナの初仕事の日だ。


「ティナ、今から緊張していたら身が持たないわよ」


「え、そう見えますか?」


 ティナはどこか意識ここにあらずという感じできょろきょろしたり、落ち着きがなかった


「まぁ、初めての仕事だしね、無理もないか、でも、ティナの教育係は私なんだから、気楽に行きましょ、緊張することないわ」


「はい! よろしくお願いします」


 押し付けられたというと人聞きが悪いが、同居してるんだから何かとやりやすいでしょと言って、強制的に決められたのだ。しかし、知らない誰かに任せるよりはいいかと思いそのまま引き受けたのだった。




 朝食を終えて仕事場に向かう途中、ギルドの中をこっそりのぞくと、リサとアズサが何やら真剣に話していた。「こっちもやってるわね、うんうん」と満足げな表情でさらに仕事場へと足を進めた。


 仕事場の敷地内に入ると、ティナは「うわぁ、すごい!」と上がったテンションを抑えきれないように声をだした。


 ポーション作成所はポーションクリエイトをはじめ、決められたスキルが発現した者でなければ入ることも許されない、戦争がつづくこの国にとって、体力や傷、魔力を回復させるポーションを生産できる施設は、最も重要な施設の一つとされている。


 ティナと同じ年齢の子達からすると、憧れの職場のような感覚だろう。


「ティナ、これからここがあなたの職場になるのよ、頑張ってね」


「はい!」とティナは、年相応の無邪気な笑顔で答えた。


 レナの作業部屋に入ると、まもなくして、一人の女性が入ってきた。


「おはようございます、アイリーンさん」


 レナはその女性に慣れた感じで挨拶をした。


「お、おはようございます……アイリーンさん?」


 レナの後に続くように、緊張した面持ちでティナは挨拶をすると、アイリーンという名前に覚えがあるのか、その女性の顔を直視した。


「おはよう、久しぶりね、ティナちゃん」


 そう優しく答えたアイリーンは、背がスラっと高く、腰まで伸ばした緑色の髪がサラサラと流れているようだった。目はきりッとしていて、いかにも仕事する女性という雰囲気を出していた。


「ティナには言ってなかったわね」


「ティナちゃん、私のこと、覚えているかしら?」


「お、覚えています! お久しぶりです!」


「覚えてくれてたなんて、うれしいわ」


「アイリーンさんはお城の研究所で生物学の研究をしてたんだけど、先日ここに配属になってね」


「左遷ってやつよ」


「え! あ、あの」


「冗談よ、ちょっと研究に行き詰っててね、ティナちゃんがここに来るっていうから、ちょっとの間の臨時職員ってことで希望したのよ」


 アイリーンはクスクスと笑いながら言った。


「さて、今日はどのくらいいけそうかしら?」


「そうですね、今日はティナの研修をメインでやりたいので、いつもの半分でお願いします」


「わかったわ、それじゃ、頑張ってね」


「は、はい!」


 アイリーンはティナに声をかけると部屋を出て行った。


「さて、さっそくはじめようか」


 レナは棚から器具を取り出しテーブルの上に並べ始めた。それはガラス製の器や、アルコールを燃料とする小型のコンロ、材料となる薬草が入っている箱、そして手のひらサイズのビンがたくさん入っている箱を取り出した。


「わぁ」


 ティナは器具を見るだけでも楽しくなったのか、目を輝かせて見ていた。レナはその様子を見て、微笑ましく思った。


「これは、薬草? こっちとこっちで違うみたいなんですが」


 ティナは二つの薬草を見比べてレナに尋ねた。


「分かる? こっちの薬草は高品質な薬草ね、ハイポーションを作るときに使うのよ、まぁ練習用に取り寄せてみたんだけど、やっぱりハイポーションは私には無理ね、薬草が少なくなって来てるから後で依頼を出さないとね」


「依頼?」


「そうよ、薬草は冒険者ギルドに依頼して冒険者に採取してきてもらうのよ、コツは一度に大量の量を依頼するんじゃなくて、何個かに分けて依頼することね、その方が数人の冒険者がやってくれるから早ければ一日で集まるわ」


「なるほど!」


 レナはガラス製のビーカーを手に持ち、ティナの前に置いた。


「これは、しばらくティナ用かな」


「わたしの?」ティナはレナさんのは? と言いたげな様子だった。


「私のは、こっち!」とレナは大きな寸胴鍋をとりだした。


「えぇ!」


 ティナは自分用に用意されたガラス製のビーカーと寸胴鍋を交互に見比べている。


「じゃ、ゆっくり一緒にやってみようか!」


 レナは気軽に言ったがティナはなんだが不安な表情を浮かべた。


「レ、レナさん、一度だけ、こっちでやってもらえませんか?」


 ティナは不安そうな顔を浮かべ自分用に用意された器を指さした。


「あ、やっぱそっちのほうがいいか、ごめんごめん」


 レナはガラスの器を手に取ると、入口においてある水瓶から液体を汲み、器に入れた。


「それって、水ですか?」


「んー、よく分かんないんだけど、水生成系のスキルの人が補充してくれるんだよね、あ、飲んじゃ駄目よ、おなか壊すから」


「……レナさん、飲んだんですね?」


 レナからギクっと効果音のようなものが聞こえた。


 ポーションに使われているくらいだから飲めるだろう、むしろ体にいいに違いないと飲んだことがあるが、それからレナは見事に三日間おなかを壊した経験がある、飲めないなら張り紙しとけよと思ったこともあったが、ここ私の作業部屋だったわ、張り紙貼るの私だわ、とか自問自答を繰り広げた時があった。


「いや、だって、ずっとポーション作ってるとさ、のど乾いちゃってさ、あはは」


「仕事場でも相変わらずなんですね、いつでも楽しそうで裏表なくて、羨ましいです」


「……」


「レナさん?」


「ん? あぁ、ティナもさ、これから、きっと楽しくなるよ、いや、楽しくしようよ」


「そうですね」


「じゃ、続きをするよ」




 レナとティナは火にかけたガラスの器が沸騰するのを見ていた。


「沸騰したら、薬草を、このくらいかな、薬草の量は、薬草の質と魔力の質や量によるから、やりながらちょうどいい量を見つけてね、ティナならもうちょい少なくていいと思うわ」


「少なくていいんですか?」


「ティナは純粋なポーションクリエイトだからね、私の魔力より効率いいはずよ、そして、魔力を流し込む」


 レナは器の上に両手をかざすと、集中し始める。


「すごい……」


 魔力を流された器の液体は、赤色に強く光始めた。


「うん、こんなもんかな、これで完成よ」


「もう完成?」


「まぁ、この量ならね、ティナもやってみて」


「はい!」


 ティナはレナがやった手順に沿って器に液体を入れ、沸騰させた。そして、薬草を言われた通り、先ほどより少なめにいれた。


「そろそろね、ティナ魔力魔力」


「は、はい!」


 ティナは両手をかざし、集中し始める。


「あ、あれ?」


 ティナは魔力を放出しているが、なかなか先ほどのようにならない。


「もうちょい集中して魔力を高めて」


「は、はい!」


 ティナはさらに集中する。


「んー!」


 液体は淡い赤色に光始めた。


「お! もうちょいだ!」


 ティナはさらに集中する。


すると、液体は赤く光出す。


「そのまま魔力を出し続けて、もう少しよ」


「んーーーーーーーーー!」


 液体は心臓の鼓動のように赤く光ると最後に赤く強い光を発光させた。


「よし! ティナやったじゃん、成功だよ!」


「せ、成功?」


「すごいじゃん、初めてで成功させる人なんて、なかなかいないよ!」


「や、やったー!」


 ティナは疲労困憊といった感じに椅子に座り込んだ。


「あとは、このビンに詰めて終わり」


 レナは手のひらサイズの細いビンを箱から取り出した。


「でも、こんなに大変なんて、知りませんでした」


「まぁ、ここの仕事って機密事項だからね、それに、慣れちゃえば魔力量も上がって、今より楽に作れるようになるから、大丈夫よ」


レナは自分用の寸胴鍋に水瓶から液体を流し込んだ。


「すごいですね、そんな大きな鍋で作るなんて、それにさっきもすぐに作っちゃって」


「まぁ、年季が違うからね、私は六歳でスキル発現したし、それから割とすぐ仕事始めたからね」


「そうでしたね、学校と仕事を両立するレナさんすごいなって、小さいながら思ってました」


「前から、思ってたんだけどさ、前みたいにレナおねぇちゃんって呼んでいいのよ?」


「いえ! わたしはレナさんを尊敬してるんで!」


「あはは、それはうれしいわ……あぁ尊敬されてるとか言われたら気が抜けないわ」


「え? なんか言いました?」


「な、何でもないわ!」




 レナは寸胴鍋に液体を入れ終わると、おもい……うりゃぁ、と言いながら寸胴鍋を持ち上げると、大型の五徳に鍋を乗せて、大型のコンロに火をつけた。


「ふぅ、これが一番きついわ…」とつぶやいた。


 ティナを見るとレナをじっと見ていた。さしずめ、憧憬の眼差しと言ったところか。


「ティ、ティナ、そんなに見られると……」


「レナさん! わたしは早くレナさんのようになりたいんです! 見学させてください!」


 や、やりづれぇ……と感じるレナだったが、まぁティナらしいちゃ、ティナらしいわね、ちょっとまじめ過ぎるのがあれだけど……と本当の姉のような気持ちになるのだった。




 やがて、寸胴鍋の液体が沸騰し始めると、薬草を大量に入れ、タイミングを見計らう、両手を鍋の上にかざし、一気に集中する。


「わぁ」ティナは思わず声をあげる。


 鍋の中の大量の液体が一気に赤く光りだした。レナはさらに魔力を送り込む。すると鍋から赤い光が柱のように上がった。


「よし! 完成よ!」


「こんな量を短時間で……私! もっと頑張ります!」


「ん? あぁ、あまり気を張らないでのんびり行けばいいのよ、あまり気を張ると疲れちゃうわよ」


「そんなものなんですか?」


「そうそう、そんなもんよ、肩の力抜いて抜いて」


 レナはティナの肩に手を乗せ、揉むように動かした。


「じゃ、ティナはもうちょっとだけ、作ってみようか」


「は、はい!」ティナは目を輝かせて返事をした。




「終わりにしようか、そろそろ回収の時間よ」


 レナはそう言いながら、背伸びをした。


「もうちょっとだけ、やっていってもいいですか?」


 ティナは、いまいち納得していないようだったが、明らかな疲労の色が見えた。レナはそんなティナに軽く声をかけた。


「仕事ってさ、くたくたになるまでやっちゃだめよ」


 そして今度はティナを気遣うかのように言った。


「明日もあるんだからさ」


 ティナは悔しそうな顔をしたが、レナがそういうならと引き下がった。そこへアイリーンがやってきた。


「回収の時間よ、できた分を見せて」


「そこのテーブルの上にあるので全部です」


 レナの言葉に、アイリーンは山積みになったポーションをゆっくりと品定めをするように見る。


「うん、さすがね、全部大丈夫のようね、こっちはティナちゃんの分?」


「は、はい! よろしくお願いします」


 ティナがそう言うと、アイリーンはティナの作ったポーションをじっくりと見始めた。すると次々にポーションをとり、テーブルの上で右側と左側にそれぞれ分けると、ちょうど半分に分けられた。


「うん、このくらいね、こっちのポーションは効果が薄くて、いまいちね」


「そ、そんな、半分も駄目だなんて」


 ティナはがっくりと肩を落とした。


「ティナ、初めてでポーションが作れることがすごいのよ、おまけにアイリーンさんの『鑑定』で半分も合格するなんてさ」


「かんてい?」


 ティナは何を言っているのか分からないという反応だ。その反応を見て、アイリーンは答えた。


「私のスキルは『鑑定』といってね、ポーションの質なんかは見るだけで分かるのよ、まぁこのスキルがあるから、ここに来ることができたんだけどね、なかなかいないのよ、このスキル持ってる人って」


「初めての子ってその日は作れなかったり、作れても全部ダメだったりするから、ティナは自信をもっていいのよ」


 レナはティナを気遣うように優しく声をかけた。


「わたし、やっぱりもうちょっとやっていきます!」


 ティナはまじめすぎる性格からか、納得が言ってない様子だ。


「しょうがないわね、あまり無理しないようにね」


 レナ自身はあまり仕事に熱中するタイプではない。どっちかと言うと、冒険者の依頼を受けて、走り回っているほうが好きだった。しかし、自分も仕事初日はこんなだったと懐かしくも感じたのだった。


「ふふふ、じゃぁ帰るとき声かけてね」


「アイリーンさん、昨日、リサが施設から帰ってくるんです、もしよかったら……」


 レナがそういうとアイリーンの表情が変わった。それはレナが今まで見たこともない憎悪にも似た表情だった。レナはそれ以降の言葉を続けることができなかった。


 アイリーンはそのまま背を向けると、部屋から出て行った。


 なんだったの……今の……


 ティナの方を見ると気づいていなかったのか、効果が薄いと言われたポーションとにらめっこをしていた。


「じゃ、じゃあ、私は帰るけど、あまり遅くならないようにね、それと、これティナにあげるわ」


 レナはそういうと、棚からベルトに付ける位のポーチを差し出した。


「これは?」


「私が、この仕事を始めた頃に買ったものなんだけど、携帯用のポーション作成キットよ、私は結局使わなかったんだけど、ティナなら使うかなって」


「私が、この仕事を始めた頃に買ったものなんだけど、携帯用のポーション作成キットよ、私は結局使わなかったんだけど、ティナなら使うかなって」


 ティナはポーチを受け取るとじっとポーチを見つめた。


「レナさん、色々ありがとうございます」


 そういうとティナは嬉しそうに笑顔になった。


「いいのよ、気にしないで、じゃぁ私は行くね」


 あげてよかったよかったレナは満足した。


 帰る途中、リサとアズサの様子でも見に行ってみるかなぁと背伸びをしながら歩き始めた。



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