第13話 凄惨なる悪夢

 レナの目の前にはごちそうが広がっていた。目の前にあるのはティナの大好きなハンバーグだ。


 今日はティナの九歳の誕生日だ。


「おめでとう、ティナ」


 声をかけたのは、今より少し幼いリサだった。


「ティナ、誕生日プレゼントだよ」


 ティナに誕生日プレゼントを渡したのは、四十代の男の人だった。この人はリサとティナの父親だ。


 同じく四十代の女の人が料理を持ってくる。持ってきたのはサラダとパンだった。この女の人はリサとティナの母親だ。


 レナには親がいない。父親は冒険者を生業としていた。レナがまだ小さい時に長く続く戦争に義勇兵として参加して命を落とした。そして母親も後を追うように病気になり命を落とした。


 レナの両親とリサの両親は親友同士だったようだ。リサの両親は、孤児院に入れられそうだったレナを引き取って育ててくれた。


 レナを自分の子供のように、リサやティナと同じ位の愛情を注いで育ててくれた。


 やがてレナのスキルが発現した。レナのスキルは珍しいスキルで当時話題となったが生産系と判定され、ポーションが作成できると判明した。将来の仕事としてポーション作成の仕事を紹介してもらえた。レナはこの時自分のスキルをポーションクリエイトだと思ったようだった。


 この時のレナはまだ幼く、若干六歳だった。


 早熟だったレナはリサの両親に一人暮らしをすると申し出たが案の定反対された。


 一人暮らしはその時はあきらめたが、ポーション作成の仕事はすぐ始めることにした。


 六年後、十二歳の誕生日を迎えたレナは再度一人暮らしを交渉した。学校の卒業を待たずに、学校とポーション作成の仕事を両立させていたレナに、ついにリサの両親も折れた。


 ただ、条件がついた。


 一人で暮らすのは学校を卒業してからにすること。


 家は近くにすること。


 今後一年間は三日に一回は夕食を食べに来ること。


 なんという過保護! とレナは思ったが、本当の両親ではないとすでに分かっていたため、レナは温かさを感じていた。


 一人暮らしを始めた後も何かと気を使ってくれた。レナにとってリサの両親は本当の親のように感じていた。




 レナはリサの家に来るのは久しぶりだった。一人暮らしをして二年が過ぎ、最初の一年は約束通り三日に一回は夕食を食べに行った。あとの一年は時々夕食を食べに来たものの、招待されたら行くという感じになっていた。


 リサはスキルがまだ発現していなかった。学校を卒業後、自力で仕事を決めることになった。


 専門的なことを学び、研究者として城に勤務するための学校に入学する道もあったようだが、無理無理! と言ってた。


 そんなリサが選んできたのはスキルに左右されない鍛冶職人に弟子入りという道だった。


 意外にも筋がよかったようで、たまにリサが作ったものが店頭に並ぶようになっていた。


 毎日なぜか自分の家でなくレナの家に来るリサとは、ほとんど毎日夕食を一緒にしていた。そして調理場の洗い物をして帰っていった。


 たまにティナからずるいと言われていたみたいだ。


「レナ、毎日リサが夜お邪魔して、大変じゃない?」とリサの母はレナを気遣うように言った。


「大丈夫よ、私も誰かと食事できてうれしい」


 自分が実は洗い物ができなくてリサが毎日やってくれているとは口が裂けても言えなかった。レナ自身、自分がこれほど片付けができないとは予想外だった。


「そんなこと言うなら、いつでもうちに来ていいのにねぇ」


 リサの母はティナを見ながら言った。


「そうだよレナお姉ちゃん、リサお姉ちゃんがだけずるい!」


 ティナは少し舌足らずな感じで抗議してきた。


「じゃぁもうちょっとだけ来るようにしようかな」


「やったー!」


 ティナは満足したようでハンバーグを口いっぱいにほおばった。


 それを見たレナもハンバーグを一口食べると、いつもながら不思議な味のするハンバーグだと思った。牛肉ではなく豚肉でもない、クセが多少あるがうま味がたっぷりで、気を抜くとついついに口に運んでしまうようなそんなハンバーグだった。


 ティナはこのハンバーグが何よりも好きだった。




 レナは自分の左目をしきりに気にするリサが気になって声をかけた。


「どうしたのリサ?」


「なんだか左目が……」


 リサは自分の手で目を抑え始めた。


「ん? もしかしてスキルの発現が近いかな? んー、やはりスキルは遺伝によるものではないのか……」


 リサの父は研究者で、城で主にスキルについての研究をしていた。


 リサの父と母はスキルが発現していなく、その子供であるリサにスキル発現の予兆が現れたことに興味を持ったようだった。


「あなた、やめてくださいなこんな時に」


「あ、いやーすまんすまん、ついな」


 リサの父は頭の後ろに右手をまわし、苦笑いをした。


「ごめん、ちょっと目洗ってくる……」


 リサは立ち上がり、洗面台の方へ速足で行った。


「スキルの発現ってそんなに分かりやすいものだったかしら?」


 リサの母は心配そうな顔をしてリサの父に問いかけた。


「いや、普段なら気づかないくらいのはずだが」


 レナは、自分のスキル発現の時を思い出そうとしていた。確かにレナ自身もいつ発現したか思い出せないくらいであった。


 ポーションクリエイトではないと気づいた時のことは覚えているが、そのことはもはや人生の汚点だ。


 リサは洗面台から、フラフラといった感じの足取りで帰ってきた。


「父さん、目が…痛いよ、助けて」


 リサは今にも泣きそうな声で助けを求めてきた、その左目の瞳は紫色に染まっていた。


「まさか!」


 リサの父は何かに気づいたようで、ものすごい剣幕で叫んだ。


「お前たち! 早く家から出なさい!」


 その言葉にレナとティナは何が起こっているのか理解できず、狼狽えるばかりだった。


 しかし、リサの母は何かを察したようでティナを抱えレナの手をつかんだ。


 リサは悲鳴のような叫び声をあげた。


「熱い! 目が! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 そして、レナは見てしまった。




 リサの父の頭がまるで内側から爆破されたようにはじけ飛んだ。




 リサの父の体が内部から軽くはじかれたように爆散した。




 レナとティナをかばう様にして、リサの母の体がいとも簡単にはじけ飛ぶ様子。




 そしてレナとティナの体はその血肉をかぶり真っ赤に染まった。




 ティナはショックのせいか固まったように動かなくなってしまった。




 リサは叫び続けたままだ。


 レナの心は恐怖に染まった。


 とにかく逃げなきゃ。


 動かなくなったティナを抱き抱え、扉を目指して走った。


 扉までの距離が長く感じられた。


 いつもは気にしたことのないの距離と時間。




 殺される…。




 レナは扉を開け放つと、血で滑り、ティナを落としそうになった。


 立ち止まっている時間はない。


 そのままティナを右手で外へと押し出し、自分の体も外に投げ出した。しかし、左肩と左腹部に激痛が走った。思わず振り返ると肩から先が無くなっていた。






 レナは飛び起きた。大量に汗をかいていた。


 心臓は爆発するのではないかと思うくらい、激しい鼓動を繰り返していた。


 レナはしばらく体を動かせなかった。恐怖で委縮してしまっているようだ。


 ゆっくりとベッドを見ると、そこには静かに寝息をたてるリサがいた。


 意識がまだ夢から完全に戻ってきてないレナは一瞬恐怖に襲われた。しかしその恐怖を抑えるように深呼吸をして呼吸を整えると、平常を保てるようになった。


 レナは自分の汗に気づくとこのままじゃ寝れないと着替えを取り、洗面所へと向かった。


 服を脱ぎ、義手を外して自分の体を鏡で見た。


「相変わらずいい身体じゃない?」と自分に問いかけるように言った。


 鏡に映った身体は、左肩から先が無くなっていた。


 背中から左腹部にかけて大きな傷跡が残っている。


 レナはしばらく自分の身体を見ていた。すると一瞬だけ身体中に稲妻のような光がバチッと小さな音を立てて駆け巡った。


 「いけない」とレナはつぶやき義手を装着した。


 左手の動きを確認すると、水に浸した薄手の布を両手で強めに絞り身体を拭き始めた。


 そして持ってきた服に着替えてもう一度鏡で自分の顔を見ると。


「情けない……」とつぶやき部屋に戻っていった。


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