第10話 リサ(4)

 夕日が沈み、暗くなりかけてきたころ、アイリとアズサが家にやってきた。


「おっす!」とアイリが軽く挨拶をすると、隣でアズサが無言でなぜかピースをして、来たよとアピールしていた。


 いらっしゃいと、レナが二人を家の中へ招き入れた。


 二人が家に入ると扉を閉めて、振り向くと、リサがテーブルの前に立っており、アイリとアズサを見ていた。


 リサは、久しぶりに会う二人の親友を前に緊張しているようだ。


 アイリは無言でリサを見つめている。


 アズサは背負っていた大きなバッグを降ろすと、リサと無言のまま見つめ始めた。


 思えば、あの事故が起きて、二人に別れを告げることもできずに、三年間施設に入った。一言でも何か言いたかっただろう。そして、今、リサの頭の中にあるのは、先ほどティナに拒絶された恐怖だろうか、アイリやアズサにまで拒絶されたら、どのような感情が駆け回っているのだろうか。


 そしてリサは覚悟を決めたように声をかけた。


「ひ、久しぶり……」


「リサ……」


 アイリの目尻はうっすらとひかり、アイリは目を軽くこすった。


「……」


 アズサからは反応がなく、うつむき、無言のままだ。


 リサは反応がないアズサを見つめ、やがて目を閉じ、拒絶される覚悟を決めたようだった。


 しかし、アズサは肩を震わせ、我慢できないとばかりに大声で泣き出した。


「え、アズサ?」


 声を出したのは意外にもレナだった。


 いつも冷静で抜け目がなく口数も少ないアズサが、今まで聞いたことのないくらいの大声で泣き出している。レナはこんなアズサの姿は予想していなかった。いや、ここにいる誰もが予想はしなかっただろう、アイリも驚いた表情をしている。リサにいたってはもうどうしたらいいのか分からず「アズサってこんな性格してたか?」と騒ぎ出す始末だった。


 アズサは泣いたままリサの胸に飛び込んだ。


「リサぁ、おかえりなさい」


 リサはアズサの頭を優しく撫でるように手を乗せた


 それを見た、アイリはリサの頭に手を乗せ「おかえり、リサ」と笑顔でいった。


リサはにこっと笑顔になり「ただいま」と答えた。


 レナはその様子を見てほっとすると、三人に「じゃぁ、ご飯にしようか」と声をかける。


しかし、アイリはぐるっと家の中を見渡した。


「ティナはどこにいるんだ? ちゃんと三人で話せたか?」


「それが、ダメだった、まだ、時間が必要にみたい」


 レナは言いにくそうに言った。


「そうか、あとでおいしい食事もっていってやろうぜ」


と、アイリはウィンクした。


「もちろんよ! リサ、テーブルに食事運ぶの手伝って」


「あいよ!」


 


 テーブルに並べられていく食事を見ながら、アイリは「すげー、ごちそうじゃん!」と騒ぎ始めた。


 テーブルの上には、少し気取ったガラス製のグラスが輝いており、堂々と真ん中に陣取った大皿に、たっぷりのフルーツの盛り合わせが乗せられていた。さらにその両隣には、濃厚で食欲を刺激する香りのコンソメスープが入った鍋と、ブラックバッファローの肉で作られたローストビーフが、かたまりでドーンと、木製の板の上で存在をアピールしていた。


 さらに焼きたてのふわふわで柔らかそうな白いパンが、木製の大きめの皿に所狭しと並べられていた。


 そして今まさに、レナは何かを作っており、それがまた、たまらなく美味しそうな香りを出していた。


「くぅ、やべーよやべーよ」


 アイリのテンションは最大まで上がり、語彙力が死滅した。


「そうだ……美味しいお酒を買ってきた」


 大泣きからいつもの調子を取り戻したアズサは、先ほど扉の近くに置いたバッグを開くと、次々にお酒の入ったビンをテーブルに並べ始めた。


「お酒! お酒もあるのか?」


 まっすぐに飛びついたのはリサだった。


「リサってそんなにお酒好きだったっけ?」


 レナは疑問に思った。


「いやぁ、施設ってさ、娯楽が何もなかったんだよねぇ、ただ、食べ物とお酒はある程度は融通きいてさ、もう食べて飲むしかないって感じ?」


 レナはあの監獄のような施設を思い出し納得したが、問題はそこではなく、娯楽が何もないようなところに、三年間もいたのかと、しばらくはリサを甘やかしてやってもいいかなと思ったのだった。


 しかし、食べて飲むしかないと言った割には、リサの体はレナと同じくらい細く見えた。食べた分はどこに行ったんだ? と疑問に思ったが、三年前とは比較にならないリサの胸を見て、その疑問もきれいさっぱりとなくなった。そして、自分の胸を見て、リサに密かに対抗心を燃やすのであった。


「うう、急に寒気が」と、リサは身震いをした。


 アズサは持ってきたお酒をすべてテーブルに並べ終えた。


 並べられたお酒を見ると、ワイン、ウィスキー、ブランデーとアズサの外見からは予想できないようなお酒が置かれた。


「寒いならさっそく……」


 アズサは自前のオープナーをバックから取り出し、ポン! と爽快な音をたててワインのコルクを開けた。そしてテーブルに置いてあるグラスに、コプコプコプっと、グラスの半分ほど注ぎ、リサに渡した。


「おいおい、もう飲むのか?」


 アイリはまだ料理をしているレナのことを気遣ってか、アズサに問いかけるも


「大丈夫……食前酒……変な気を使う方がレナには負担になる」とアイリの考えていることを察したように言った。


「そうよ、こっちももうすぐできるから」


「そんなもんか?」


 リサは二人の会話を気にすることなく、ワインを一気に半分ほど飲み、「このワインうまー!」と、嬉しそうに声をあげた。


 ゴクリっと、アイリは喉を鳴らし、我慢できんと「あ、あたしにもくれよ!」と、アズサからワインの入ったグラスを受け取った。一口飲むと「ずいぶん、いいワインだな」とグラスに入ったワインを眺めた。


「わかる?」


 アズサは自分のグラスにワインを注ぎ始めた。


「あぁ、一応な、きれいだな」


 アイリはワインをランタンの光に当てて、そこから見える景色を楽しんでいた。


「今日、貿易商が町に来てた」


「あぁ、なんかそんな手続したな」


「この国じゃ手に入らないお酒がいっぱい売ってたから、良さそうなの買ってきた」


 アズサはワインを一口飲むと、満足したような顔で無言でうなずいた。


「いやぁこれ、高かったんじゃないか?」


「今日、臨時収入が入ったから、特別」


「あぁ、あのワイバーンかぁ」


「ワイバーン?」


 先ほどまでワインをゆっくり飲んでいたリサが、会話に混ざってきた。


「あぁ、レナとアズサ、冒険者の資格とってな」


 アイリはワインを一口飲む


「今日、ワイバーンが町に入ってきてさ、レナとアズサで討伐したってわけ」


「すごいな、てか、二人ともそんなに強かったのか?」


「これでも、ここまでになるまで、結構苦労したのよ」


 そういうと、レナは完成させた最後の料理を、テーブルに運んでくる。


「じゃーん、そのワイバーンの肉で作った角煮よ」


 レナは角煮を乗せた皿を五皿、木のトレイに乗せて持ってきて、四皿をテーブルに並べていった。


「え……」


 アズサは、ワイバーンの肉は硬くて臭くて、食べれないって言ったじゃないと、言いたげな顔をしている。


 アイリは、角煮を見ながら、なにやら絶句している。


「おー! うまそうー!」


 リサだけが、角煮を見て子供のように目を輝かせていた。


「もうお腹ペコペコだよ、早く食べようぜ」


 リサはもう待ちきれんとばかりにナイフとフォークを持ち出した。


「レ、レナ……ワイバーンの肉は……」


 アズサは顔を青くして口をパクパクしている。


「わかってるわよ、とにかく、食べてみてよ」


「いっただっきまーす!」


 リサは角煮を一口サイズに切ると、口の中に運んだ。


「ん! なんだこれ! すげーうまい!」


 それを聞いたアズサは、いったい何が起きているのか、という顔をして、角煮を口に運ぶリサを眺めていた。そして、恐る恐る、ナイフとフォークを手に取り、角煮を一口サイズに切ると、その柔らかさに衝撃を受けたようだ、そしてそのまま口に運ぶと、第一声。


「うまぁ……」アズサの顔がホロリと綻びた。


 ハッと我に返ったアズサは「ワイバーンの肉がこんなにおいしいなんて聞いたことない……」とレナに疑問を投げかけた。


「それがね、ワイバーンの肉って確かに臭みが凄いんだけど、その分、奥に旨味が凝縮されているみたいなのよ、臭みをとにかく取ってあげて、柔らかくしてあげれば、美味しく食べれるってわけ、柔らかくしたのは、密閉した鍋でとにかく茹でることね」


 レナは自慢げに説明するが、リサとアズサは角煮に夢中になっていた。


「って、聞かんかコラー!」とレナは声を上げるが笑顔になり、角煮に夢中になる二人を見つめた。


「レナ、お前……」


 アイリがまだ手を付けていない角煮をじっと見ながら話かけてきた。


「ん? なに?」


 レナはアイリの不気味な態度に気が付くと何を言い出すんだと構えた。


「もしかして、今日のワイバーンの肉、全部引き取るとか言ってないよな?」


「引き取るわよ、こんなにおいしい角煮ができるんだから」と言いながら、一仕事終わったという具合に、ワインをグラスに注いだ。


「やっぱりレナか」


「ん? どうかしたのか?」


 リサが角煮をもぐもぐしながら、しゃべりだした。


「物が口に入っているときはしゃべってはいけません」


 アズサが子供に注意するように言う。


「解体屋で噂になってるぞ、お前」


 アイリは頭を抱え、はぁ、とため息をつくように言った。


「え、なんで?」


 とレナは言い、リサの後ろの壁に寄っかかって、グラスに注いだワインを口に含んだ。


「お前、ドラゴンイーターなんて言われてるぞ」


「ぶー!」


 レナは口に含んだワインをリサの頭に噴き出した。


「うわ! 何するんだよ」


「ご、ごめん」


 レナはゴホゴホと咳き込みながら、リサの頭を薄手の布で拭き始めた。


「じょ、冗談じゃないわよ、ドラゴンイーターなんて」


「そういえば……ギルドの人もそんなこと言ってた」


 アズサはコンソメスープを五人分皿によそい、一皿をトレイに乗せた。


「解体屋のおっちゃんと受付のお姉さんだわ」


 レナは二人ともそんなこと言ってたなと思い出した。


「まぁ、いいじゃないか、ドラゴンイーター、サンキュ」


 アイリはアズサからコンソメスープを受け取る。


「よくないわよ……」


 レナはリサの頭を拭き終わると、ローストビーフを切り分けて、木のトレイに一人分乗せる。


「僕も、ドラゴンイーターかっこいいと思うけどなぁ」


 リサは薄手の布を首にかけなながら、フルーツを小さな皿に乗せ、トレイに乗せる。


「ゴールド間近の冒険者だ、二つ名の一つや二つ、あってもいいだろ」


「んー、でもドラゴンイーターはなぁ」


 アイリはフワフワの白いパンを一つとり、これで完成だと言いながら、トレイに乗せる。


 木のトレイを見ると、ワイバーンの角煮、ブラックバッファローのローストビーフにコンソメスープ、ふわふわの白いパン、フルーツが乗せられていた。


「ティナに持ってってやろうぜ」


 アイリはリサに向かって言ったが


「いや、僕じゃなく、レナが持っていってくれないか? まだ、僕だと……」


 リサは頭の後ろに手を当てて、ニコッと作り笑いを作った。


 レナはそのリサの気持ちを受け取り「うん、わかったわ」と答え、料理をティナの部屋に持って行った。


「お前が持ってかなくてよかったのか?」


 とアイリはリサに尋ねるが、リサは「今日はいいのさ」と答えた。


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