第9話  リサ(3)

 レナは自分の家の前で深く深呼吸をした。扉を開ければティナがいるはずだ。

 そして、リサとティナが顔を合わせることになる。受け入れられるのか、それとも拒絶か……。


 三人でまた暮らしていきたいと願うレナにとっては、今後の人生を左右する瞬間のような緊張が襲い掛かっていた。


 もちろん、ティナが気を利かせて、何事もなかったかのように接してくれるとは思っていない。そしてそれでは意味はないだろう、言いようのない不安がレナを押しつぶそうとする。


「レナ、入ろう」


 リサはそんなレナを察するかのように言った。


「うん」


 レナは扉を開いて中に入ると、そこには、ティナがテーブルに肘をつき、椅子に座っていた。


「おかえりなさい」


 どこか真実味のない言葉が聞こえた。


 目の前にはティナがいる。


 だけど、ティナの顔は無理やりつくった、どんな顔をすればいいのか分からないと訴えている笑顔だった。


 レナの心臓は強く鼓動を打った。


 十二歳というまだ幼い少女が、見せた一生懸命の笑顔。


 それはとても残酷で、儚かった。


 誰に向けた笑顔?


 それはレナとリサの二人に向けられていた。


 『あの人はお姉さんなんかじゃない』と今朝言い放った少女の『おかえりなさい』。


 精一杯考えて、考えて考えて考えて、考え抜いた先の笑顔。


 ティナはリサを嫌いなんじゃない、嫌いなわけがない。


 自分ではどうにもならない、記憶の奥底にへばりついた、ヘドロのような忌々しい記憶のせいだ。


 レナは、ティナのその笑顔から目を離せずにいた。


 リサは、まだその笑顔に気づいてないのか、『おかえりなさい』と言われたことが、うれしく思ったのか「ただいま」とティナに返した。


 すると、ティナは何かを我慢するように、前かがみになり、自分の両腕で、強く自分を抱きしめた。


 ティナの様子はさらに変わっていった。ティナは自分の腕の骨が折れてしまうのではないかと思うくらい、何かから逃げるように、力をいれて自分を抱きしめた。


 そして徐々に体が震えだした。だんだんと体の震えが強くなり、もう我慢できないとばかりに、立ち上がり、レナの前を通り「ティナ待って!」というレナの静止も聞かずに二階へと駆け上がり、自分の部屋へと駆け込んでいった。


 リサは、その行動がどんな意味するのか察したようで、その場で膝から崩れ、塞ぎこんでしまった。


 レナはティナを追いかけて、ティナの部屋の扉の前に来ていた。


「ティナ……」


「レナさん、わたし、やっぱり……」


 ティナの声は、すすり泣く声に交じり、弱々しく、レナの心に響き渡った。


「ティナ、頑張ったね」




 レナは数分の間、考え込むと、「よし!」と気合を入れなおす。


 階段を降りると、リサは座り込んでいた。


「リサ、ちょっと手伝ってくれる?」


 レナはリサにいつもの明るい調子で声をかけた。


 その明るい調子に驚き「パーティ、やるの?」と聞き返した。


「パーティとは違くなっちゃうけど、ご飯、つくろうか!」とさらに明るい調子で答える。


「僕、とてもそんな気分じゃ」


 リサは、ティナがあんな状態なのに? と言いたげな表情をしている。


 レナはリサの言い分も重々承知の上だと言わんばかりの勢いで「やるの!」と強気に答えた。


 その強気の態度にあきらめたのか「分かったよ」と答えた。

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