第20話

「私の可愛いマンディは元気かしら?」


 奥様はうつろな目で尋ねた。


「はい。アマンダ様は毎日、健やかにすごされています。先日は森で狩りをして、見事すばしっこいと言われている野ウサギをしとめられておりました」

「まあ、あの子が……狩りということは、もうあの子は知っているのね。本当は私たちの口から伝えなければいけないのに……可哀想なことをしたわ」


 奥様はそうして、さらに顔をくもらせた。


「……それが、まだ。実は私からも、旦那様からも、アマンダ様に真実は伝えられていないのです」

「じゃあ、まだあの子は自分を偽ったままなのね」


 奥様は顔をふせた。

 自分の子供の人生の不憫さをなげいているのだろう。

 しかも、その子供の人生が犠牲になったおかげで、自分が助かり、生きながらえた奥様は誰よりも負い目に感じているはずだ。


「奥様、あの手紙は本当なのですか。私は、その本当に……?」

「私には分からないの。でも、国王から直々に声がかかったの。とは言っても、すぐじゃなかったわ。国中の黒髪の娘をあたって、それでもダメだったと」

「でも、私は前世の記憶なんてありませんし、特別な力もありません。きっと何かの間違いです! 間違いのはず! 間違いに違いありません……」

「でも、それを決められるのは私たちじゃないの。あなたには本当に苦労ばかりかけて……マンディとともに辺境の地にまで追いやられたらと思ったら、急にこちらに引き戻したり。ホント、身勝手よね……ごめんなさい」


 奥様はそう言うとぽろりと涙を流した。

 奥様は心の優しい人だった。


 お嬢さまあてだと思った手紙は、奥様から私にあてた手紙だった。

 そこには、王国が凶作に見舞われていること、そしてその凶作の原因は神のお告げを守らなかったことが原因だと書かれていた。


 次に国を治める人間と異世界からやってきた少女が結ばれることが、この王国が繁栄を続けるためのお告げだった。


 そして、異世界からやってきた少女はあのある日突然学園に現れた、黒髪の美夢という少女のことだとみんな思っていた。そう、お嬢さまは彼女のために王太子の婚約者という役割をつとめ、自分の性別も知らずに、勝手にしかれたレールの上を走らされていた。どんなに苦しくても、休みたくても許されずに。


 それがある日、レールが消えて、王国から追放された。

 王太子の婚約者として育てられてきたお嬢さまが、いきなり侍女をひとりだけつけられて隣国にある森の近くの小さな家に住まされる。

 これがどんなに残酷なことか分かるだろうか。

 それでも、お嬢さまは毎日に小さな幸せや輝きを見つけ出していた。

 ずっと、そんな時間が続くと思っていた。


 それなのに、今度は異世界からやってきた少女が偽物だったと知らされ、その上で本物は私……ソフィーかもしれないから、早急にソフィーだけ王国に戻ってくるようになんてあまりにも身勝手な話だった。


 だけれど、私がもどらなければ王国は向こうから出向いてくる。

 そして、力ずくであっても私を王太子と結婚させるだろう。

 この王国とはそういうところなのだ。

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