第19話
お嬢さまの部屋にはいると、少しだけお嬢さまの香りが残っていて、胸が苦しくなった。
今頃、お嬢さまはどうしているだろうか。
こんな暗いところにいると心配な気持になってしまう。
でも、私がここに来たらお嬢さまには手出ししない約束だ。
こことは違って、あの森の側の小さな家は光が降り注ぎあたたかい、居心地のいい場所だ。
畑もあるし、食料の備蓄も、公爵家から頼っていたような紅茶のような自分たちで作れないような嗜好品いがいは、十分に保存されている。
それになんていってもお嬢さまだ。
お嬢さまは森で狩りもできるし、近くの農場を手伝って牛乳や卵を分けてもらうこともできる。
そして、なによりもあの誰にでも優しいお嬢さまは農場の人々からも好かれていた。なにかあれば、全力で手を貸してくれるだろう。
お嬢さまならきっと大丈夫。
だけれど、胸がこんなに苦しいのはなんでだろう……。
考えてみれば、お嬢さまとこんなに離れるのは初めてかもしれない。
私は今までの人生、常にお嬢さまの側にいた。
お嬢さまのすぐ側にいるのが当たり前のことだと思いすぎていた。
側にいすぎて、お嬢さまの存在がどれだけ大きいか気づくことができていなかった。
アマンダお嬢さまの部屋にいると、全てがお嬢さまとの思い出であって、私はお嬢さまと離れてしまったことをより強調していたたまれなくなり、思わず庭にでた。
庭は以前、私たちが屋敷に住んでいた頃の面影も残していなかった。
植物は枯れ果て、地面は乾き、ひびがはいっていた。
お嬢さまがお気に入りだった、薔薇も枯れてしまっていた。
「可哀想に……」
今までの街並みや屋敷の荒れ果て具合にはただ驚くばかりだったけれど、そのとき初めて感情が言葉になってでてきた。
たぶん、王国には何の未練もない。
けれど、お嬢さまが大切にしていた薔薇はお嬢さまとの思い出の一部であり、これを見たらお嬢さまが悲しむだろうとおもったから。でも、幸いなことにお嬢さまはこの景色をみたり、枯れた薔薇をみて悲しむことはないだろう。追放されているから。
「ねえ、もうちょっと頑張れない?」
私は薔薇の花に話しかける。
枯れてしまっている薔薇だからもう無理だろうとは思いつつ、お嬢さまの部屋にもどり、水差しをとってきて、その水を薔薇に与えた。
普段、畑仕事なんかをしているせいもあるのだろう。
このままお嬢さまが大切にされていたものの一つが形もなく朽ちるのをそのまま見ていること何てできなかった。
できることはやった。
私はそう思って少しだけ満足する。
何もしなければ後悔するけれど、何かしたというのは結果がどうであれちょっとだけ達成感があった。
「戻ってきてくれたのね……」
一仕事終えて、私が一息ついていると、後ろからやわらかな声が聞こえた。奥様だ。
美しかった金色の髪はすこし白くなり、深い湖のようだった瞳は少し晴れないけれど、確かにそこにはお嬢さまに面影がある女性。公爵家の奥様がいた。
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