第18話
「身寄りの無い、お前を引き取り育ててきた。ソフィア……お前は娘同然。そして、お前には今日喜ばしい知らせがある」
公爵様は私を前にすがるようにして言った。
何を今更。確かに、身寄りのない私はこの家のおかげで生きて来れた。
私はこの家のこと、お嬢さまのこと以外なに一つ記憶がないくらい小さなころからこの公爵家で、使用人として育てられてきた。
恩義を感じないわけではない。随分よくしてもらった。
食べるものにも着るものにも困らず、屋根のあるところで寝せてもらった。
そして、お嬢さまとも出会うことができた。
小さなころからお嬢さまの一番側にいることができた。そのことについては感謝している。
だけれど、娘として育てられた覚えはない。
あくまで、私は使用人だ。
そして、公爵様はいままで一度だって、私の名前を呼んだことが亡かったではないか。
だけれど、今ここにいる使用人である私には逆らう術はない。
おとなしく公爵様のいうとおりにすること以外。
「わかりました」
私は感情なく答えた。
「そうか、きっとこれはお前にとってこの上ないよい話であり名誉になる。ソフィア、お前がほこらしい。さあ、久しぶりに娘が帰ってきたんだ。今晩はゆっくり休むといい。そうだ、部屋は西の部屋を使ってくれ」
公爵様は嬉しそうにいう。西の部屋は屋敷のなかでいちばん温かく、言い部屋だ。そう、アマンダお嬢さまの部屋だった場所。
「一つだけ聞いてもいいですか」
「ああ、もちろんだとも」
「私が、従えばお嬢さま……アマンダ様には危害を加えないと約束してもらえますか」
公爵様はアマンダ様の名前を忘れていたかのように小さな間があった。そして、
「ソフィアよ。公爵である私にはなんの権限もないんだ。明日、自ら君が、願いでてみるといい」
その顔には疲労の影が浮かんでいた。
ああ、やっぱりだめな人。
私はあきれながらその場を去った。
西の部屋に向かいながら、屋敷の様子を観察する。
荒れ果てていた。
かつては、あたたかな光が降り注ぎ、庭では小鳥が歌い、いつも花の香りが漂っていた公爵家の屋敷は薄暗く空気は凍るように冷たかった。
馬車にのっているときから、王国の様子は異様だった。
こんなに短い時間で荒れ果てるなんてありえない。
美しかった街並みは荒れ果て、建物には亀裂が走っていた。
広場の噴水もかつてはそこで人々が憩いの時間を過ごし、歌を歌う者、曲芸を見せる者もいて笑い声が絶えなかったのに、いまでは人どころかその噴水の水まで涸れ果てている。
いくら、凶作だからってこんなことは起こりえない。
どんなに、あのお告げに全てを頼った国王がまぬけだったとしても、凶作のせいで建物まで風化させるなんてことは不可能だ。
国王がまぬけだからって、他の貴族や国民全員がまぬけな訳ではない。なにかしらの備蓄や政策、近隣への助けをもとめるなど方法はいくらでもあるはずだ。
お嬢さまが王太子の婚約者として、家庭教師の先生がきていたときもそういう場合の他国の例などを話していた。
その話からすると、一年やそこらでここまで荒れ果てるはずはなかった。
そう、これは……口にしたくもない信じたくもないが、この国が今まで従ってきたお告げが本物だと示しているようだった。
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