第6話

「ねえ、ソフィー。私最近、変なのよ。なんかお洋服が少しきつくなったみたい。太ったのかしら?」

「こちらの食べ物は美味しいですものねえ」


 と私は曖昧に微笑んだ。

 普通の侍女ならば、自分のお仕えするお嬢様がこんなことを言えば、本当に太っているか、またはお嬢様が妊娠していることを心配する。


 だけれど、アマンダお嬢様は太ってはいない。

 ちょっと、たくましくなっただけだ。


 追放されて、この森の側の小さな家(当社比)に引っ越してきてからお嬢様はよく食べ、よく笑い、よく動くようになった。


 おかげで最近、生まれてから一度も日にあたったことが無いような真っ白だった肌は、うっすらと健康的な小麦色になってきていた。

 そして、行動も活発だ。


 以前は、王太子の婚約者として優雅で淑やかな動きをしていたが、今日なんて「畑を耕してきたわ! 体をうごかすって気持ちがいいわね」なんて言っていた。

 どうやら、近くの農場を見学させてもらっているうちに、自分でもやってみたくなったらしい。家のすぐ側にある畑を拡張すると言っている。


 そんなわけで、毎日を楽しくすごすお嬢様の体は今更ながら遅れてきた成長期を迎え、どんどん逞しく……というか男らしくなっていった。

 もともと、折れてしまいそうなくらい細い体に、筋肉がついて、それはもう芸術家たちが掘る彫刻のように美しい。


 少年と大人の男の間の絶妙な時期といえばよいのだろうか。

 お嬢様の体はまだ、コルセットで締め付けたり、ドレスの形を工夫すれば今まで通りのようにみえるけれど、もうじき、今の服は着られなくなるだろう。着心地は随分悪いはずだ。


 そんなわけで、当初お嬢様用として持ってきた服ではいろいろ不都合がではじめたのだ。


 お嬢様が男だと打ち明けるのは今がチャンスかもしれない!


 そうだ。この機会に身長するお洋服をすべて男ものにすればお嬢様も気づくはず。

 しかも、その男物がお嬢様の体にぴったりサイズがあうとしたら……いくら鈍感というか世間知らずなアマンダお嬢様でも何かしらの違和感くらいは覚えてくれるだろう。


 そうと決まれば……私は公爵家に手紙を書いた。お嬢様が成長されていること。そして新しい服を必要としていることを。


 そう、お嬢様は追放と言う形をとったけれど、お嬢様の実家である公爵家とは私が連絡をこまめにとることになっている。

 なんせ、お嬢様は国の運命を握る出会いのために重大な役割を果たされたのだ。

 ご本人の知らないところで。

 だから、公爵家は没落などしないし、それどころか国からは十分な褒美と保証が与えられている。


 知らないのは、男として生まれたのに女として育てられたお嬢様ばかり。

 本来なら、公爵様本人がお嬢様に伝えるべきだ。本当は“男”だということを。

 だけれど、公爵様はお嬢様が追放を言い渡されたあと、お嬢様と顔をあわせることなく、馬車に乗せた。


 私は公爵様が憎かった。

 大切なお嬢様にちゃんと向き合おうとしない。

 きっと、以前この家が没落していたというのもそういうところが原因なのかもしれない。


 本当は、言うべきなのだ。

 お嬢様は男であり、国にとって大変重要な役目を果たしてきた。

 もう、自由にいきていいんだよって。


 そうすれば、きっとお嬢様だって、肩の荷が下りる。

 そして新たな人生を歩み始められるだろう。

 こんな辺鄙な場所で、隠居老人のような生活なんかせず、都会にでてその美しい容姿から素敵なご令嬢と恋をして結婚したっていいのだ。

 今の公爵家なら、お嬢様にそんな生活をさせる余裕だってあるというのに……。


 なぜだろう、ちょっとだけ胸がいたい。

 お嬢様が誰か素敵なご令嬢を見つけて結婚すると考えると。

 長年、一緒に過ごしてきて、私は図々しくもお嬢様を妹のように思っていたのかもしれない。


 とにかく、一日も早くお嬢様が着心地のよい服を手に入れ、幸せな人生を送れるように、私は憎き公爵様に手紙を書いた。

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