第5話

 今日こそは言おう。

 私はそう思って、目を開ける。


「おはよう、ソフィー。もっと眠っていてもよかったのに」


 お嬢様は既に起きて身支度をしていた。

 トウモロコシの穂のような金色の髪をヘアブラシで梳かしているところだった。


「も、申し訳ありません。お嬢様」


 私は慌てて起き上がる。


「長旅だったから疲れていたのよ。もっと眠っていても良かったのに」


 お嬢様は怒るどころか、優しく微笑んでいる。

 なんていい人なんだろう。

 それにお嬢様はすごく綺麗だ。完璧な金髪にブルーの瞳。あの国の王族や貴族において美しいとされている特徴そのものを持ち合わせている。あの王太子とだって、黒髪の美夢という少女なんかより、ずっとお似合いだった。


 お二人が並べば、まるで物語にでてくる完璧な王太子様とお姫様だった。

 実際は男同士なんだけれど。

 私が、あらためてお嬢様の美しさにほれぼれしていると、


「で、私に言わなくちゃいけないことってなに?」


 とお嬢様は私に質問をした。

 えっ、お嬢様……もしかして、気づいているの?

 自分が男なのに女として育てられたことに。

 一体、いつ気づいたというのだ……。


 だけれど、もしかしたら勘違いかもしれないので一応確認しておく。


「お嬢様、その話を一体どこで?」


 本当は主人からの質問を質問で返すのはよくない。

 だけれど、この場合は仕方ないだろう。公爵様に報告するにしても、どこから情報が洩れていたのか確認する必要がある。


「え? ソフィーがさっき、『お嬢様に今日こそは言おう』って言ってたけど、もしかして寝言だったの?」


 お嬢様は「あらら」という感じで口元に手をもっていき驚く。ああ、お嬢様の手は本当に美しい。すらりと長い指はピアノを奏でるように存在するといっても過言ではないくらい、あの手は優しく、そして性格にピアノの鍵盤を撫で素晴らしい演奏を行ったものだ。

 その演奏は完璧でありながら、どこか官能的であると言われ、人々はお嬢様の演奏を聴くのを熱望した。


「はい、寝ぼけてました」


 私はそういって、ほっとする。

 どうやらまだ、お嬢様は自分が男だということに気づいていないようだ。


「ほら、ソフィーあなたの髪も梳かしてあげる。こっちにいらっしゃい」

「で、でも……」

「小さい頃はよくこうやって遊んだじゃない。それに私はもう公爵令嬢ではないのよ」


 そういって、私をドレッサーの前に座らせる。

 お嬢様は私の髪をまず、粗い櫛でほぐす。お嬢様のと違って、黒く太い私の髪は手がかかるのだ。


「せっかく素敵な髪なのだから、伸ばせばいいのに」


 お嬢様はそんな風にいうけれど、私はこの黒髪が大っ嫌いだ。まるで邪悪なベールを被っているみたいだから。

 私は静かに首を振る。


「私は好きよ。ソフィーの髪。神秘的だし、黒は女をミステリアスに見せてくれるわ。それに、黒なら秘密も上手く隠せる……はい、できたわ」


 やっぱり、お嬢様は何か気づいているのではないか?

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