第3話
「どういうこと? ここはどこなの?」
馬車は休み無く進んだ。
夜明けとともに付いた場所は私が予想していたのとは全く異なる場所だった。
普通、罪を犯して追放となる貴族の女性が送られるのは、隣国との境界にある教会であった。
国が多額の寄付をして、常に監視できるようにした協会。
でも、我が国の中には存在しない、境目にある遠くて怖い場所。
石で出来た冷たい建物に固いベッド、具のない冷たいスープにカチカチのパン。そして私語は許されない。
全ての色は奪われて、黒と白、そしてぐるりと覆おう石の色だけでできた世界。
そんな怖い物語を私の国の子供は聞かされていた。
だから、悪いことをしてはいけないよって子供たちはみんな言い聞かされるのだ。
そんな場所ときいていたので、馬車を降りる前に侍女のソフィーは私の化粧を落とし、服を平民のものらしきものに着替えさせてくれた。
あまり華美な恰好をしていて目をつけられては大変だからと。
いままでドレスしか着てこなかったので、平民の着替えには手間取ってしまった。そしてソフィーはなぜだか顔を赤くして必死に着替えさせてくれた。
なのに、今私の目の前にあるのは絵本に出てくるような可愛らしい家だった。
緑豊かな森がすぐ近くにある。
家の隣には小さな畑まである。
庭には花や果樹が植えられている。
新しくはないけれど、よく手入れがされていて、あたたかそうな家だった。
今まで住んでいた公爵家の屋敷と比べればずっと小さいけれど。
それでも冷たい牢獄のような教会を想像していた私には天国のようにすばらしく思えた。
一体これはどういうことなのだろう?
その家には屋敷のような使用人はいなかった。
自分で何もかもやるのはお姫様のように育てられた私にはきつい。
それにソフィーも可哀想だ。
これが、罰なのだろうか。
私もソフィーも身の回りのことがすべて自分でできるわけではない。私は王太子妃になる教育は受けてきたけれど、それ以外は使用人がやってくれるから、さっぱりだし。ソフィーだって公爵家の令嬢の侍女としての仕事はできるが、普通の家事や料理はそれぞれ専門家に任せる生活をしてきた。
今更、できない。野垂れ死ぬように仕組んだということだろうか。
でも、頑張るしかない。
私についてきてくれたソフィーのためにも。
これくらい何とかしよう! なんとかできる!
そう思っていると、玄関の扉が叩かれた。
なんと、通いの使用人らしい。
屋敷のように住み込みの使用人はいないけれど、身の回りのことは通いの使用人がやってくれるらしい。
気を張って損した……。
「お嬢様がたお疲れでしょう。すぐに食事を用意します」
人の良さそうなおばさんは、ソフィーに声をかけて、ささっと台所にはいっていく。
おばさんは、なんでもこの近くに住んでいるらしい。
私たちがここにくる前から、この屋敷の手入れなんかで定期的に通ってきているのでこの屋敷のことも詳しいということだ。
おばさんから話を聞いている間に、ソフィーは寝室に私の衣類などの荷ほどきにいってしまった。暇なので、
「あの、なにか手伝いましょうか。といっても何もできないのですが」
照れながらそういうと、おばさんは、
「あら、都会から来たって言うから何も出来ないお姫様かと思ったけれど、素直ないい子だね。なにも出来ないなら教えてあげるよ」
そういって、私に簡単な指示を出す。野菜をあらったり、粉に水を加えてこねたり。なんだか初めての体験ばかりで面白い。
「思ったより力があるね、筋もいいよ」
おばさんは褒め上手だ。作業のポイントも教えてくれるのでわかりやすかった。
それになんだか楽しい。
食事はあっという間にできあがった。
パンにスープ。あと、作ってはいないけれどおばさんが持ってきてくれた豚肉の塩漬け。
シンプルだけれど、今まで食べたどんな高級料理よりも味わい深くしあわせな気分になった。
長旅の疲れもあるからはやく休んだ方がいいと、おばさんはお風呂を用意してくれた。
屋敷と違って、準備がすごく大変そうだ。
今後は温かいお風呂に入る機会は限られることは間違いない。
ただ、すぐ側に川があるので水浴びは気軽にできると聞いて安心した。
あたたかな湯を用意できたので、せっかくだからソフィーも一緒にお風呂に入ろうと勧める。これから先、当分あたたかいお風呂に入るなんてできないかもしれないから。
けれど、ソフィーは
「わ、わたしには仕事が……」
といって遠慮する。いい子なんだけれど、こういうとき遠慮ばかりして心配になる。
これじゃあ、人生損してるんじゃないかって。なーんて私の言えることじゃないか。冷え切ったからだに休息が必要なのは確かなので私は奥の手を使うことにする。
「じゃあ、主人命令。一緒に入りなさい。どうせ、髪も洗ってもらいたいし」
こうすればソフィーは逆らうことができない。ソフィーはすごくまじめなこだ。
それに申し訳なく思っている。公爵家のメイドだったのに、追放された令嬢のメイドとしてこんな田舎でくらすなんて侍女も大変だ。
すこしでも、彼女を労いたいと思ってお風呂に誘った。
お風呂からでて、ソフィーにクリームを塗ってもらいながら、今日一日を振り返る。
なんだか、王太子の婚約者であった私より、追放された令嬢の私の一日の方が充実していて幸せだった。
料理をしたり、本を読んだり、おしゃべりをしたり。
すごくリラックスできている。
もうコルセットで体を締め付けなくていいし、王太子の婚約者として指一本の動きにまで神経を使わなくてもよい。
それに、私はいままで気づかなかったのだが結構力持ちらしい。
王太子の婚約者だったときは、スプーンより重いものなど持ったことがないので気づかなかった。
なのに、今日はパンをこねたり、小麦の袋を運ぶこともできた。
どちらも、すごく簡単でどうしていままでやらせてもらえなかったのだろうと思うくらいだ。
使用人のおばさん曰く、この家には馬小屋もあって乗馬もできるし、近くにはピクニックにぴったりな場所、森の中には美味しい木の実が採れる場所があって本当にいい場所らしい。
なんだか幸せな日々が始まりそうだ。
へっくしゅん!
ちょっと問題があるとすれば、ここはちょっとだけ元々住んでいた屋敷より寒いことだろうか。
でも、大丈夫。
「ねえ、今日は寒いし一緒に寝ましょう」
私はそうソフィーに声をかけた。ソフィーを湯たんぽ替わりにする作戦だ。
「へっ、えっ?」
とソフィーは固まる。
「いいじゃない、子供のころはよく一緒にパジャマパーティーとかしていたもの」
「そ、それは、まだ子供だったからです!」
侍女はなぜだか少し怒る。
でも、そんなことは知らない。
だって、寒いものは寒いし。私の部屋でこれだけ寒いのなら、ソフィーの部屋はもっと寒いに違いない。風邪をひかせるわけにはいかないのだ。こんなところまで付いてきてくれた、大切なこの子に。
「いいから、一緒に寝ること。主人命令」
私は本日二回目の奥の手を使う。
すると、ソフィーはすごすごとベッドに入ってくる。
「おじゃまします」
そう言ったもののソフィーは落ちないのが不思議なベッドの端で横になる、毛布なんてちょこっとしかかかっていない。
「そんなんじゃ。だめよ。風邪引いちゃう」
もう仕方ないなあと私は自分からソフィーを抱きしめに言った。
やわらかくて、あたたかくて、いいにおいがした。
「ほら、これで温かいでしょ。風邪なんか引いちゃいやだからね」
私はソフィーに言い聞かせる。
私の大切なソフィー。
ああ、本当に幸せ。
追放も悪くないかもしれない。
そう思いながら、追放令嬢である私は眠りについた。
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