第2話
「お嬢様、本当にお美しいです。まるで、物語にでてくるお姫様のようです」
侍女のソフィーが私のスカートを少し直しながら褒めてくれた。
ソフィー子供のころから一緒に育ってきた大切な侍女だ。
今日のドレスもソフィーに選んでもらった。
大好きで小さいころから一緒に育ったソフィーに選んでもらったドレスを着ているのだから。
「当然よ。私は王太子妃になるんですもの」
なんて冗談をいつもならいうのに、今日は「ありがとう」というのがやっとだった。
ソフィーが選んだドレスは、いつも通り私によく似合っていた。
ハートネックになった襟ぐりにスカート部分はマーメイドライン。色は純白だ。私に清廉潔白なイメージをつけさせる目的だ。ただ、アクセサリーは一つ。首元に黒のベルベットのチョーカー。チョーカーの真ん中には婚約の品として王太子から送られた特大のダイヤがあしらわれている。
ベーシックな形にシンプルな色。そして最上の生地を使った私を一番美しく演出してくれるように、侍女のソフィーは私を飾り立てていた。いや、一番はちょっと言い過ぎた。ちょっと丈が長すぎる。もう少し脚を見せた方がバランス良く綺麗な気がする。
「いってらっしゃいませ」
私をクリスマスツリーのように飾るのが終わると、ソフィーはそういって、下がった。ちょっと、不安そうな顔をしている。
私は自分でも緊張していたけれど、ソフィーが不安な顔をしているのをみると悲しくなった。
ソフィーには悲しい思いをさせたくない。いつも笑っていてもらいたい。
そのためには、私は公爵令嬢として、王太子の婚約者としてこの場を切り抜け、安泰な未来をてにいれなければ。
さあ、私は上手く切り抜けることができるのだろうか。
□■□■□■□■□■
「アマンダ、君との婚約を破棄させてもらう」
王太子は言った。
しかも本気だ。私をアマンダと呼ぶのだから。
王太子は普段は私を愛称の「エイミー」と呼んでいる。自分ではしっくりこない似合わない名前だと思って、何度もやめてくれるように言っているのに全く聞き入れなかった。
やっと、その気に入らない愛称で呼ぶのをやめてくれるのが婚約破棄のときだなんて皮肉だ。
嘘だと思いたかった。
まさかこんな人前で、私に恥をかかせるような真似をするなんて。
言葉がでてこない。
「なぜですか?」
やっとのことででてきた言葉はこれだけだった。喉がカラカラと渇き、声がうまく出てこない。
しかし、王太子は待っていたとばかりに、ねつ造された私の悪事の数々を読み上げる。
悪事といっても、学園内で美夢をいじめたとか、嫌がらせをしたとか、そういう内容だった。
美夢は「なんて恐ろしい」という顔をして、王太子の影に隠れるように立っている。
「心当たりがありません」
私は本当のことを言う。
だけれど、周囲はざわついたまま、私の声なんか誰にも届く様子がない。
「……数々の悪巧みをもってして、お前をこの国から追放する」
私が何も言えないでいるうちに、私の心当たりのない罪は積み上げられて、最後に王太子はそう言い捨てた。
私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
嘘、こんなの嘘だ。
なんで、私がこんなに酷い目にあわないといけないのだ。
理解できない。
証拠といっても、ただ王太子が調べたといっているだけの紙切れをもとに。
だけれど、この場をみている王は何も言わない。
そして、私の父でさえも私のことを庇おうとせずにただ、現状を見守っていた。
警備の者たちが私を取り囲む。
なんでこんな茶番がゆるされるのだろう。
嘘だ、こんなことがあって言い訳がない。こんなの嘘だ。きっと、これは夢だ。悪い夢なんだ。早く目覚めなきゃ……。
□■□■□■□■□■
目を開けると、馬車の中だった。
隣には幼い頃からいつも一緒にいた、侍女のソフィーがいる。
私はソフィーに寄りかかるようにして眠っていたみたいだ。
ソフィーはすごくあたたかくて、甘くていい匂いがした。
「ああ、私眠っちゃったのね。パーティーにいそがなくちゃね」
良かった。夢だったんだとほっとする。
だけれど、同時にあんなことが起こったらと思うと怖くて仕方が無い。
思い出しただけでも、骨を凍らせたような恐怖感が体を支配する。
でも、あんなことが現実にありえるはずがない。
「ねえ、お化粧くずれたりしていないかしら?」
私はできるだけ、いつも通りの明るい調子でたずねるけれど、ソフィーは返事をしない。
静かに俯いたまま。
……なんで?
「大丈夫、疲れちゃった?」
私がたずねると、ソフィーはぽとりと涙を落とした。
「アマンダ様……私たちは、今、国境の付近におります」
国境の付近が意味すること。
それは、国外追放。
あれは夢じゃなかったのだ。
私は呆然として固まる。
「アマンダ様……おかわいそうに。私はずっと、ずっとアマンダ様の側におります。片時も離れません。だから、気を確かにもってくださいませ」
私はなにも言うことができなかった。
ただ、私を抱きしめているのか抱きついているのかわからない小さくてか弱い侍女と肩を寄せ合い、涙を流すこと以外なにも。
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