第2話

「お兄様、私欲しいものがありますの」


 一番可愛がっている末の妹にねだられた。


 どうも腕の良い職人がいるらしい。

 最近、色んな姫君たちが宝石とは違ったアクセサリーを着けている。

 どうやら、一つ一つ手作りで、宝石よりは安価で色も自由が利くらしい。なにより、伝統を重んじる宝石職人と違って、その持ち主にぴったりと似合う物をあつらえてくれるらしい。

 ありきたりで豪華な宝石よりも、持ち主を一番輝かせてくれると評判だ。


 妹も多分にもれず、そのアクセサリーが欲しいということだった。


 普通に注文しても一年以上待つという。

 それを待たずに、早く手に入れたいなんてワガママだが、男ばかりの兄妹でたった一人、しかも末っ子のいうことだからついつい甘やかして叶えてやりたくなってしまう。

 良くないことだとは思うけれど。


「分かった、手を尽くしてみよう」


 つい、願いを叶えたくなってしまう。

 もともと、女性の願いを叶えてあげるのは嫌いじゃない。

 妹に限らず自分の魅力を知って自信たっぷりな女性が、可愛らしくおねだりをする姿はなかなか魅力的だ。


 ちょっとした気遣いで、女性を満足させてやれるなら悪くない。


 ツテを頼って、アクセサリーの職人にあってみようじゃないか。なに、酒を差し入れて、他よりも少し多めに料金を払ってやるだけだ。通常とは違うルートで。本来なら、職人は中抜きされるところを俺が直接取引をすることによって手元に残る金が増えるし、こちらはこちらで可愛い妹が喜ぶ姿をみることが出来る。お互いにとって悪くない条件のはずだ。


 その職人の情報を集めると、不思議なことにその職人は伯爵家に住んでいるということだった。伯爵家お抱えの職人ということだろうか。住み込みで世話をしてやるほどの職人なんてきっと余程大切にされているのだろう。やっかいである。

 てっきり、街中に工房をもっている気むずかしい老人を想像していたのに。

 工房に出入りしながら、職人と仲良くなれればと思っていたのに、宛てがはずれた。


 しかし、妹にねだられて叶えてやると言った以上、ここで退くわけにはいかない。

 俺はとりあえず、その職人に会うため、直接伯爵家に以来の手紙をだした。

 すると、伯爵家からすぐに返事がきた。


 ただ、ちょっと抽象的というかもったいぶった感じの文面で。

 それでも、金に糸目をつけない旨をつげると、『一度アクセサリーの条件などを相談したいのでいつでも来て下さい』という旨の返事が来た。

 どうやら、伯爵家の婦人が金にがめついというのは本当らしい。


 もともと前妻のメイドだったのが、前妻の死をきっかけに屋敷を支配するようになったらしい。

 販売しているアクセサリーとは裏腹に、本人は高価な宝石や美術品などを買い集めて浪費しているなんて噂もきく。

 きっと、庶民から貴族に成り上がった金にがめついババアなのだろう。


 ***


 伯爵家に向かうと、やはり豪奢な宝石を見につけた女性が出迎えた。

 正直にいってあまりにあっていない。

 普通、宝石というのは年をとればとるほどその輝きにつりあいが取れていくというのに、目の前の中年女性は宝石が主役であり、本人は完全に宝石に負けている。

 白粉が厚くはたかれた肌は恐ろしく白く、口紅は毒々しい花の色をしていた。


 相手に気づかれないようにそっと眉をしかめた。

 女性のストライクゾーンは広い方なのだが、どうもこう言うタイプは女性というより別な存在に思えてしまう。


 応接室でお茶を勧められるが、気分が良くないので断る。貴族らしくない行為だと分かっているが、相手は平民出身だ。気にかけるほどではないだろう。

 代わりに単刀直入に尋ねる。


「最近、手がけられている品物が素晴らしいと聞きます。そちらを是非、手に入れたいと考えているのですが」


 これで注文を聞いてもらえば、運がいい。

 だけれど、伯爵夫人は案の定、顔をしかめる。

 厚く塗りすぎた白粉が、眉間の皺にあわせてぽろぽろと崩れ落ちた気がした。


「あいにく、注文が立て込んでおりまして~、もちろん予約は受け付けておりますが、なにぶん腕のよい職人がはじめから終わりまで一つ一つ丁寧に仕上げているのです。お時間はかなりかかることになるかと……」


 そう言って言葉を濁す。

 流石、平民出身。商売に長けている。

 噂では王女も予約者リストに入っているほどの人気ぶりだという。まあ、この国の王族は王族だからと言って特別扱いを好まないところもあるから自ら望んで予約リストの末尾に名前を書いたのだろう。

 王族の順番を抜かすような真似をするのは流石にまずいかと一瞬頭をよぎる。

 しかし、そんなことには負けてはいられない。


「そうですか、では、せめてその職人に会うことはできないでしょうか? あのように素晴らしいものを作る職人ならきっと面白い話が聞けると思うのですが」


 すると、伯爵夫人は間髪おかずに、


「無理です」


 ときっぱりとした口調で断ってきた。

 どういうことだろう。リストの割り込みよりはずっとたやすい提案だと思うのだが、その職人を横取りされるとでも思っているのだろうか。


「どうしてです?」


 きわめて冷静に聞く。

 しかし、伯爵夫人は首を振るばかりで答えない。

 ならば仕方ない。帰る旨の挨拶をして、その場を出る。

 一応、予約リストの一番下に妹の名前を記載しておく。


 そして、一度帰るフリをしたあと、「忘れ物をした」と言って伯爵の屋敷に戻った。

 伯爵夫人と執事はでかけているらしい。

 運が良い。

「とても貴重なもので、自分の目で確かめたい」と言って屋敷に上がり込む。


 そして出迎えてくれた伯爵家の使用人の目を盗んで、俺は屋敷の中で一番静かな場所に向かった。

 職人というのは気むずかしいやつが多い。

 あれほ誰にも会わせたがらないくらい隠す様子からきっと、喧噪から

 離れた部屋を与えられているだろう。


 そして、この屋敷で一番静かそうな部屋のドアをあけると、


「あなたはだれですか?」


 予想とは違ってか細い少女の声が出迎えた。

 ただ部屋の中に見える人影は深い緑のローブを着ていて、その姿形はしっかりとは分からない。ただ、声とそのローブの刺繍から女性であることは分かった。

 なんだ、はずれかと思いつつ逃げることができなかった。その少女の声には何故か惹かれたのだ。

 それに、いきなり入ってきた不審者として騒ぎになれば面倒なことになる。


 ちょっとだけ、甘い言葉を囁き、静かにしてもらうと同時に職人についての情報を聞きだそう。


「実は、この屋敷にお願いをしたい方がいるのです」


 嘘ではない。できるだけ母性本能をくすぐるようにあわれっぽく言う。すると、女性はさっきよりもちょっとだけ警戒を解いた。


「お願いというと、おとう・・・・・・伯爵様にですか?」

「いいえ、なんでもこの屋敷にはすごく腕の良い職人がいると聞きまして、その職人にあるものを頼みたいのです」

「職人ですか? そのような心当たりはありません」


 普通なら同じ屋敷にありながらそんなことはありえないだろうとツッコミをいれるところだが、その声はあまりにも純粋で、素直に聞いてしまった。

 そして、か細い声は不思議そうにこちらに尋ねる。


「職人に何をお願いする予定だったのですか。他の屋敷と勘違いされているのなら伯爵様に確認してみることもできますが」


 正体の分からない謎めいた職人。

 これだけで例のアクセサリーの価値はどんどん上がっていくだろう。


「いえ、いいのです。可愛い妹の婚約パーティーまでに特別なアクセサリーを送りたかったのですが・・・・・・この屋敷の方さえも知らないのなら、こちらの勘違いかもしれません」


 そうやってガックリと肩を落として見せた。(妹の婚約パーティーなんてずっと先のことだけれど、嘘も方便だ。)

 女性はしばし沈黙する。

 どうだ、これで話す気になるだろうか。まるで雨に濡れた子犬をみるような瞳がこちらに向けられている。

 もうすこしだ。きっと、次に口を開くとき、この女性は職人の居場所を言うだろう。


 しかし、目の前の女性の口からでたのは予想外の言葉だった。


「それはさぞお困りでしょう。もしよろしければ、わたくしで力になれれば。そのお嬢さまはどんな色が好きですの?」


 俺は仕方なく、目の前の女の話にあわせて妹について話していく。好きな色に好きな食べ物、愛読書に。妹自身の容姿。それを目の前の女性は静かに頷きながら聞いてくれる。

 余計な口も挟まずに。

 初めての体験だった。

 女性というのは大抵口うるさいくらい賑やかな物だと思っていたのに目の前の女性はとても静かで心が落ち着いた。


 気が付くと女性はこちらの話を聞きながら、なにやら手を動かしていた。

 なんだ、そんなにこちらの話はつまらないのか。

 もう少し聞くフリくらいしてもいいじゃないか、そう思いながらも自分の話が遮られることなく聞いてもらえるのが心地よくて、ついつい話すのをやめることができなかった。


「よろしければ、こちらを」


 プチンと糸が着る音がしたあと、目の前の女は何か小さなものをこちらに差し出した。

 その手の中には例の探し求めていた宝飾品よりも繊細で見る物の心を捕らえるアクセサリーがあった。


 まさか、目の前の女が例の職人だったなんて。職人というから男だとばかり思っていたのに。

 驚いてそれを受け取ることも、口を開くことも出来ないでいると、


「お気に召しませんでしたか?」


 女性が首を傾げると、古びたローブのフードがずれて、豊かな金色の髪が肩にかけて流れているのが見えた。

 そして、化粧こそしていないけれどなかなか美しい顔も。

 さっき、伯爵夫人の毒々しい化粧をみたばかりなので、心があらわれる気分だった。


「あの、もしかして、この屋敷で最新のアクセササリーを作っている職人というのは・・・・・・?」


「職人ではありませんが、こうやって注文をうけてその方の趣味にあったアクセサリーを作っているのは私です」


 何かを隠すことない、まっすぐで純粋な瞳がこちらをみつめていた。

 その純粋さは古ぼけたローブを着ていてもその女性が高貴な生まれだと言うことを隠しきれなかった。


 それから、俺は何度もその女性のところに通うようになった。

 こっそりと。

 彼女は最初、驚き拒んでいたが、いつのまにかいろいろ話してくれるようになった。時折、笑顔を見せながら。


 なんと、彼女は伯爵家の令嬢だというのだ。


「全然似ていないじゃないか!」


 驚きのあまり口にすると、彼女は一瞬顔を曇らせたあとに、


「私は、お継母さまの本当の子供ではありませんから」


 その顔は笑っているけれど悲しみで歪んでいて、こちらの心が苦しくなりそうな不思議な表情をしていた。

 なんて彼女は健気なんだろう。


 彼女の侍女とも、知り合うことができた。

 最初は警戒されて人を呼ばれそうになったけれど、今では随分と信頼してくれているみたいで、つい先日、


「うちのお嬢さまは、今の奥様にいじめられてるのです……」


 なんて打ち明け、助けを求めてくれた。


 こうやって、威勢のいい女性がしおらしくお願いをするときの表情とはどうしてこうもいいものなのだろう。

 そして、俺は決めたんだ。


 伯爵家の一番人気のない部屋に隠され、無理矢理働かされているお嬢さまを助け出すことを。

 そうだ、彼女を伯爵家を乗っ取った邪悪な継母の魔の手から救い出してやらなければ。

 そのためには……結婚するのもいいかもしれない。


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