第3話 謝罪

「王太子さまからの遣いで参りました」


 真夜中のことだった。何時もの遣いの彼がやってきた。

 何時もは華やかな国王のイメージカラーである美しいブルーのマントを着ているというのに。今は枯れ葉色の外套だ。


 そして、彼は「様」と言った。いつもは「」と言っているのに。


 私は、静かに頷いた。




 久しぶりに踏み入れる王宮は昔と恐ろしいくらい何も変わっていなかった。

 自分が婚約破棄された、あの階段のあるホールの前を通ったときは一瞬、胸が苦しくなった。


「アリシア様、こちらです」


 案内された先では王太子が待っていた。


「……アリシア様!」


 王太子が私を呼ぶ。

 無視して、立ち去ろうとすると、手を捕まれた。

 本当に親子揃って無礼だ。

 だけれど、腕を振り払おうにも力が強くて振り払えない。

 しかたなく、ため息をついてから王太子に聞く。


「なんですか?」


 王太子はすがるような目でこちらを見詰める。


「父は……父は、本当にアリシア様に行った非礼をずっと悔やんでおりました」

「そうですか」

「父に代わって、アリシア様に謝ります。どうか、この通りです。お許し下さい。そして、父に謝罪のチャンスを……」


 そういって深々と頭を下げた。




 初めて国王の寝室に入った。

 想像していたよりも質素なものだった。


「こんなみっともないところを見せるつもりは無かった……」


 しわがれた声がベッドから聞こえる。カサカサとして、熱っぽい。水が必要そうだ。


「水を飲まれますか?」


 私はそう言って、水差しからゴブレットに水を注ぐ。

 本当はこんなことより先に、国王への挨拶の口上を述べるべきなのだがこの際どうだっていい。


「ああ、頼む」


 しわがれた声が静かに答える。

 私は一口飲んで見せる。毒などいれていないことを証明するために。


「どうぞ」


 私は、水の入ったゴブレットを差し出すけれど、枯れ枝のような手は伸びてこない。


「本当にすまなかった。アリシア。お前は王太子の婚約者として非の打ち所がなかったというのに……」

「……すべて、昔のことですわ」

「あんな酷い仕打ちを受けたというのに、お前は天使か」

「ただの一人の女ですわ」

「お前には本当にすまないことをした」


 それだけいうと国王は静かに眠った。たぶんもう目覚めることはない。本当に勝手な人間だ。

 今更、私をこんなところに呼びつけていったい何がしたいというのだろう。

 なんでこんな茶番に付き合っているのだろう。


 ……もう、遅い。


 あんなに好きだったのに。

 裏切られても捨てられても。

 私は彼を愛していた。

 私を捨てるきっかけになった女を追放したあと、彼は目を覚ましたように国民のために働いたことをしっている。

 きらびやかだったものを全て排して、国民によりそうような生活を始めた。

 悲劇の令嬢になった元婚約者にたいして、愚かな王太子と笑われていてもそんなことを気にしたり怒ったりせず、真摯に国民の為に勤めた。やがて、王になるときも新たな妃を迎え入れることをしなかった。

 身勝手でどうしようもないいい加減な王太子は、偉大な王になっていた。


 その間もずっと私に毎日、謝罪の手紙を送ってきた。


 だけれど、私はずっと返事が出来なかった。

 彼のことはまだ愛していたけれど。


 婚約破棄されて辱められても、私には救ってくれる異国の王子なんて現れない。

 割り切って新しい恋を探すなんてことも出来ない。

 私は彼と国民のために身を捧げるように育てられたのだから。


 もう遅い。遅いけれど、やっと私は自由になれた気がした。


 その夜、一人の老女が王宮を出て行くのを誰もみることは無かった。さよなら、私の元婚約者。




☆☆☆☆☆

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短編としての「追放後の手紙」を最後までお読みいただきありがとうございました。


短編集としてこの他にも様々なお話が続いていく予定です!

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