第14話 うぅううううあぁああああああああああっ!!
天城を追い返し、僕はすぐさまポケットからスマホを取り出した。
このままでは、実は僕に彼女がいたと勘違いされかねない。
それで向こうが僕を嫌って離れてくれるならいいが、落ち込まれたりへこまれたりするのは困る。
「くそっ、こんな時に……!」
運悪くスマホの充電が切れていた。
ここ一ヵ月、やけに充電の減りが早い。今年買ったばかりなのに。何度か落としたが、その時に故障したのだろうか。
……仕方ない。天城にはあとで事情を説明しよう。
「誰だったの? 彼女?」
「そんなのいるわけないだろ。不純異性交遊したら、実家に戻らなきゃならないんだから」
「とかいって、仲良くしてる女の子の一人くらいいるんじゃない?」
知っているのか、知らないのか。こいつは本当にどっちなんだ。
いや、やめよう。考えたところで答えなんて出ない。実際は知らないのに、僕がボロを出したら面倒なことになる。
「それより、さっさとプレゼント決めるぞ」
そう言って床に腰を下ろすと、美墨は「はーい」と元気よく返事をした。
◆
「うぅううううあぁああああああああああっ!!」
部屋に戻ったあたしは、すぐさまベッドに飛び込み枕に顔をうずめ、これでもかと声を張り上げた。
大声の一つも出さないと、頭の再起動ができない。このモヤモヤにとり殺されてしまう。
ひと通り体内の空気を出し切り、大きく空気を吸い込む。
よし、少し落ち着いた。
今隣にいるのが、佐伯の家族なのか友達なのか彼女なのか。
最初の二つなら何の問題もないが、彼女だった場合は問題しかない。あたしは今日まで、誰かの彼氏にちょっかいを出していたことになる。そして佐伯は、それを隠していたことになる。
言うタイミングがなかった、とは言わせない。
どこかで話すことが出来たはずだ。
何か理由があって話せなかったのか、単に異性二人からモテている状況が楽しくて言わなかったのか。せめて後者ではないことを祈るが、もしそうだった場合、しばらく立ち直れないかもしれない。
「……あ、そうだ」
棚からコップを取り出し壁に当てた。
論より証拠。実際に会話を聞けば、どういう関係なのかわかるだろう。
「……なら、……の…………あれ……」
「でも……うれ……、……と……」
ダメだ、話し声が小さ過ぎて上手く拾えない。
それでも根気強く、何分も、何十分も、耳を澄ませ続けた。真剣な話し合いなのか声が弾むようなことはなく、これといった情報はこちらに届かないのだが、
「……どこ……好き……」
「!?」
今のは明らかに佐伯の声だ。
どこ? 好き? え、どういうこと?
あたしの脳みそが、勝手に言葉を補填する。『僕のどこが好き?』と、甘い台詞を生成する。
「違うっ、違うっ……何かの間違い、そんなことは言ってない、はず……!」
きっとそう。そうに違いない。
「……僕も…………好き……」
「!?」
間の会話は拾えなかったが、またしても佐伯の声が聞こえてきた。
今回ばかりは補填するまでもない。もうそういうことだ、絶対にそういうことだ!
い、いやいや。落ち着け、あたし。もっとクールになろう。
『僕も…………好き……』なのだから、『僕もカレーライス好き』かもしれない。さっきの台詞だって、『どこのカレー屋好き』かもしれない。
他愛のない会話の中で、何が好きか話し合うくらい普通のことだ。
「……いや、でも」
信じたいのに、確証がない。
モヤモヤとした思いが、胸の中に降り積もってゆく。
しばらくすると、二人分の足音と玄関の扉の開く音が聞こえた。
どうやら女の子が帰るらしい。
うだうだと悩むのは得意じゃない。
ここはいっそ、勇気を出して女の子に直接尋ねてみよう。
恋人だった場合、佐伯なら誤魔化すかもしれないが、彼女に誤魔化すメリットなんてないのだから。
◆
プレゼント選びは三十分ほどで終了。
今年の贈り物は、市販のマフラーになった。僕的には手編みの方がいいと思うのだが、美墨的にはアウトらしい。気持ちが重過ぎてもいけないとか何とか……本当に恋愛は難しい。
「そういけば、聞いたことなかったけど」
「んー?」
「お前、平太のどこが好きなんだ?」
「どこって……うーん、難しいなぁ。顔は当然好きだけど、それだけってわけじゃないし」
「何だ、理由もわからずにずっと片想いしてんのかよ」
「浅いなぁ、お兄ちゃんは。これこれこうだから好きとか、足湯並みの浅さだね。わたしくらいになると、理由が多過ぎて言語化不可能なのっ」
天城の十分の一もない胸を張って、得意げな笑みを浮かべた。
そういうものか、と僕はテーブルに頬杖をつく。
「ぶっちゃけ、お兄ちゃんは好きな人とかいないの? 付き合う付き合わないは置いておいてさ、高校生なんだし恋愛くらいするでしょ」
「バイトと勉強で忙しくて、そんな余裕ねえよ」
「そういうこと言って、実はめちゃくちゃコアな性癖抱えてて、ドストレートな女の子に巡り合えてないとか? お兄ちゃん、犯罪だけはやめてね」
「僕を何だと思ってるんだ」
「じゃあ、どういう子が好みなわけ?」
その問いに、なぜか天城が脳裏を過ぎった。
毎日のように好き好きと言われるのは若干鬱陶しいし、セクハラまがいのちょっかいを出されるのも心臓に悪いが、彼女の夢を追うひたむきな姿勢は好きだ。僕だけに見せる脆いところも、僕の疲れを吹き飛ばしてくれる明るい笑顔も、嫌いと言ったら嘘になってしまう。
しかし、僕が彼女に対して抱く好きは、あくまでも友達としての好きだ。
今回の問いへの回答に、彼女は一切関係ない。……ない、はずなのに。
適当に答えようにも、天城がくっ付いて離れない。
「さぁな。僕もお前と一緒で、何が好きとか言語化できないから」
「えー、ずるい! ちゃんと言ってよーっ」
天城の特徴を適当に述べるのは簡単だが、それは何となくまずいような気がした。
ぶーっと可愛らしく頬を膨らませる美墨。お前の周りの男子たちはそれでイチコロかもしれないが、お兄ちゃんには通じないから諦めろ。
「……まあいいや。わたし、そろそろ帰るね」
ため息を落として腰を上げ、あからさまに舌打ちをして玄関へ向かう。
「駅まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫。まだそんなに暗くないし」
「いやでも、何かあったら……」
「その心配性、いい加減に治しなよ。わたし、来年には高校生なんだけど」
言いながらローファーを履き、くるりとこちらに身体を向けた。その際、ツインテールの片方がペシッと僕の胸のあたりを叩く。
「突然来てごめんね。今日はありがとっ」
「お前がアポ取って訪ねてきたことなんてないだろ。……まあ、気が向いたらまた遊びに来いよ」
「今度は彼女とヤッてる時に来るね」
「安心しろ、僕に彼女なんていないから」
にやりと悪い笑みを浮かべ、美墨は部屋をあとにした。
その背中を見送り、僕は小さく息を漏らす。さて、難が去ったことだし、天城を呼び戻すとしよう。早急に事態の説明をしなければ。
◆
わたしはこっそりと部屋の扉を開き、今しがた佐伯の部屋から出て行った人物を追った。
ローファーは男子でも履くし、声の高い男子もいるから、少し期待していたのだが……。しかし、ツインテールに女子制服、後ろからでもわかるあの身体の線を見るに、女の子以外ありえない。
どう話を切り出すべきか。
悩むこと数分。一定の距離を保って、バレないよう尾行していたはずだが、
「――あの」
と、少女は振り返った。
その瞳は、他の誰でもなく、あたしを真っすぐに捉えていた。ただの通行人のフリをしようと思ったが、これでは逃れられない。
「あ、あたし?」
「ええ、はい。天城先輩……ですよね」
なぜあたしのことを知っているのかわからず、頷くことも返事をすることもできなかった。
しかし、向こうはあたしが天城だと確信しているらしく、「よかった、今日会えて」と胸を撫で下ろす。
「え、な、何? 佐伯に会いに来たんじゃないの?」
「それは理由の半分、もう半分はあなたですよ」
言いながら距離を詰め、パッとあたしの手を取った。
小動物じみた可愛らしい瞳をうるうるとさせ、健康的な色の唇を開く。
「お兄ちゃんが天城先輩に惚れるよう、わたしに手伝わせてください!」
「……へ?」
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