お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力過ぎる

枩葉松@書籍発売中

第1話 楽しいことしちゃう?


 大家族なんてロクなものじゃない。


 両親に祖父母、兄が一人と姉が二人、弟が二人に妹が三人。

 僕を含めた合計十三人が暮らす我が佐伯さえき家には個人の部屋という概念がなく、僕は弟二人と四畳半に詰め込まれ小中時代を過ごした。


 狭いだけならまだしも、トイレは争奪戦に発展するし、食事の取り合いで殴り合いになるし、風呂は基本二人以上で入るため安らげる場所がない。


 プライベートな空間が欲しい。


 そう毎日のように口にしていたおかげか、高校進学を機に一人暮らしを許可された。

 ただそれには、


【試験では学年十位以内をキープすること】

【生活費は自分で稼ぐこと】

【不純異性交遊はしないこと】


 ……等々、条件が伴う。

 両親からすると相当厳しい条件なのだろうが、僕からすればこの程度で平穏が手に入るなら安いものだ。


 そもそも、学生の本分は勉強。学年十位以内は難しいと思うが、一人暮らしだろうが何だろうが、それくらいは目指すつもりでいた。

 あと生活費だが、バイトはする予定でいたから問題はない。

 不純異性交遊に関しても……まあ、彼女なんていたことないから、これも気にする必要はないだろう。


 そんなこんなで、僕は今年の四月から自分だけの六畳間オアシスを手に入れた。

 居室も風呂もトイレも、何もかも自分だけのもの。

 勉強とバイトの両立は思った以上に過酷だが、この生活を維持するためなら我慢できる。


 しかし。


 ある出来事をきっかけに、この平穏を脅かす存在が僕の部屋に入り浸るようになった。


「今なら何でも言うこと聞いちゃうけど、どうする?」

「じゃあ帰れ」


 床に座って卓に着き勉強にいそしむ僕の背中に、天城あまぎのしなやかな足の指先が触れた。

 ベッドに寝転がる彼女は、「えー!」と不満げな声を漏らす。振り返ればまずいものが見えてしまうという状況に、教科書の文字が上手く入ってこない。


「そんなこと言うなら、もう勉強教えてあげないぞ?」

「うぐっ」


 おそらく天城は今、ニヤリと悪い笑みを浮かべたに違いない。


 彼女はピアスを空けたり髪を染めたりと、可愛いからという理由で平気で校則を破る問題児だが、成績はぶっちぎりの学年トップ。

 そして、こいつの勉強の教え方はおそろしくわかりやすい。

 学校の先生の誰よりも。今すぐ教壇に立っても問題ないくらいに。


「佐伯はあたしから勉強を教わる。その代わり、あたしは佐伯を惚れさせるために何してもいい。そういう約束なんだし、帰れ! はよくないよねー」

「た、確かにそう言ったし、お前のおかげで勉強が楽になったけど、今ちょっかい出すのはやめろよ! 集中できないだろ!」


 足の指を動かして、背中にゆっくりと文字を描く。……すき、と。

 身体的むず痒さと精神的むず痒さで、もう色々と勉強どころではない。


「うわっ」


 天城の両足が、僕の頭をがっしりとホールドした。

 太もものやわらかな感触と甘い香りに、ガゴンと理性を殴られる。


 抗議しようと見上げると、艶やかな唇でにんまりと妖しげに笑う天城がいた。

 長い金色の髪が垂れ、僕の額を優しく撫でる。長い睫毛で縁取られた青い瞳がぱちくりと瞬いて、真っすぐに僕だけを映す。


「そんなのやめて、もっと楽しいことしちゃう?」

「だから、それしたら一人暮らしが終わるんだって!」

「バレなきゃ平気だよ。二人だけの秘密、作っちゃお……?」

「あぁーくそ、勉強の妨害禁止! 次やったら本気で追い出すからな!」


 天城の足を振り払うと、彼女は小さく悲鳴を漏らしながらベッドに背中から倒れた。

 ふぅーっとひと息漏らして、再び教科書と向かい合う。


「ねえ佐伯」

「ん?」

「さっき言った楽しいことって、なに想像したの? ゲームでもしようって意味だったんだけど」

「っ!」


 ギシ、とベッドが軋む。

 天城の顔が右耳のそばまで迫り、妙に荒い鼻息で鼓膜を揺れる。



「あたしはいいよ、そういう楽しいことでも。佐伯がしたいって言うなら」



 甘美な熱を纏う声に、僕は右耳を押さえて床に転がった。

 天城は僕を見つめ、ニヤニヤとしている。


「だからぁ! 勉強の妨害禁止って言っただろ!」

「えー? おさわりしてないじゃーん」

「それでもダメなもんはダメだー!」


 僕が何をどれだけ叫ぼうと、天城は楽しそうに笑うだけ。

 その顔はため息が出るほど綺麗で可愛くて、本気で苛立てない自分に対して余計に腹が立つ。


 平穏だった一人暮らしが、どうしてこうなったのか。

 事の発端は、数日前まで遡る。

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