救出開始

 男とゲンは二人、囚われたサンを救うべく、行動に移った。

 足音を立てないように、周囲のゴブリンに見つからないように、木々の間に身を潜めつつ、移動した。

 ボロボロの村の中にまともな建物はない。屋根が付いているが壁がない様なモノばかりだ。

 だが、サンが囚われているのはその中でもマシな建物だった。壁があり、屋根がある。出入口が一つしかないため、見張るなら一か所で済む。

 そんな比較的なマシな建物の柱に手を繋がれている状態で、見張りもつけていないようだ。ゴブリンたちは油断しているのは明確だ。

 二人は慎重に近づき、ゴブリンに気付かれることなく、サンの下にたどり着いた。


「サン、俺だ、ゲンだ」

「!? ゲン!」

「シッ! 静かにしてくれ。ゴブリン共に気付かれるのは不味い」

「アンタ、どうして‥‥」

「昔馴染みが捕まっちまったんだ。そりゃ助けに来るだろうさ。悪いな、旦那じゃなくて」

「っ! ダンは無事なの!?」

「ああ、腕は折っちまったが、命に別状はねえ。そこにいる名無しが助けたんだ」


 サンは漸く、男がいることに気付いた。


「アンタまで、どうして来たんだい?」

「村の人にはお世話になってますんで。それに、ダイさんから頼まれましたから、助けてくれって‥‥男が頭を下げて頼んだんだ。応えるのが男ですよ。‥‥記憶が無くても、それくらいは分かります」

「アンタ‥‥バカだね」

「フッ、そうですね。記憶が無くなってバカになったのか、それとも、元からバカだったのか、分かりませんがね」

「アンタはきっと生粋のバカだよ。アタシが保証してやるさ!」


 サンはカラカラと笑った。

 その様子を見て、男も笑った。だが、何時までもここで時間を使っていては脱出に影響が出る。男はその事が分かっていたため、周囲を警戒して、ゴブリンの位置を探った。


「っ! シィッ‥‥こっちに来ている。数は2体だ」


 男は視界にゴブリンを捉え、二人に指示を出した。

 二人も事の重大さに気付き、息を殺した。


「‥‥まずいな、行き先はここみたいだ」


 ゴブリンたちはこちらに向かって歩いてきている。

 目的はサンを連れて行くことだろう。


「‥‥二人とも、何時でも逃げられるようにしておいてください」

「ああ、分かった」


 ゲンは頷き、サンの手を縛っていた縄をほどく。


「でも、どうするつもり?」

「‥‥ここに来た瞬間に倒します」

「そんな事出来るの!?」

「大丈夫さ、そいつなら」


 ゲンが自信を持って答えた。ここまでの道中で確信を持っていた。男なら、ゴブリンを倒す、と。

 ゴブリンたちは男達に気付くことなく、サンが囚われた建物の前までやって来た。

 三人は息を殺し、影に潜んで、ゴブリンたちが自分達の攻撃が届く範囲に迫った瞬間、男は一気にゴブリンの頭を斬り落とす。

 ゴブリンは声を上げる間もなく、一体が絶命した。そして、もう一体の方に狙いを定め、即座に首を斬ろうと迫ったが‥‥‥‥攻撃を外した。

 原因は足元の床が抜けたことだ。男が踏み込む際に力強く床を蹴ったとき、床が腐っていて、踏み抜いていた。それ故、予定の位置まで移動しきれず一撃目が空振りしてしまった。


「ギィギィーーー!」

「しまった!?」


 男は即座に刃を返し、もう一度踏み込んだ。そして、刃を振り上げ、首を跳ね上げた。

 ゴブリンは二体とも倒すことが出来た。だが‥‥声が上がった。


「すみません! 急いで逃げてください!!」

「あ、ああ!!」


 男は謝罪すると、即座に建物の外に出た。

 今ここにとどまっていても状況は好転しない。急ぎこの場から逃げる必要があった。そして、そのための道を探すのが先決だった。


「‥‥こっちです!」


 男は周囲を確認すると、ゴブリンたちがこの場に集まってきているのが、見えた。

 自身から見て、前からも、後ろからもゴブリンたちが迫ってきていた。だから、男は前に向かって走りだした。


「俺の後ろに付いてきてください!」


 男に対し、ゴブリンが石斧を持って迫ってきていた。石斧を振り上げながら走ってきている。石斧で男を殺そうとしているのが明白だ。

 だが、男はそんなゴブリンよりを意に介さず、石斧もろとも体を真っ二つに斬り裂いた。


「道は俺が作ります。だから、俺を信じて走ってください!」


 男は後ろに向かって声を上げる。


「ああ、任せたぞ!」

「ええ、分かったわ!」


 二人は男を信じた。ここまで来れたのも、助かるかもしれない可能性を連れてきたのも男がいたからだ。だから、二人にとってはもう男を信じる道しかなかった。


『ギギィ!!!』

「邪魔だ!!」


 男に向かって槍が、斧が、剣が迫ってくる。だが、その悉くは男の進みを止めることは出来ない。

 槍を躱し斬りつけ、斧を逸らし切り上げ、ゴブリンが繰り出す剣よりも先に刃を届かせ、一刀にて絶命させていく。

 倒した数が10を超えたあたりから、ゴブリンたちの動きが鈍くなってきた。‥‥恐怖を抱いたようだ。恐れ怯え、怯んだことで、迫る数が減っていった。


「今のうちに一気に馬の所まで走って!」


 男は好機と見て、背後の二人に先に進ませた。

 ゴブリンたちは逃げる二人の退路を塞ごうと、二人の前に出ようと動けば、男によって討たれていく。

 男は二人に迫りくるゴブリンのみに攻撃を絞って、積極的には動かなかった。ゴブリンは男を警戒して攻撃を仕掛けることが出来なかった。


「名無しーー! サンを村に連れて行ったら、迎えに来るからなーーー!!」


 大きな声が聞こえた。それと共に馬の足音が聞こえた。

 二人は無事にこの地を離れた、それを理解できたとき、男は‥‥‥‥表情を無くした。

 男はゆっくりとした歩みで、ゴブリンたちの群れに向かっていく。


「ギ、ギィ!!」


 男が迫り来ることに恐怖を覚えたゴブリンは、その場から後退った。

 だが、恐怖を吹っ切ろうと襲い掛かったゴブリンもいた。


「ギィーーーー!!!」

「‥‥」


 槍を持ったゴブリンは走り、男との距離が縮まる。男は無表情でその動きを見て、一瞥しただけで歩みを止めなかった。

 ゴブリンは槍で男を串刺しにしようと、勢いを付け、槍を突き出した。

 男は槍の穂先に刃を滑らせ、槍の軌道を少しだけ変えた。そして、刃はそのまま槍に沿うように走り続け、迫りくるゴブリンを斬り落とした。

 ゴブリンの表情は驚愕だった。次の表情は困惑で、その表情のまま固まった。以後、表情は変わることはなかった。

 男はただゴブリンの力を利用しただけだった。

 槍の間合いは、男の剣の間合いよりは遠かった。だが、ゴブリンは不用意に近づいてしまった。男の剣の間合いに近づいた、だから命を落とした。

 男は斬り落としたゴブリンには目を向けることなく、周囲にのみ気を配っていた。

 ゴブリンたちはこの時漸く理解した。自分達が狩ってきた人間に恐怖していることを、そして、今度は自分達が狩られる番だと言う事を。


『ギィーーーーー!!』

 

 廃村の奥の方からゴブリンたちは大きな声を上げる。

 その声を聞いて、目の前のゴブリンたちの目に力が戻る。

 再度男に向かってくるが、男は容易く倒していく。多少やる気になったとしても、男とゴブリンの力の差は歴然だ。

 それでも、尚一層、やる気に満ちた眼を向けて、男に襲い掛かる。

 一体、二体、向かってくるゴブリンを倒していくがゴブリンたちの戦意は衰えない。それどころか、狂気に満ちた表情で向かってくる。

 確実に倒しきらないと、例え腕を失おうと、足を失おうと、首が千切れかかっても、向かってきた。

 だが、その様を見ても男の表情に変化はない。ただ淡々と自身の間合いに入るゴブリンのクビを確実に斬っていった。

 いくら狂気に満ちても、死んでしまっては動くことはない。それを理解しているからなのか、特に焦ることも、怯えることもなく、歩みを止めることはなかった。

 周囲には夥しい程のゴブリンの死体と血に満ちていた。生きているモノはいない。

 だが、生きているモノはやって来た。


『ギィーーーーー!!』

『ギィーーーーー!!』


 またも集まってくるゴブリンたち。

 右も左も後ろも、ゴブリンの一団が集まっていく。

 そして、前からはゴブリンを統率する者が現れた。


『ゴブーーーー!!!』


 一目見ただけで分かる特徴的な容姿のゴブリンだった。

 大きさは周囲のゴブリンよりも頭一つ分大きく、小柄な大人と言っても通じるほど。腕は太く、身の丈に達しそうなほどの大斧を軽々と持っている。

 そして、何よりも目を惹いたのが‥‥‥‥蒼い体表だった。

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