恩と対価

「これは‥‥折れてますね」


 男は改めてダイの腕を見て、折れていることを理解した。


「何か、添え木になりそうなものを探してきますね」


 男は応急処置を施すために、その場を離れ、添え木になりそうなものを探すことにした。


「いや‥‥お、俺の事はいい‥‥それよりも、頼みがある」


 ダイは痛みに顔を歪めさせながら、男の目を見て、頭を下げる。


「‥‥妻が、ゴブリン共に攫われた。‥‥頼む、お前の力を貸してくれ!」

「えっ!? サンおばちゃん。攫われたの!!」

「っ!‥‥ああ‥‥」


 ダイの発言に、テッドが驚き、そして顔を青くして震え、そして、泣き出した。


「た、大変だよ!! だ、だってゴブリンに攫われたら‥‥に、にいちゃん、お願いだよ。サンおばちゃんを助けてあげてよ!! にいちゃん、あんなに強かったんだから‥‥だから‥‥」


 テッドは男にしがみつき、何度も訴えた。


「ああ、分かったよ」


 男はすんなりと了承した。


「え!? いいの!!」

「ああ、別に問題ないさ。さっきの位なら‥‥」

「止めときな!」


 男たちの下に一人の大柄の男が現れた。その手には海で使う銛が握られていた。


「と、とうちゃん!!」


 テッドが現れた男を父と呼んだ。

 現れたのはテッドの父、ゲンという男だった。


「名無し、お前がこの村に来てまだ一週間だ。ハッキリ言えば、お前はよそ者だ。この村で起こった事は村のモンがケリ付けるのがスジってもんだ。よそ者は首ツッコむんじゃねえ!!」


 ゲンは強い口調で男に言い放つ。

 

「な、なんでだよ、とうちゃん!! にいちゃんが戦ってくれる、って言ってるのに‥‥」

「バカ野郎!! モンスター共と戦うなんて命がけなんだよ!! 対価もなしに命賭けろなんて言うんじゃねえ!!」

「っ!」


 テッドはゲンの迫力の前に口を噤んでしまう。だが‥‥


「対価なら、既に貰ってますよ」


 男はゲンに対し、口を開く。


「ここに流れて来て、記憶がない俺を助けてくれた。もしあの時、俺を助けてくれなかったら、今、俺がここにいることはなかったはずです。一週間、記憶がない男が無事に生きられたのは紛れもなくこの村のおかげです」


 男は剣を引き抜き、空にかざす。


「この剣もそうです。ダイさんが俺にこれをくれたから、ゴブリンを倒すことが出来た。ダイさんは俺に命と力をくれた。だから、ダイさんが俺に助けろ、と言うなら、助けますよ。俺にだって、受けた恩を返す、なんてことくらいは知っていますから。記憶が無くても、道理すら忘れた訳じゃない」


 男は引き抜いた剣を納め、ゲンの目を真正面から受け止める。


「俺はよそ者です。でも、受けた恩は返したい。だから、行かせてください」

「‥‥‥‥‥‥いいのか?」

「‥‥はい」

 

 ゲンは大きく息を吐いた。そして‥‥男に対し、頭を下げた。


「ゴブリンはこの村から、東に行った先にある岩山の方から来ている。頼む‥‥村の奴らを助けてくれ!」

「必ず!」


 男は自身の胸を叩き、頼みを受け入れた。


「よし、じゃあこっちだ! テッド、お前はダイを村長の所に連れていけ。その後は村長の言う事を聞けよ」

「とうちゃん! にいちゃん!」


 ダイが走る背を追い、男も走る。

 走ることほんの数分、ゲンの足が止まる。たどり着いたのは、村に唯一ある馬房だった。

 ゲンは馬房の柵を外し、馬を二頭引き連れてきた。


「馬には乗れるか?」

「ええ、最近はここでの仕事をしてましたので‥‥」

「じゃあ、俺の後に付いてこい」


 ゲンは馬に跨り、男の続いて馬に跨ると、二人は手綱を引いて、村の出入り口に向かって走らせた。


 村の中を走ると、道中には多くの怪我人が視界に入った。

 ゲン以外にも村人にけが人がいることに男は胸を痛めた。


「ゲン!!」

「村長!!」


 白髪の老人がゲンを呼び止めた。二人は馬を止めると、老人が近くにやってくる。


「行くのか?」

「ええ、攫われた者達を助けなければ‥‥」

「‥‥そうか、分かった。だが、気を付けろ。ゴブリン共が、村を襲ってくるなんて、ここ数年で起こったこと、それ以前には全くなかったことじゃ。何かが起こっておる、十分用心せよ」


 それだけ言うと、村長はけが人の下に足を進めた。

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