夜の襲撃

 日が暮れ、静寂の夜が訪れた。

 男は海を眺めながら、座り込んでいた。その手には昼間の剣が握られていて、空にかざして口を開く。


「おれは‥‥誰なんだ?」


 剣に問いかける。だが、答えは帰ってこない。


「おれは‥‥一体、どこの誰で、なんなんだ?」


 一週間、この村に流れ着いてそれだけの時が経った。一向に記憶が戻る気配がなかった。

 だが、今日この剣を見つけた時、止まっていた時が進んだような気がしていた。

 剣を見た時、脳裏に浮かんだのは、あの剣が自身に向いていたことだった。

 己を貫き、斬りつけ、傷を負わせた、という記憶というにはあまりにも短い一瞬だった。だが、それは間違いなく、この場に流れ着いてから、初めて得た過去だった。


「俺は‥‥この剣を知っている。だけど、俺が振るっていた訳じゃない‥‥はずなんだけどな?」


 男は立ち上げると、剣を右手に持ち、構えた。

 左手を前に出し、剣を持つ右手を後ろに引く。

 記憶にはない、だけど、身体が覚えている。そんな不思議な感覚が導き出した身体の動きだった。


「‥‥どうして、いや、俺は剣を使ったことがある‥‥のか?」


 自信がない、だけど、不思議と確信が有った。

 男は剣を振るったことがある、という確信だった。


「ようやく、か‥‥」


 記憶、いや己の過去への足掛かり。それが、ようやく見つけることが出来た。

 男はその場で剣を振るってみた。


「フッ!」


 ビュッン! という風切り音が静寂の帳に響く。

 何度も何度も何度も、繰り返し振るう。

 体から力が抜けていく。それは力を失っていく、のではなく、抜いていく。そうすることが正しい事だと、己の体が理解していた。その行動を記憶を失った頭で行うのではなく、身体で行っていった。


 もし、この場に剣を振るったことがある者が見ていたら‥‥その剣裁きに感嘆していただろう。剣を振るう上で最も美しい、と言う訳ではない。だが、その剣は実戦の中で磨かれた確かな輝きがあった。


「‥‥身体が覚えている。やっぱり、俺は剣を振るったことがあるんだな。だけど‥‥」


 記憶が戻ってくることはなかった。

 これ以上、ここで剣を振るっていても、記憶が戻ってくることはないだろうと見切りをつけて、村の方に足を向けた。


『きゃああああ―――!!!』


 悲鳴が響き渡った。その瞬間、男は声の方に走っていた。


□□□


 たどり着いたのは村の入り口。

 そこにいたのは農具を構えたダイと‥‥‥‥


「ギィギィ」


 緑の体表とダイの半分ほどの背丈しかない矮躯の存在が対峙していた。


「にいちゃん!!」

「テッド!」

「ゴブリンが村を襲ってきたんだ!!」


 テッドが男に気づくと、腰にしがみつき、状況を話した。

 男がゴブリンに目を向けた時、ダイが手に持つ農具でゴブリンに走り迫っていた。


「はああ!!」


 ダイは農具を振りかぶり、勢いよくゴブリン目掛けて振り下ろした。だが‥‥


「ギィギィ」

「チッ!」


 振り下ろされた攻撃をゴブリンは横に避けて躱した。そして、手に持っていた木の棒で、ダイの腕を思いっ切り叩いた。


「ガッ!?」


 ゴブリンの一撃でダイの腕から嫌な音がした。見ればダイの腕が変な形に曲がっていた。骨が折れたようだ。

 ダイが膝を付いて痛みに悶えている。それを見てゴブリンは勝ち誇った嫌な笑いを浮かべながら、木の棒を振り上げた。


「ダイさん!!」


 テッドは思わず目を瞑った。

 ダイが死ぬ、その事実を拒否するように‥‥‥‥だが、


「ギィギィ!?」


 木の棒が振り下ろされることはなかった。

 なぜなら‥‥‥‥ゴブリンの腕が斬り落とされていたからだ。

 

「ギィ!?」


 ゴブリンは自身の腕が無くなっていることに漸く気付いた。その事実に気づき、慌て出したが、もう意味を成さない。

 腕を斬り落としたのは、名無しの男。そして、ゴブリンの命を奪うのも、名無しの男だった。

 男は自身の持つ剣で腕を斬り落とし、次に首を刎ね飛ばした。


「‥‥ギィ‥‥」


 ゴブリンは最後の断末魔を上げる間もなく、絶命した。


「‥‥‥‥‥ぁ、ダイさん、大丈夫ですか?」


 男は漸くダイの状況に気づいた。

 先程までの剣を振るっていた雰囲気はもうなかった。

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