流れ着いた先

 グランディア大陸北西部に小さな村があった。

 海に面した海村で、人口は100人に満たない程、主な産業は漁業を行っていた。

 そんな村に一人の男が流れ着いたのが今から一週間前の事だった。

 当初は行き倒れの人間に驚き村中の人間が集まってきていた。

 そして、更に驚いたのが、流れ着いた男が自身の事さえ分からない、記憶喪失状態だった事だ。

 突然の降って湧いた驚きのニュースは小さな村にはセンセーショナルだった。

 だが、一週間も経てば、騒ぎの火も鎮火する。

 今では流れ着いた男もこの村で変わらない生活をしているほどだった。

 男は記憶がない以外は外傷もなく至って健康体だった。

 もとより人が少ない村に立派な成人男性が流れ着いた以上、労働力として重宝されることになった。


「おーい、にいちゃん!!」

「ん? どうしたテッド?」

「父ちゃんの船が着いたんだ。引き上げるから手伝ってくれ、ってさ」

「ああ、分かった」


 男は村に唯一ある馬房で馬の世話している作業を終わらせ、テッドと呼んだ少年の後に付いて、海岸に向かって歩いて行く。

 少し歩けば、何処までも広がる海が視界に映る。

 青く澄んだ綺麗な海、白い砂浜が見えてくる。その砂浜に村の男達が集まり、その手には綱が握られている。


「おーい、にいちゃん呼んできたぞ!!」


 テッドが元気よく駆け寄る姿を見つつ、その後ろから男は浜辺で待つ男たちの下に小走りで駆け寄った。


「おー、名無しのにいちゃん。今日も頼むわ」

「いえ、ダイさん。お世話になっていますし、このくらいはなんてことはないですよ」


 男に声を掛けたのは、ダイという村のリーダー格の男だった。

 大きな体躯で髭を蓄えた見る者を威圧するような風貌だが、目は優しく大らかな印象を与えていた。

 男は綱を持つと、それを見てダイは声を張り上げた。


「さあーー! 行くぞ!! そーれ!!!」


 男たちが勢い良く綱を引く。大きな掛け声で、何度も綱を引く。すると、網が海から顔を出す。


「それ、もう一息だ!! せーのっ!!! おっしゃああああっ!!!」


 網が完全に陸に上がり切った。網の中には多くの魚が陸に上げられ、ピチピチと跳ねている。


「よーし!! 今日も大漁だ!! さあ、急げよ。急がねえと腐っちまうぞ!!」


 ダイは魚を引き上げを終え、そこで満足せず、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 そのダイの指示に誰も反論することなく従い、急ぎ網から魚を取り出し、仕分けをしていく。

 そんな中、ダイは男に振り返る。


「おう、にいちゃん。今日も助かったぜ!」

「いえ、じゃあ俺は馬の世話に戻ります」


 男は力が有り、網の引き上げには駆り出されるが、魚の仕分けには参加しない。魚の良し悪しなど男には見極めることが出来ないからだ。

 だから、男は引き上げに参加した後、馬の世話に戻ることになっていた。

 男が振り返り、もと来た道を進もうとしたとき、


「ん? 何だこれ!?」

「どうした?」


 魚の仕分けをしていた男達の誰かが疑問の声を上げた。

 ダイはその声の下に駆け寄り、男は気になり振り返った。


「これ‥‥‥‥剣、ですよね?」


 疑問の声を上げた男が持っていたのは黒い剣。それも、引き金が付いた異様な剣だった。


「!?」


 その剣を見た時、男は膝を付いた。


「ぁ‥‥ぁ‥‥そ、れは‥‥」


 頭を抑え、声と言うにはあまりにもか細い、何かを発しだした。


「にいちゃん!?」


 男の異様な状況を感じ取って、テッドが駆け寄ってくる。


「どうしたんだよ、にいちゃん!?」

「ぁ‥‥ぁあ‥‥」


 男は震える手で剣を指差し、声を震わせながら、言葉を発した。


「ホー、エン‥‥ハイ、ム‥‥」

「ホーエン、ハイム? にいちゃん何か知っているのか?」

「分からない‥‥だけど、何か‥‥何かを、知っている‥‥あの剣‥‥お、俺は‥‥知っている‥‥だけど‥‥思い、だせない‥‥」


 男は途切れ途切れに言葉を発した。


「じゃあ、お前さんが持っていれば、その内なんか思い出すことがあるんじゃねえか?」


 ダイが男の下にやってくる。その手には、先程引き上げられた剣を持っていた。


「ほれ、俺らにゃ不要なもんだが、お前さんには必要なもんだろ? 持ってけ」


 ダイが男の前に剣を置いた。

 男はその剣を握った時に、何かが頭によぎった、気がした。

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