英雄の末路
月明かりに光の軌跡が走る。
ホーエンハイムと呼ばれた男の剣線が走るたびに、怪物の体から血が流れる。
一撃一撃が余人を凌駕している、重く鋭い一撃。その剣戟に怪物は成すすべなく斬られ続けていた。
「ハハハハハ‥‥どうした、『英雄』殿? 俺の剣に手も足も出ないか?」
煽るような口調でホーエンハイムは斬り続けた。
「無様だな、昨日の英雄も今となっては害虫だ。戦いの中では求められても、平時においては余計な存在だ。悔しかろう、悲しかろう、かつて己の命も顧みずに、懸命に国に尽くした末路がコレだ! ウインドリア王国にとって、お前は最強の剣であった。国を守る盾ではなく、国を発展させる杖でもなく、国を切り取る剣、それがお前だったな。だが‥‥‥‥お前は強すぎた。例えお前が従順な犬に成り下がろうと、弱者にとってはお前は脅威だ。故に、お前を消されるんだよ。今、ここで!!」
ホーエンハイムは剣を上段に構え、一気に振り下ろす。
怪物はその攻撃を左腕で受け止めた。
それを見て、ホーエンハイムは笑みを浮かべた。
「頭も怪物に成り下がったようだな。この武器はお前が考え、作り出した。一国を滅ぼした『英雄』が必要だと考え作り上げた、その力を‥‥‥‥お前自身が味わうといい」
ホーエンハイムは剣の柄にある引き金を引いた。すると‥‥
『ドガァァンッ!!』
爆音が響き渡った。
発信源はホーエンハイムの剣から。原因は剣に仕込まれた火薬が爆ぜたからだ。
そして、結果は‥‥‥‥
「アアアアアアアアアアッ!?」
怪物の左腕が斬り落とされていた。
「どうだ、『英雄』殿。これがお前が考え、作り出した武器―――『ガンブレード』だ。剣に仕込まれた火薬を点火させることで、衝撃を起こし、その衝撃で斬り裂く。さあ‥‥怪物よ。人間が生み出した文明の利器で滅ぶがいい!!」
ホーエンハイムは再度、振りかぶり、振り下ろす。
今度は怪物は右に避けて攻撃を躱す。だが、
「それで避けたつもりか!」
剣を振り下ろしつつ、手首を返して、再び引き金を引いた。
『ドガァァンッ!!』
再度爆音が響くと、縦の攻撃が横への攻撃に切り替わる。
攻撃が襲い掛かる中で、怪物は足を振り上げ、止めようとしたが、それでは受け止めれなかった。
怪物の足は斬り落とされ、斬撃を受けた衝撃で地に倒れ伏す。
「フフフ…ああ、なんていい日だ。あの『英雄』と持て囃されたお前をこうやって見下せるなんて‥‥‥‥どうだ? どんな気持ちだ? なあ! 言えよ!!」
ホーエンハイムは倒れ伏す怪物に剣を振り下ろす。
何度も何度も力任せに振り下ろした。
「いつも、いつも、お前は俺の前を行った。貴族であるこの俺が、恵まれた血統と教養を受けた俺が、たかが庶民の貴様に先んじられた。どれほどの屈辱だったか、貴様に分かるか! お前は強かったさ、戦争において貴様程有能な者もいなかった。ああ、認めよう。貴様は有能だ。戦争を終わらせた英雄だ。我らが祖国ウインドリアに多大に貢献したさ。戦場では誰よりも敵を斬り、多くの味方を助けた。貴様が功績を上げ指揮権を有した際は、少数の犠牲で多大な痛みを相手に強いた。正に戦争の天才だったさ。だがな‥‥‥‥もう戦争は終わったのさ。ウインドリアはグランディアに勝利した。‥‥もう十分だろ。庶民の分際でそれだけの功績を上げられたのだ、分不相応な夢だろ。いい加減夢から醒めるべきだ。‥‥庶民は庶民、分相応に地に這いつくばれ!!」
ホーエンハイムの私怨が多分に含まれた刃が幾度も怪物に叩きつけられる。自身の内に溜め込んだ思い、いやただの八つ当たりを只管に怪物に叩き込み続けた。
幾度も幾度も斬り続け、怪物は全身傷だらけで、息も絶え絶えだった。
最早命の灯が消えるまで幾ばくもないように見えた。
「フフフ‥‥お前、このままだと死ぬぞ。なあ、どうする? まあ、このまま死んでくれればいいんだがな。そうだ、かつての同輩の誼だ。お前の不安を取り除いておいてやろう。‥‥マリアの事は俺が貰っておいてやるさ!」
「!? マ、リ、ア‥‥」
「フフフ‥‥そう、マリアだ。お前、この後に結婚する予定だったな。ああ、嬉しそうに報告に来た時の嬉しそうな顔を思い出すたびに‥‥‥‥反吐が出る。貴様には過ぎた者だ。だから、俺がもらおう。いいだろう、どうせお前はここで死ぬんだ。そうなれば、彼女はひとり悲しむことになる。それでは彼女が可哀想だ、だから俺が彼女を支えよう。‥‥だから、安心して‥‥‥‥死ね!!」
ゆっくりと振り上げた刃を一気に振り下ろす。
その刃が首に向かって振り下ろされ、首を刎ねようとした瞬間‥‥‥‥
「ウオオオオオオオオオ!!!!!」
怪物は雄たけびを上げた。だが、首に迫る刃は止まることはない。
刃が首に触れた。次の瞬間にはその首を刎ね飛ばしている‥‥‥‥はずだった。
「なっ!? 悪あがきを!!」
首に刃が触れた。だが、刎ね飛ばすことが出来ず、止まってしまった。
先程より外皮が硬くなっていた様で、ホーエンハイムの剣で斬れなかった。
だが、ホーエンハイムの剣にはもう一段の仕込みがあった。
「死ね!!」
ガンブレードの引き金を引いた。
『ドガァァァン』と爆発が起こり、その反動で刃が走る‥‥はずだった。
「なに!?」
刃が動かなかった。硬い外皮に阻まれた‥‥訳ではない。
物理的に止められていた。怪物の左腕で刃を掴み止めていた。
先程、怪物の左腕は斬り落とされていた。だが、今怪物には左腕が存在していた。
結論として‥‥‥‥怪物の腕が生えていた。
「ウウウウウウ‥‥」
怪物は立ち上がる。足も生えていた。
そして、全身に斬りつけられた傷もみるみるうちに治っていく。
「ウガアアア!!!」
怪物は左腕で刃を掴んだまま立ち上がる。
「やれやれ、やはり油断やらないな。再生能力が人間の比ではない。悪魔の力が馴染んでいるのか‥‥これ以上時間を掛けるのは得策ではないな。ならば‥‥」
ホーエンハイムは再びガンブレードの引き金を引いた。
爆発音がするが、掴まれた左腕を斬り落とすことは出来ない。
故に、ホーエンハイムは‥‥‥‥剣を手放した。
そして‥‥‥‥もう一振りのガンブレードを引き抜いた。
「2本目を使うことになるとは思わなかったが、まあいい。1本目はプレゼントだ。冥土の土産にでもするがいい」
ホーエンハイムはガンブレードを怪物の胴体に叩き込み、引き金を引いた。
爆発音が響くと、怪物の胴体に傷が入るが、傷は浅く、再生していく。だが‥‥そんな事はもう関係ない。
「堕ちろ、『英雄』」
爆発による衝撃で、身体が吹っ飛んだ。その事実が重要だった。
怪物の背後には‥‥何もない。正確に言えば、背後には地面がない。
崖下には荒波が怒濤の如く押し寄せる冷たい海。
宙に浮いた体は地に帰還する術は無い。その結末は激流に飲み込まれることだった。
「オオオオオ‥‥ホー、エン、ハイ、ム―――!!!!」
怪物の絶叫が響き、闇の中に、激流の中に飲み込まれていった。
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