ボッチと才女の小学生時代
「確かにな。けど無視を決め込んでたわけじゃないんだろ?」
こいつの性格的に自分の正義に反する状況が起きてたら口出しせずにはいられないだろう。
「そうね。小3のうちにイジメを受けていた子がいたから、彼女を虐めていた女子たちのことを注意した結果、その次の日から矛先が私の方へと向いたわ」
やはりか。それにしてもこいつ本当にあの頃からこんな性格だったんだな。恐らくバカ正直に真正面から「あなた達もういい加減にしなさい」とでも言ったんだろう。
「いじめ問題のあるあるだな。俺も小4で1度目の当たりにしたけど黙って見て見ぬ振りしかできなかった。……お前はそれでも反撃したんだろう?」
あの出来事は中3の告白の件意外で、女子に対して苦手意識を持つようになった事件とも言える。当然そこに藤村はいなかったが、最初は些細なことから始まり徐々にエスカレートしていく。どこのいじめ問題もこの流れがテンプレだろう。
改めて本当に大した胆力だと思う。
当時の俺なんて自分の身に降りかかる火の粉を振り払うのに精一杯で、ひたすらクラスの片隅で1人読書を決め込んでいただけだったからな。
「ええもちろんよ。けど当時の私はまだ頭でっかちの読書家だったから戦い方をまだ知らなかったわね。それで私が些細な悪意を注意する度に教室の空気が悪化していったわ」
俺の場合は藤村のような存在が居なかったから被害者が転校する形で落ち着いたが、藤村のような人間がいれば話は別だろう。被害を受けるたびに叱り続けていたら周囲の人間までもが不愉快に思い始めるのは想像に難しくない。
「最初はリーダー格の子が私の机に偶然ぶつかってきて筆箱を落としたりしてたわ。それを一日に何回もやられたりしたせいで鉛筆が数本折れたり、筆箱自体が壊れていったわ」
恐らく俺と同様に小学生に人気なあの筆箱を使ってたんだろう。
時間割表を飾れて、鉛筆削りもあって鉛筆を6本収納できるあの筆箱だ。
両面開きタイプで裏に三角定規とか入れられたから俺も愛用してたな。
「でも何も対策しなかったわけじゃないんだろ?」
「ええ、翌日から親のお小遣いでクッション性のある筆箱に買い替えて、鉛筆にキャップもつけ始めたわ。それで休み時間の度に机の中に入れたりもしてたけど、今度は授業で使ってたプリントやノートが無くなったりしたわ」
「例えばトイレ行く時に起きっばなしにしてたのか。それは迂闊だったんじゃないか?」
「確かにそうね。休み時間に入る度に次の授業で使う教材とか予め準備するのが癖だったから、そこを逆手に取られたわ」
どんだけ優等生だったんだよ藤村のやつ。
けどこうして聞いてる間にも改めてああいう人間には憎悪の念が湧くな。
ただ憂さ晴らしのために他人を蹴落とすことのどこが良いんだか。
「それは酷い話だな。周りの奴らは助けてくれなかったのか?」
「誰も次のターゲットになりたい物好きなんて居ないわよ。それに当時のクラスではイジメを主催してた女子グループからその他大勢に広がって、更に不愉快な状況が加速したわ。上履きやリコーダーに体育館シューズも隠されたりもしたわね」
「女子の世界って怖えなオイ。お前が庇った子はどうしてたんだ?」
「彼女は一度先生に訴えたらしいけれど、担任の先生が放任主義な側面もあって真面に取り合ってくれなかったわ。それどころか先生がHRでやる気なさそうに『イジメはダメだぞ〜』と戯言を吐いたせいで裏目に出たわね」
「何というか……もう救いようがない状況だな」
出る釘はそこまでして打たれるのか。まあ俺も身に覚えがあるが。
俺が経験した過去なんて彼女のと比べたら擦り傷も同然だろう。
今更ながら上には上がいるものだなと痛感した。
「やがてクラスの9割がいじめに加担し始めたわ。特に女子の攻めが酷かったわね。消しゴムからルーズリーフまで私物の紛失は合計30回、隠された件は80回で机も数に入れたら私物の破損は50件ね。そのうち9割が女子よ」
何だよそれは……かまちょって範囲を完全に逸脱してるぞ。
なんでそこまで強く居られたんだ藤村は。それも並の精神力じゃない。
そこまで四面楚歌で袋叩きにされながら平然と登校し続けたってのか。
「……お前よくもその暗黒時代を生き抜けて来られたな……逆に尊敬するぞ……というより、学校を休もうとは思わなかったのか?」
小学生がそんな体験をしていればもはや自殺案件だと思うんだが。
これだけのことを相変わらず冷たい表情で淡々と語る様が逆に凄いぞ。
人間ってこれだけ強くあることが出来るのか。とはいえ限界はあるだろう。
「それこそおかしいでしょ?私が正しいのになんで私の方が逃げなければならないのよ。……けど、そうね……流石に休み時間にトイレ休憩してたときに上から冷水を浴びせられて、体操服に着替えざるを得なかったのはこたえたわね」
人間ってここまで醜い生き物に成り下がれる存在だったのか。
けど悲しいことにこのロクでもない現実では、どこの小学校を逆さまに振ってもチャリンチャリンと溢れ落ちるほどにありふれた話なのだろう。
ただ藤村が特別に人間離れした精神力を持ち合わせていただけの話だ。
「それもいつの間にかカッターやらで所々破れたりしてたから、先生に事情を説明して早退したわ。秋だったから幸い私服の上着で破れた箇所を覆い隠して無事帰宅もできた。今までの出来事も思い返して人間に失望した日だったわね」
それで今も一匹狼、いやこいつの場合は野良猫か……になってるわけか。
空気という化け物に挑み続けて、ボロボロになっても自分を曲げなかった。
そんな存在が居たことに、内心でほくそ笑む程に嬉しく思ってしまう。
「けどお前は現にこうしてピンピンしている。解決はできたってことだろ?」
「ええ。負けを認めたようで癪だけれど、姉に打ち明けることで解決したわ。丁度私の小学校で児童生徒会長を務めてたから、校長先生にも伝わることで理不尽な仕打ちは一切なくなったわ。卒業するまで平穏な学校生活が続いたわね」
本当に良い姉に恵まれたな。
詳しく聞けば校長先生と共に自分のクラスへ乗り込まれたときに丁度いじめが起きてたから、皆の悪事が白日の下に晒されたことですぐ対応されたと。
「そっか……それは良かったな。何というか……お疲れ様でした」
「っ……ええそうよ、無事解決したわ。けど私1人だけの力じゃ何も解決できなかったのが猛烈に屈辱的だわ……チッ」
「……ぁ……」
呆れて言葉も出なかった……どれだけ負けず嫌いなんだよコイツは。
素直に状況の好転を嬉しく受け取っていたら良いものを。
これほどまでに個性的な人間と出会ったのは生まれて初めてだぞ。
「お前は……クククっ、まさかここまで面白いやつだったとは思わなかった」
恐らく当時の皆は何をどうしても折れなかったコイツに寄り掛かってたんだろう。小学生なんて心の成長が機敏な時期だから些細な問題ごとで爆発して暴れたくなる年頃だ。大抵の人は皆弱くて醜くて卑しい側面を持ってるからな。
「荒牧くんそれは一体どういうことかしら?先に忠告しておいてあげるけど、私にちょっかいを掛けたら容赦なく倍で返してあげるわ」
前言撤回だな、コイツにも俺を困らせて楽しむ側面があるんだった。
「また顔に出てんぞオイ。というよりどっちかと言えば虐められてるのは俺の方だと思うんだが!」
この野郎……油断も隙もないな。
『ガラガラ』
と思っていたら扉が開いた。
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