ボッチと緊急クエスト



「邪魔するよ〜!」


 そんな気の抜けた声を発しながら入ってきたのはキャバ嬢せんせーこと片岡先生だ。相変わらずの自由奔放さに呆れ笑いが漏れてしまう。


「片岡先生……だからノックを……はぁ」


「まあまあ細かいことは置いといて、藤村よ荒牧の調教は進んでるか?」


 調教って何言ってんだよこの人も。俺は家畜じゃねえっての。


「ええ、順調に進んでますね。……意欲はあるのに相変わらずまだ人に話しかける自信が全然足りてないようですけど」


「っ……んぃ……」


 仕方ないだろ。毎日河南に話しかけられてる訳じゃないんだから。


 それに課題のためだからっていつも仲良いグループと固まってる時に話しかけるとか俺には絶対に無理だし、特に用もないのに話しかけたら周囲の男の視線だけで圧殺される自信があるぞ。


 放課後は部活に顔を出さなければならないし。


「アッハッハ、やれやれまだ社交術がレベル1の雑魚か〜まだまだウブで可愛いな荒牧は〜。けど安心しろ荒牧、このボランティア部を続けていくうちに鍛えられるから!……たぶんね」


 だから俺は不要な会話を好まないだけで話自体はできると言ってるだろ。


「いやそもそもアンタがうちの部の顧問ならしっかり指導して下さいよっ!」


 放任主義を貫徹してないで少しは役に立ってくれたらどうなんだよ。


 この1週間ロクに部活に顔を出さずに藤村に丸投げしてたのはどこの誰だ!


 というより何しに来たんだよただ冷やかしに来たならば帰ってくれ。


「それもそうだけど、藤村に任せた方が荒牧の成長に繋がるからそっちの方が良いとアタシは思うわけよ〜。なんだかんだで藤村と関わるのは満更でもなかったんでしょ?」


 論点をズラすな。これはむしろ部員にとって正当な訴えであってだな──。


「ええ、そうね。私が今まで彼と接してきた感想では、どうやら罵倒されることに抗えない快感を覚えるせいでここへ来るのが辞められない、どうしようないマゾヒストのようです」


 ファ?なに勝手に俺のことを薬中の患者かのように説明してやがるんだ?


「あらあら荒牧ったら実はドMの方だったの?これは流石のアタシもビックリ案件ね。そっか〜強がってるように見えて実は推しに弱いタイプだったのね?」


 んだよコイツら。微笑を浮かべてる藤村も見てると流石に腹が立ってきたぞ。


「勝手に俺の性癖を決めつけるな!!」


 この2人が手を組んだらそれだけで凶悪なコンビニの出来上がりだな。


 今後の対策に向けてこの連携を崩せるヒントは無いだろうか?


「アハハハハ本当に良いリアクションするわね荒牧。……けど細かいことは藤村から聞いてるわよ。随分可愛いらしい存在が課題の相手じゃない?まさか河南が荒牧にだけ特別話しかける頻度が高かっただなんてね……先生は気付かなかったわ」


 マジか。あの孤高の存在である藤村が誰かと積極的に情報交換をしてるぞ。


 ……いやただ単なる事務連絡とでも言えるか。


 いやまあアンタは基本的に男にしか興味が無いだろうから知らなくてもおかしく無いだろう。


 それに俺が藤村に自白するまで彼女も全くこのことを知らなかった……それだけ彼女の行動パターンの変化は些細なものでクラス外の奴らは知らないだろう。


「いやまあ……たぶんこれも彼女の気まぐれでしょう」


 真実の程は本人にしかわからないだろうけど、今はそういうことにしておこう。


 ただ俺が1人浮いてるのを心優しい河南が放っておけないって線もあるしな。


「……ふーん、どうだかね〜」


 いやそんな探るような目線を向けてきてもこの空っぽの瞳の奥からは何も出てこないからな。


 やがて痺れを切らした藤村が発言をした。


「そんなことよりも、先生は何をしに来たんですか?」


「……え?あっ、そうね用事があってここに来たんだった忘れてた……」


 おいおい流石にアラサーでもう認知症とか老化の進行速度が早すぎるぞオイ。


 すると「ごほん」と咳き込んで片岡先生が仕切り直しを図った。


「重大なお知らせがあるわ。ボランティア部の活動の一環としてなんと……夏休みに小学生のに混ざるイベントが待ち受けてます!パチパチパチッ!!」


「な──」


「臨海学校……ですか?」


「ええ、そうよ。またの名を臨海学習。小学生にとって初めての集団宿泊的行事になるから、うちはそのお手伝いってわけね。主な活動は海水浴、スイカ割り、水族館、花火、遊覧船、野外炊事に肝試しがあるわ!どう!?楽しみになってきたでしょ!」


 おいおいマジかイベントが盛り沢山じゃないか。


 ボランティア部ってこんなにも青春らしいイベント行事に便乗できるのかよ。


 最高じゃんやっぱり片岡先生ここに連れてきて誠に有難うございます。


 リア充なんてクソだと断定して申し訳御座いません心を改めますんで。


「なに!海水浴だと!?つまり水着が拝めると──!?」


 教師陣のビキニか……特に片岡先生は一体どんな凄いのを着るんだろうな。


 それになんだかんだで藤村の夏服にも興味が湧いてきた。


 ワンピースに麦わら帽子とサングラスとか似合いそうだよなこの人。


「ぁ……変態……ロリコン。片岡先生、やっぱりこの男だけは牢獄当てに送った方が良いと思います」


 勝手に自己完結して勝手に絶望し始める藤村だった。


 ていうか何でまた胸元隠しながら俺を絶対零度の視線で見てんだよコイツは。


「ぷふーっ。アッハッハッハッハ〜」


 それにアホかなんで俺が小学生の水着に興奮するようなロリコンだと思ったんだ。


 そんなことを口にしたら即刻少年院にぶち込まれる自信があるぞ。


 俺が内心に楽しみにしていたのは小学生のじゃなくてだな──。


「んな訳あるかドアホ。アンタもいつまで笑ってんですか!」


 やがてツボが治まった片岡先生。


「あ〜すまんすまん。それでだ、当時に向けて他にも助っ人を呼ぶ予定だけど、このボランティア部がたった1人だと人数が心もとないというわけだ」


「なるほど……つまりメンバーを補充しろってことですね」


 妥当な推測だろう。たった2人じゃ連帯に不安が残る。


 教師陣の目もあるとはいえ監視役の大人が多いに越したことはない。


 海でも活動になるだろうから最悪の場合は命に関わる問題も出てくる。


「ピンポンピンポン大正解!流石に勘の良い藤村ね。というわけなので、緊急クエストを発表します!1学期が終わるまでにメンバーを3人以上に増やして頂戴っ!」


「……まあ時間はたっぷりあるだろうし、ゆっくり考えていけば良さそうだな」


 なんせ今日は新学期が始まって10日ほどしか立ってないのだ。


 花園高校の夏休みは7月20日〜8月29日までと期間が長いからな。


 それに『メンバーを3人以上に』だからヌルゲーだと言えるだろう。


「そうね……分かりました、すぐにメンバーを集めて見せます」


「へ……珍しく積極的じゃない〜?」


「なんだお前やけに自信満々だな……誰か入ってくれる心当たりでもいるのか?」


「さあどうかしらね……ふっ」


 ──また一瞬だけいつものサディスティックな笑みを浮かべやがったぞこいつ。


 これはアレだな、何かまた俺を困らせるようなアイデアを思いついたに違いない。


 俺に一体何をさせようってんだよコイツはまた!?


 猛烈に嫌な予感がしてきたぞ今すぐに逃げ出してやりたい。


「それじゃあ、要件は伝えたからね。それじゃあアタシは仕事に戻るわね〜」


 よしこの絶好のタイミングを逃すな俺!


「俺もトイレ行きます」


 片岡先生に便乗する形で一緒に退室することにした。

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