ボッチは聞かされる「可愛いは正義」



「……ぁ……」


 緊張しながら放課後の部活にやってくると、予想通り先に藤村が来ていた。


「こんにちは」


 ギクっ。


「っ……ああ、こんにちは……」


 自分の席に座ると早速鞄から読みかけのラノベを取り出して読書再開──。


「怖気付いてもう来ないとばかり思っていたわ。実はマゾヒストだったりするの?」


 そりゃ単刀直入にスパッと切り込んできますよねこの人。


 それでも淡々と書籍の本の文字を目で追っている限りなんか一層怖い。


 今日こそは文房具が飛んでこないように無難に接していくか。


「そんなんじゃねえ……」


 藤村に『河南と1日1回は喋ろ』の課題を出されてから丁度1週間の水曜日、今日は上手く話しかけるタイミングも勇気も出せなかったので気まずい思いをしてたのだ。


 たかが数回分の課題をやり遂げられなかっただけだが、今までに受けてきた義務教育の弊害だろうか少々完璧主義な考えが抜け切ってない証拠でもある。


 課題やれだの時間通りにこの締め切りを守れだの言われ続けたら、訓練された人間は出されたクエストを達成したがるものだ。


俺はもう少しお気楽になりたいものだ。


「ならストーカーなのかしら。随分と変わった性癖を持ってるのね」


「なんで俺がお前に惚れてる前提なの?俺を犯罪者予備軍かのように扱いやがって。藤村もなかなかの自意識過剰だな」


「あら、違ったの?」


 偏見が酷過ぎるだろこのドアホが。


 これだからご都合主義に物事を解釈したがる連中は困ったものなのだよ。


「それに馬鹿にしないでもらえるかしら。大抵の男がそんなものだから、てっきりそう思ってたわ」


「物事に対する批判的な考えが思ってたよりも重症だな。やっぱりお前友達居ないだろ」


「そうね。だって不要だもの。自慢じゃないけれど小学生の頃は沢山のイジメを受けてきたわ」


「……お、おう」


 突然の自分語りに拍子抜けをしてしまう。


「中学生の頃からパッタリ無くなったけれど、内容が結構酷かったわ。なぜなのかわかるかしら?」


 自ら自虐ネタとして披露出来ると言うことは、もう過去を乗り越えたと言うことか。


「お前のその他人の存在を否定して、あっさり切り捨てるような物事の考え方のせいじゃないのか?」


「……表面的な理由は合ってるかもだけど、根本的な理由じゃないわね」


 いやどう考えてもそうとしか思えないんだが?


「……じゃあ一体何をやらかしたって言うんだよ」


「それはね、私がそのクラスで1番可愛くて、どの生徒よりも大人びてた女の子だからよ」


 学年一の才女様も何段階か頭のネジが飛んでるようだな。


「ナルシストはお前の方だろうが。そもそも前提が真逆だと思うんだが」


「そんなことは無いわよ?だって可愛いは正義だもの」


「ギャップ萌えが激しすぎるだろオイ。……じゃあ何でそう思うんだ?」


 学校一の才色兼備で隠れいじめっ子のこいつの信念が「可愛いは正義」だと?


 抜かせそういうのは河南のような女子が吐くことしか許されないセリフだ。


「じゃあ荒牧くん。あなたはカッコいいって褒められるのは嬉しいのかしら?」


 いきなり質問?と思いながらも藤村の問いかけに答えていく。


「ああ嬉しいよ。俺だって自分のことをそう思ってるからな」


「あっそ。けどその褒め言葉ってカッコいいと思える時にしか言われないわよね?」


「それは当たり前のことだと思うけど、それがどうしたってんだ?」


「つまりカッコ良く無くなった途端に、誉められなくなるってことでしょ?失敗したり情けない場面を見られたら、逆に『カッコ悪い』と言われてしまうの」


 中学時代の数学の授業で体験したから身に覚えがあるぞ。


 特に一番心に来たのは厨二病やってた時に近くの女子にボソリと言われたとき。


「っ……それは、確かに……。と言うよりその何気ない一言が男のプライドを粉々に粉砕する刃にさえなり得る程の破壊力を秘めてるからな」


 数学の授業で難易度が高い問題と出会した時に「領域展開っ」と呟くことで問題解決に取り組むモチベ管理をしてただけなのに、罵倒される謂れはないだろ!


「ええその通りでしょう?けど可愛いだけは特別なの。成功しても可愛いし、逆に失敗しても『可愛い』で済むの。ほら本当は誰かを困らせていても、可愛いから許される女性に見覚えがあるでしょう?それが何よりの証拠よ」


 まさに俺だな。


 河南に話しかけられてることで俺の平穏な学校生活が脅かされていると言うのに、なんだかんだで彼女に構ってもらえるのは悪い気がしないし可愛いから許している。


「なるほどな。確かに筋が通ってる。けどそれがお前のイジメとどう繋がるんだ?お前は表面上あまり人を困らせるのが好きなわけでも無いんだろ?」


「『表面上は』ってどう言うことかしら?私に人を虐めるのが好きな悪意でも持ち合わせてるとでも言いたいのかしら?悪いけれど身に覚えが無いわね」


「そんな言い訳が通用してたまるか!今まで散々に俺のことを好き放題に困らせてくれただろ。特にボウフラ呼ばわりと俺を小馬鹿にしたような笑みを向けたことを忘れてないからな!」


 クっ。ほらコイツまたそうやってサディスティックな笑みを浮かべやがって。


「仕方ないでしょ。だって事実あなたは虫に形容するならばボウフラがお似合いのどうしようもない拗らせ陰キャだもの。その悔し顔を眺められて良い気味だわ」


 けれど悔しいことにその表情にムカついても、こいつにはお似合いの顔だ。


 それも素で自分を曝け出している何よりの証拠でもあり。


 確かに可愛いとも思えるかもしれないな。


 いや待て待て確かに藤村が可愛いことは認めるが、許した覚えはない。


「なるほどな。お前そもそも俺のことを人間としてすら扱っていなかったんだな。そろそろ訴えるぞこの性悪女!」


「無駄よ、私たちにおいて片岡先生があなたの見方をする可能性なんて無いわ」


「くっ……この野郎、いつか必ずギャフンと言わせてやるからなっ!」


「あなたにはまだ10年早いでしょうけど、楽しみにしておいてあげるわ」


 完全に俺を格下と見てやがるぞこの女、いつかフラグ回収してやるからな。


 だいぶ話が逸れてしまったようだが、こいつの小学生時代のイジメの原因か。


 今までの関わり合いから感じた心当たりと言えば1つしか無いんだよな。


「……お前もしかして小学生時代にも、周りの同級生たちを小馬鹿にするような言動を繰り返してたのか?それだと炎上の説明が簡単につくんだけど」


俺の小学生時代にそんなことをする自分なんて想像も出来ないな。


まあ俺の場合は元々1人で居るのが好きだったのもあるが、小4以降に更に一匹狼な状態に拍車が掛かったからな。原因の心当たりなら1つあるが……。


まあコイツの場合は他人からのやっかみとか多そうだからな。


「それは無いわね。私がこの裏の顔を晒してるのは荒牧くんの前でだけよ。かつての私がそんな真似をしていれば被害が悪化してたかも知れないわね」


 お……今のはグッと来なかったわけでも無いですねうん。


 ていうかそのセリフは言う相手が俺じゃなければコロっと恋に落ちてただろうから、今後もそういう言動が控えてもらった方が俺はいいと思うぞ藤村よ。

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