ボッチは知る。ここボランティア部らしい



 胸元の下で腕を組みながらやがて俺を見下ろす距離にまで近づいてくると、立ち止まってその鈴を鳴らすような凛と澄んだ声を響かせていく。


「自発的な意志に基づいて損得を考えず人や社会に貢献することで、自分の貴重な時間を世の中に役立てようとして捧げること。これをボランティアと呼ぶの」


 それって。


 ……持つものが世界をより良くするため、持たざる者に自らの天賦の才の恵みを分け与えることで世の中に還元していく。


 ──ノブレス・オブリージュ。


 いつかに見た国語の教科書でそんな内容が書かれていたことを思い出す。


「助けを必要としている人間に救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ」


 今度は両手を腰に据え、その青髪を風に靡かせてゆく。


 うむこうして間近で見るとクールなスターモデルかのような立ち振る舞いだな。


 ──だが待てよ。そうなると俺が人助けすることになるんだが。


 一体何を考えてるんだよ、正気かあのバツイチキャバ嬢は!?


「ようこそボランティア部へ。この藤村彩海が歓迎するわ。片岡先生に頼まれた以上、私は私の信念のためにも期待以上の成果をもって責任を果たすわ。あなたのその捻くれた思考回路を矯正してあげるから、今から感謝なさい?」


 さっきから上から目線ばかりだなこの女ぁ……まるで俺の価値観に問題があると断定したかのようなその言い草には流石にカチンとさせられるものがある。


 ここで反論しておかないと今までの俺の人生が否定されたみたいで癪に障る。


「……自己紹介を踏まえて先ず前提条件の確認だが、俺は学生としては割と優秀にやれてる自負があるんだぞ?」


 俺はズボンのポケットに入れておいた両手で拳を握って立ち上がると、藤村の目力に少し億劫になりながらも頑張って反論の根拠を並べていく。


「過去に受けてきた実力テストで英語では入学して以来ずっと校内1位に君臨し続けてるし、幼少期に英語の幼稚園に入ってた影響で英語の会話スキルやネイティブ発音も、この学園で俺に勝る者は1人として居ないだろう」


 まあ俺が本当に英語を話せるようになった理由は親と会話するたびに英語を使っていたからだな。


 何事もそうだが繰り返された反復練習によってのみスキルが身につくものだから、俺はこと英語に関してはたまたま運が良かったと思う。


 ……今一瞬だけヤツの眉毛がピクリと動いたのは気のせいだろうか。


「それに、父親譲りで顔の彫りが深いから平均よりもイケメンだとは思っている。運動もそれなりにしているから健康は高水準に維持できているはずだ。対人関係がダメで学校生活を謳歌できてない点以外は高スペックなんだよ俺は」


 運動というのも自分の肉体のみを使った、いわゆる自重トレというやつでこれは中学時代の頃から継続している。


 まあこれは過去に部活を辞めた影響で、せめて健康維持とストレス発散というモチベで現在進行形も取り組んでるのだ。


「改めて自分で自分を俯瞰してみても、イケメンで勉強が出来る童貞の陰キャだ……つまり俺の存在は国宝級の天然記念物だと言えるだろう?」


 付け加えれば最近継続している筋トレで多少は人間離れした動きも出来るし、豪華なものは無理だが日常生活の範疇内であれば料理もできる。


 これだけ有能な男に惚れない女が居れば、そいつには見る目が無いなと自負出来るレベルなのだ。


「……哀れね」


 なんで俺を可哀想なものを見るような目で見つめるんだよ。


「は?」


「随分と饒舌にペラペラ喋ってくれたわね、受けた印象としてはただの痛々しいナルシストだと伝わったわ。それにいくら独りよがりな主観をアピールしようとも、現状に満足することが出来てないなら意味が無いでしょ」


 俺が非モテなことを揶揄してるのならばそれは勘違いだぞ。


 俺は自らの意思で望んでボッチやってんだからな。


 確かに高1までは「高校生活デビューするぞ!」とか思っていた時期があったのは事実だが、俺は違う答えをも見つけ出したのだ。


「それに良くもそんなことを堂々と人前で誇張するように話せたわね。もはや自意識過剰、気持ち悪い、ボウフラ以外の何ものでも無いわ」


 オイどさくさに紛れてサラッと俺を虫扱いしてんじゃねえ。


 なんで俺を蚊の幼虫かのように揶揄するんだよ、ただひたすらにキモい存在だと言ってるようなニュアンスも感じたしおかしいだろ。


 せめてカブトムシと言ってくれよカッコいいから。


「っ……うるせえな、お前には言われたくないんだよ雪女……んぃ」


 するとまたサディスティックな微笑を浮かべて、また腕を組んでは右手の人差し指の甲を顎に当てるボディランゲージが来たので少し身構えた。


 どうせ来るであろう言葉の攻撃を和らげるため、脳内のダメージ吸収障壁を練り上げていく。


「あら、私の見立てによればあなたが今でもボッチなのはその腐った根性や捻くれた感性が原因よ?……それと容姿についてだけど、美的感覚なんて十人十色で絶対じゃないのよ?つまり私たちの間に限っては私の言うことが正しいの」


 俺が新入部員なため部長が藤村になることに異論は無いが何なんだよその理不尽な理屈は。


 この部屋では藤村の権力を増幅させる魔法ブースターの演算装置でも作動しているのか?いや仮にそうだとしても到底納得が出来ないぞ。


「いやおかしいだろなんでそうなるんだよ。俺の発言は否定されお前の言動の全てが肯定されるなんてが出来上がってたまるか。俺は納得してねえぞ!俺にも人権があるからそれを尊重しやがれ……」


 かつてラブコメ作品でこんなことを習ったのを覚えている。


 空気──それはその集団における善悪の基準だ。


 例として中学時代の話を挙げよう。


 かつてゲームの話で盛り上がっていたクラスのグループに馴染もうとしたことがあるが、俺だけはそのゲームをやっていなかった。


 そんな状態で割り込んでも当然話が噛み合わずむしろ場の温度が下がる結果になってしまった。


 つまりその特定のゲームをしてない俺はと見なされ、「また今度話そう」というセリフに拒絶を感じ取るままに後退するハメになった。


 つまりこのまま反論しなければそんな馬鹿げた決まり事が固まってしまう。


「幼稚な負け犬の遠吠えね。けどそれでも反論したいのならやってみれば?但し人を説く以上、説く人物に説得力が無ければ、ずる賢い理論も破綻するから。まだあなたには10年早いかしら」


 一々人の神経を逆撫でするかのような笑みで弄りたがってこの女……!


 何かを言い返せ俺……些細な反撃でも良い、何かないか……。

 あ!


「──それってあなたの感想ですよね?」


 よっしその生意気な鼻っ面に決め台詞をぶち込んでやったぜ。


 もうとっくにソースの出所を忘れてしまったが口論にこのカードを切ると、主導権はこっちが握られるとの情報を目にしたことがあるので実験台のフィードバックを伺う。

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